■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部1章 6話5
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ゆるいあぐらで後ろ手をつき、「……はー……」と溜息をついている。
ふんわりした薄茶の頭髪を、白いシャツの背に倒して。
「……あ、あのぉ〜?」
「やっぱりねー」
エレーンは顔をゆがめて肩を引いた。「やっぱり」って、何がやっぱり?
彼は天井をながめたままだ。
さして広くない一室にいるのだ、むろん声は聞こえたはずだが──。そわそわ向かいを盗み見る。
(こ、困ったな……)
部屋には誰もあげないようにと、ケネルに戒められている。しかも相手が、よりにもよって。
背高ノッポの、ひょろ長い手足。
甲の長いはだしの足。彼は今日も眠たげで、どことなくうわの空。心が半分お留守とでもいうのか。
ケネルが名指しした当人だった。くれぐれも近寄らぬよう釘を刺して。
皆がゲルに集まったあの晩、急に懐に引っぱりこんだ、どこか風変わりな青年ウォード。一見、優しげな顔立ちだが、あの蓬髪の首長より危険なのだとケネルは言う。もしも、うかつに近寄れば──
『潰されるぞ』
ぶるりとエレーンは腕をさすった。脳裏をよぎる、ぐしゃりと潰れた熟れたトマト──。
なんとか帰ってもらおうと、「あの〜」「その〜」「もし〜?」などの語彙を駆使して呼びかける。
彼は首を背に倒し、天窓の光を見たままだ。
白いシャツに街着のズボン。気取りのない大きな素足。ケネルは注意を促すけれど、同年代っぽい感じだからか、いかつい身形の一団の中、彼だけが軽装だからか、危険なようにはあまり見えない。
ちなみに視界の片隅で、ぴょんぴょこウサギが跳ねているのは、「これー」と彼に押し付けられ、受けとり損ねて以来のことだ。いや、ここは他人の家だし、放置する気はないのだが、かかえあげようとした途端、躍りあがって腕から逃げ出し、ぴょんぴょこ、ぴょんぴょこあの始末。すばしっこくて捕まらない。
柔らかな毛皮の茶色いウサギは、真昼の部屋の隅っこで、カリカリ壁を引っかいている。ああ、ひと様の住居になんてことを──!? てか、そもそも「これー」って、なんなのだ。いきなりウサギを渡されても、アレを一体どうしろと──
「なにー?」
はた とエレーンは顔をあげた。無視を決めこんでいたあの彼か!?
てか、
返事 今ごろ ? ノッポくん……
ガシガシ壁をかじりだしたウサギのシッポから目を戻し、えへへ、ととりあえず笑ってみせる。「あ、いや、何してるのかな〜、なんて」
「休んでるー」
「……。そ、そぉ〜なんだ〜……」
なんと。予想をはるかに超える答えだ。
そうして実際、なるほど確かにその通りのようだが、なにを勝手に憩っているのだ。
戸口の土間を盗み見て、エレーンはやきもき手を握る。「あ、あの、ケネルだったら出かけてて──あっ、でも、すぐに戻る とは思うけどっ! でも、用があるなら、出直した方が──」
「あんたに用事―」
え゛、とエレーンは引きつった。
「……あ、あたし?」
おろおろ己を指さして、丸壁の格子をやたら見まわす。「あの、でも、留守中は誰もあげるなってケネルが。だから、その、悪いんだけど、今日のところは……」
言葉を濁して暗に退去を促すが、ウォードは天井を見やったままだ。
痺れを切らして、エレーンは続ける。「ね? だから、せっかく来てくれて悪いんだけど、今日のところは──」
「あんた、あいつに何かしたー?」
だしぬけにウォードがさえぎった。
「あ、あいつ?」
ウサギのことか?
「ホーリー」
「……ほ、ほーりぃー?──って、なに」
「馬」
うま?
「オレより先に、こっちに来たはずなんだけどー」
「あ、えっと。その……」
馬が? なんで訪ねてくるのだ? てか、馬が勝手に出歩いてるのか?
「張り切って駆けていったけど、なんでか逃げてきたからさー」
「……」
そろり、とエレーンは目をそらした。
指の先を、そわそわいじくる。なんということ、身に覚えが 大あり だ。
そう、来客つながりで思い出したのは、仕切りを蹴っていた不審者の一件。むしろ、あれを除いたら、今日はずうぅっと一人っきりで、事件も行事も何もない。
そうか、最後にかましたあの頭突き、なるほど馬なら頷ける。常軌を逸した高さから、大男の襲撃が! とケネルには断定したわけなのだが。
そりゃ、いくら呼んでも返事はないさ馬ならば。なら、仕切りをぼかすか蹴っていたのも、さしづめ「あけて〜」との訴えか。けど、こっちが大声出したから、大あわてで逃げてった、と。てゆーか、馬!
