「ふぅ〜。やっと出られたよ」
ぽこっ、と双葉が土から顔をだしました。
森のはずれの丘の上、ぽかぽか明るい春の日です。
双葉は枝葉をぐんぐん伸ばし、立派な大木になりました。けれど、ある時、伸びをして、ぽっきり枝が折れてしまいました。
大木は、やれやれと、ゆううつな顔でぼやきます。
「また、穴ぼこになっちゃうな」
枝が折れた傷口が、雨でジクジク腐ったり、虫がそれをかじったりして、ぽっかり穴ぼこがあくのです。今では、大きいのやら小さいのやら、全部で四つも開いています。
お日様ぎらぎら夏の日に、リスが一匹やってきました。
ふらふらした足取りです。案の定、両手を投げて、ぱったり倒れてしまいました。
「この暑さで、へとへとだよ。暑くて動くのもだるいから、おなかだって、ぺこぺこさ」
「へえ、それは大変だね。ぼくの木陰で休んでおいきよ」
しばらく休むと、リスは元気になりました。
「よかったら、ぼくの木の実を召しあがれ」
大木は茶色い木の実をあげました。
リスはわたわた頬っぺに入れて、感心したように言いました。
「君はとっても立派だね。それに、とっても親切で、なんてすてきな穴ぼこだ」
枝の先で頭をかいて、大木は笑います。
「立派だなんて、とんでもない。こんなぼこぼこの体で恥ずかしいよ」
「そんなことない! こんなすてきなマンション見たことないよ。ほら、1、2、3、4、ちゃあんと4こも部屋がある。ぼく、君の穴ぼこに住みたいなあ」
大木は、うれしくなりました。
「どうぞどうぞ。よろしくね」
一番上の1号室に、シマリスが一匹入りました。
落ち葉はらはら秋の日に、フクロウが一羽飛んできました。
ばさり、と大きな翼をたたんで、がっくり、うなだれてしまいます。
「住まいを探しておるんじゃが、良いのが中々見つからんでのぉ」
「へえ、それは大変だね。ぼくの木陰で休んでおいきよ」
しばらく休むと、フクロウは元気になりました。
ぎょろり、とまん丸の目を動かします。
「君はとても立派な木じゃな。それに、なんて風情のある穴ぼこだ」
枝の先で頭をかいて、大木は笑います。
「立派だなんて、とんでもない。こんなぼこぼこの体で恥ずかしいよ」
「いやいや、こんなすてきなマンションは見たことがない。わしも住んで、かまわんかな」
大木は、うれしくなりました。
「どうぞどうぞ。よろしくね」
上から二番目の2号室に、フクロウが一羽入りました。
木枯らしピューピュー冬の日に、タヌキがうろうろやってきました。
おでこの汗をふきながら、はあ、とため息をついています。
「ああ、くたびれた。いかす部屋って、なかなかないね」
「へえ、それは大変だね。ぼくの木陰で休んでおいきよ」
しばらく休むと、タヌキは元気になりました。
ふさふさの尻尾をふりふり振って、まわりをうろうろ一周します。
「君はとっても立派な木だね。それに、なんていかす穴ぼこだ」
枝の先で頭をかいて、大木は笑います。
「立派だなんて、とんでもない。こんなぼこぼこの体で恥ずかしいよ」
「ううん。こんないかすマンション見たことないや。おいらもここに住んでいい?」
大木は、うれしくなりました。
「どうぞどうぞ。よろしくね」
上から三番目の3号室に、タヌキが一匹入りました。
ぽかぽか明るい春の日に、大グマがとぼとぼやってきました。
「ぼくさー。新居を探してるんだけど……」
大きなお尻をどしんと落として、しょんぼり座りこんでしまいます。
「へえ、それは大変だね。ぼくの木陰で休んでおいきよ」
話を聞けば、奥さんと冬眠中にけんかして、追い出されてしまったようなのです。
しばらく休むと、大グマは元気になりました。いそいそ大木を見あげます。
「いいなあ、いいなあ。君の穴ぼこ、新居にいいなあ」
大木はあわてて言いました。
「でも、ぼくの穴ぼこは、君には、ちょっと小さくないかな」
「そんなことないよ」
大グマは根元にかがみこみ、ワシワシ穴ぼこを掘り始めました。
穴ぼこはぐんぐん広がって、やがて、大穴になりました。
