☆ CROSS ROAD ディール急襲 OPENING

CROSS ROAD ディール急襲 OPENING 
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 天にも昇る思いだった。
 だって、まさか思わない。
 年下の彼ダドリーが、領家のしがない三男坊が、領主なんかに化けるとは。
 国を統治する三公家の一、北方を治めるクレスト領家の、当主なんかに収まろうとは。
 つまり、世にいう「玉の輿」
 なのに……
 
「……嘘つき」
 冷たい鉄格子を握りしめ、エレーンは唇をふるわせた。
 高い梢が風にそよぎ、せみが遠くきこえる。
 町はずれの裏道は、ひっそりとして人けがなかった。鉄の格子ではばまれた、瀟洒しょうしゃ>な館の静かな裏庭。
 少女の風情を残した女が、優しげな笑みでたたずんでいた。
 日ざしに子供を抱きあげる若い父親の姿もある。ダドリー=クレスト。北方を治めるクレスト領家に、新たに就任した新米当主だ。
 夏日を浴びた裏庭で、ひと組の家族がたわむれていた。
 五歳ほどの華奢きゃしゃな男児と、その子供の両親だ。
 父の顔を懸命にあおいで、男児はあどけない顔で報告している。頭をなでるダドリーのかたわら、母親はたおやかに微笑んでいる。線の細い、美しい──名前はたしか、サビーネとか。
 緑の庭の青銅の椅子が、まだらに木漏れ日を浴びていた。
 あけ放ったテラスの戸、庭をふちどる素焼きの鉢々、あふれんばかりの旺盛な庭樹。みずみずしい青芝の上を、風が心地よくなでていく。
「……こっち、向いてよ、ダドリー」
 緑の庭に見入った頬に、涙のしずくが伝い落ちた。
「あたしを見てよ、ダドリー。知らないこんな土地ところで放り出されたら、あたし、これから」
 ──どうしたらいいの?
 住み慣れた故郷から、転居した矢先のことだった。
 こんなに遠く隔たっては、友の一人もいはしない。それでも彼が言ったから──あのダドリーのかたわらが、やっと手に入れた居場所だったから、すべて投げ打って、ついてきたのだ。大好きな商都も。領邸で働く誇らしさも。なにより大切な友だちも。なのに──
 子供は要らない、とダドリーは言った。
 もう、子供は要らない、と。お前の子供は不要だと。
『 跡継ぎは、一人いれば十分だ。だから 』
 むろん、あんたをないがしろにはしない。俺にはあんたが一番大事だ。だから、なにも心配はいらない──
 北方の風が心地よく、夏日が高くきらめいていた。
 くったくのない親子の笑いが、午後の裏庭に満ちている。
 白い館の裏庭で、ひと組の家族がたわむれていた。男児と、美しい母親と、先日結婚したばかりの自分の・・・夫ダドリーが。
 笑いあう彼らは、振り向かなかった。
 
 
 
 あけ放った窓の手すりが、夏日を鈍く浴びていた。
 ほの暗い板張りの部屋には、いくつもの丸卓と椅子。
 その雑然とした有りさまは、客を送りだした翌日の、白んだ酒場のごとしだが、酒場特有のすえた匂いや、気だるい淀みは見あたらない。まして、陽気な嬌声きょうせいなどが、入りこむ余地はない。
 空気は乾き、そっけなく凪いでいる。
 煙草で黄ばんだ部屋の壁には、木箱が無造作に積みあがり、端が日焼けした大きな地図が、いくつか丸めて立てかけてある。
 壁一面の腰窓は、夏の日ざしにあけ放たれ、昼さがりの部屋は閑散としている。 
 常なら大勢がつどうこの部屋も、今はひっそりと静まりかえり、ざわめきの余韻さえ見あたらない。男が一人、いるきりだ。
 白々とした静寂の中、日陰においた椅子の背に、男が一人もたれていた。
 黒い頭髪の若い男だ。年のころは二十代の後半あたりか。土足で卓に足をのせ、腕をくみ、目を閉じている。癖のない顔つきは読書家然としたものだが、古い傷が刻まれた彼のいかつい革の上着は、持ち主の荒んだ生き様を、まざまざと語っている。
 色のあせた丸首の綿シャツ、黒革のベルトに迷彩ズボン、そして、どんな荒地をも踏破する、いかにも無骨な編みあげ靴。
 男は静かに瞑目し、ふと、怜悧な双眸をひらいた。
 静かな廊下で、かすかな靴音。
 ほどなく扉がひらかれて、男は目だけを戸口に向けた。
 
 廊下に、男が立っていた。
 室内の黒髪と同年代で、身形はやはり荒くれている。体格は細身で、腰までの長髪、額で髪を分けた端整な顔立ち。とはいえ、その風貌は、女の柔和さとはほど遠い。
 戸口で室内に一瞥をくれ、ためらうでもなく長髪は踏みこむ。「さすが北方は涼しいな。この夏場に、汗のひとつもかきやしねえ」
「どうだ、副長。街の様子は」
「異状なし。さすが大陸北端の僻地へきちだな。どこもかしこも、のどかなもんだぜ」
 副長と呼ばれた長髪は、上着の懐をさぐりつつ、ひらいた窓辺に足を向ける。
 窓にもたれて煙草をくわえ、柳眉をひそめてその先に点火、マッチの火を振り消しながら、外に向けて一服した。「まったく、思い切ったことを考えたもんだぜ。万年平和なこの国で、まさか、そう・・くるとはよ」
「いずれにせよ、関係ない」
 黒髪も上着の懐をさぐる。「俺たちは任務を滞りなくこなし、西のねぐらに引きあげるだけだ」
「それはそうと、ケネル」
 副長ファレスは、苦虫かみつぶして振りかえり、腕をくんで、ねめつけた。
「ひとにひなびた田舎をさぐらせといて、てめえは 昼寝してた とか、ふざけたこと、ぬかしやがるんじゃねえだろうな」
 ケネルと呼ばれた黒髪の男は、苦笑いして煙草をくわえる。
「まさか、寝るわけがないだろう」
 手を伸ばして、灰皿をとりあげ、
 こっそり、あくびを噛み殺した。
 
 
  こんな三人が出会うのは、これからもう少し、あとのお話。
 
 
 
 
 

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