どーゆー意味よっ!
失礼な馬だ。
あぐらの足をゆるく崩して、ウォードに腰をあげる気配はない。「帰って欲しい」との仄めかしは、十分伝わったと思うのだが。
(けど、この人はだめってケネルがぁ〜!)
エレーンは爪を噛んで戸口を見、そわそわ、たまりかねて声をかける。「あ、あのね。悪いんだけど、本当にだめで──」
ゆるいあぐらの足を解き、ぬっとウォードが乗り出した。
ぎょっとエレーンはすくみあがる。構わずウォードは膝を立てる。
ごろり、と床に寝転がった。
もう片方の足を動かし、立て膝の上に足を組む。完成。──て、つまりは無視か? ノッポくん……
「──あ、あの〜? だからね、」
「エレーンさー」
「っ──な、なに?」
もー。又かい。調子が狂う。
「あんた、お姫さまみたいだねー」
「──えっ?」
ぱちくりエレーンは瞬いた。
ぱあっと頬を輝かせ、身を乗り出して、己を指さす。
「おっ、お姫さま? あたしが?」
わかってるじゃないのよノッポくん。なんか、やたら唐突ではあるが。
にまにま両手で頬を包み、えへえへ、くねくね身をよじる。「や、やーん。そっかなー。それほどでもぉー。やだもー、あたし、そんなふうに見えちゃうぅー?」
「白くて、ふわふわー」
再びぱちくり、エレーンは瞬く。"白くて" "ふわふわー"とな?
小首をかしげて我が身を点検。"お姫さま" で "白くて" "ふわふわー"……?
はたと気づいて、うなだれた。
(……なんだ)
寝巻き のことか。
そういや、今日は着替えてない。寝床で過ごす予定でいたから。
なるほど、だから「お姫さま」か。確かに、それもむべなるかな。
フリルとレースをふんだんに使った、ドレス風の純白の寝巻き。商都でも屈指の服地店"フローラ"の高級品だ。ちなみに入手にあたっては、店の前を三日ほどうろつき、勇気と貯金を振り絞り、ぎくしゃく敷居を潜ったわけだが。
しがないメイドの給金で、精一杯用意した嫁入り道具。旅には不向きとわかっている。これは然るべき場で、然るべき時に身に付けるものだ。でも、一番に荷物に入れてきた。
最後になるかもしれないから。
あの彼と会うことのできる最後の機会かもしれないから。敵地で囚われたダドリーと──。
暗澹とした気分を振り払い、上目使いでうかがった。
「──そ、それで、あのぉ〜」
足指の長い爪先を、ウォードはぷらぷらさせている。日光浴でもするかのように。
あくびをしながら、のんびりと。
(もぉー! ま〜た無視なわけぇ?)
げんなりエレーンは嘆息し、内心密かにやさぐれる。でも、退去願わねば。
トラビア到着の成否の鍵をケネルが握っているからには、これ以上機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。そう、なんだか知らないが機嫌が悪い。ケネルがなんでか怒ってる。何をした覚えもないのだが──
「今度はなにー?」
え? と気づいて振り向いた。
「──あっと、だからー」
しどもど "ケネル"から頭を戻す。てか今ごろ? てか、
(なんて気ままな人なんだー!?)
なにか、ずいぶん変わった人だ。
ネジの切れかけたオモチャのような、実にでたらめなタイミング。
なぜに、こうも反応がずれる。話の間が決定的に合わない。わざと嫌がらせしている風でもないのに。もっとも時々、聞いていない節はあるが。
「む、むう〜。──あのね、だからね、さっき言ってた用事っていうのは──」
戸口の土間で、ひっくり返った布の靴。
ひょろ長い爪先に、つるんと意外にもきれいな踝。節くれ立ったなめらかな手の甲。まるきり街着の白いシャツ。ケネル達のように重装備ではない。
指の長い大きな裸足を、組んだ足先で、ぶらつかせている。
「も、もしかして、まだ、怒ってるとか……?」
しどもど彼を盗み見て、思い切って切り出した。「でも、こないだのことなら、話はもうついたはずで──」
むっくり、ウォードが起きあがった。
エレーンはあたふた、即行、逃げ腰。急に動くな!? ノッポくん!?
ひょろ長い足を折り曲げて、ウォードはあぐらをかき直す。
背を丸めるようにして、ぬっと顔を突き出した。
「あんた、なんで緑色―?」
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