「ほーらね、ぼくにぴったりだ」
一番下の4号室に、別居中の大グマが、ぎゅうぎゅう、お尻をねじこみました。
どうぶつマンションは満員です。
上の階から、リス、フクロウ、タヌキに大グマ。四つの穴ぼこの住人は、いつも仲よく、にぎやかです。
暑い夏には、わいわい涼み、涼しい秋には、もりもり食べて、寒い冬には、あたたかいおうちで、ぐっすり、ぬくぬく眠ります。
クリスマスには声をそろえて、サンタさんの歌をうたいます。
たわわに実った木の実をもらって、森の入り口から三番目にある、大きなどんぐりの木の下まで、ピクニックにも出かけます。
毎日みんなでおしゃべりし、時にはちょっと、けんかもし、日々は楽しくすぎていきます。
大木はいつしか、すっかり年をとりました。
さわさわそよぐ青草が、ザッ、と一斉にたなびきました。
凶暴な風にかき回されて、狂ったように、なぎ払われています。
嵐がやってきたのです。
どうぶつマンションの住人は、おろおろ、がやがや騒ぎました。
「嵐がきた!」
「どうしよう、嵐がきたよ!」
「嵐だ! 嵐だ!」
雨はバシャバシャ吹きつけて、風はビュンビュン暴れます。
大木はみんなを見まわして、落ちついた声で言いました。
「嵐がやむまで、ぼくの中に隠れておいで」
「わかったよ!」
みんな急いで自分のおうちに引っこみました。
空はどこもかしこもまっ暗で、風がゴーゴーうなっています。
みんなは小さく丸まって、ガタガタ震えて、がまんします。
やがて、嵐がすぎ去って、お日様が再び、かがやきました。
「……ふー。やれやれ」
1号室のシマリスが、ひょっこり顔を出しました。
フクロウが、タヌキが、そして、黒い大グマが、次々ひょっこり顔を出します。
「みんな、無事かい?」
大木は住人たちに呼びかけました。
住人たちはびっくりしました。
あの大木が、すっかり、ぼろぼろになっています。枝はよれよれに折れ曲がり、今にも落ちそうになっています。
「ああっ!」と大木が小さく叫んで、急いでみんなに言いました。
「倒れるぞ! みんな早く、外に出て!」
どうぶつマンションの住人は、あわてて穴ぼこから飛びだしました。
次の瞬間、メリメリメリ、と音がしました。
ボロボロになった大木が、おなかの辺まで裂けていきます。
あっというまに、右と左にまっ二つ。どーん、と倒れてしまいました。
住人たちはおろおろ駆けより、ぐすん、ぐすすん、と泣きじゃくりました。
「泣くことなんて、ないんだよ。ぼくは、いつでも、ここにいるもの」
大木は倒れた枝を動かして、泣いているみんなを、なぐさめました。
リスはおろおろ首を振ります。
「でも、痛くないの? 怖くないの?」
「大丈夫。大丈夫。怖くなんかないさ」
大木は優しく、地面の枝をゆすりました。
「ぼくらは同じ場所から生まれきて、同じ場所に還(かえ)っていく、おんなじ " いのち " なんだから」
けれど、一日が経ち、二日が経ち、三日が経っても、大木は元気になりません。
むしろ、青々していた葉っぱまで、だんだん茶色くしなびてきました。
やがて、大木は返事もしなくなりました。
どうぶつマンションの住人は、悲しくて悲しくて悲しくて、うおんうおん声をあげて泣きました。
次の春のことでした。
「ふぅ〜。やっと出られたよ」
ぽこっ、と双葉が、土から顔を出しました。
森の入り口から三番目、大きなどんぐりの根元です。
森は今日も平和です。
緑の草木や動物たちを、お日様が、さんさん照らしています。
「みんな、どこに行ったかなあ」
優しい日ざしをぽかぽか浴びて、大木は、うーん、と新しい双葉を伸ばしました。
おしまい
〜 どうぶつマンション 〜
☆ 拍手する ☆
このお話は、ネット小説のランキング に参加しています。 .
気に入っていただけましたら、クリックで応援してくださいませ。
( 童話館【ぐるぐるの森】 TOP )
短編小説サイト 《 セカイのカタチ 》 / 童話館 《 ぐるぐるの森 》