■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部1章 【ちょい読みサンプル】「 初めての夜…… 」 (TOP に戻る)
初めての夜……
〜 ここまでの「あらすじ」をざっくりと 〜
己の領土を勇んで出てきた奥方さま、
遊牧民から借りうけたゲル(家)で、隊長と夜を迎えることに。
が!
「──あがり」
事もなげに宣言し、ぽい、とケネルがカードを捨てた。
「おれの勝ち」
あてつけがましくチラ見され、顔をゆがめてエレーンは地団太。
いったい何度聞いたであろうか、小憎らしいこのセリフを。むしろ聞かなかった回などない。そう、これまで一度たりとも。早い話が 全 敗 だ!
それというのもこのタヌキ、まるで手加減をしやがらないのだ。
こんな乙女が相手というのに、情けも目こぼしもオマケもなし。ゲーム開始が一時間前だが、その間ただの一回も──そう、ただの一度たりとも、ケネルに勝てた試しがない!
「気が済んだろ?」
ケネルは口をあおいで大あくび。
そして、あからさまに飽きたという顔。
腰をあげかけたケネルのズボンを、むんずとつかんで引き戻し、エレーンはぶんぶん首を振る。「だめっ! やるのっ! 勝ち逃げなんて、ずるいわよケネルっ!」
「……まだ、やるのか?」
つんのめった四つんばいで、ケネルは肩越しにげんなり嘆息。
それでも、あきらめた顔つきで、もそもそ向かいに座りなおした。「まったく、負けず嫌いだな」
「はああ!? ケネルに言われたくないんですけどぉっ!?」
バシバシぶん投げて配ったカードに、やれやれとケネルは手を伸ばす。「じゃ、あと一回だけな」
ちら、とうかがい、さらに念押し。「負けたからって咬みつくなよ?」
「わかったってばっ! 今度は勝つから大丈夫っ!」
「何度やっても同じだけどな」
「──うっくぅうぅ〜っ! な〜に言ってくれちゃってんの? 違うから! まだ、あたし、本気出してないからっ!」
「金を賭けなくて、よかったな」
ケネルは、ほらな、としたり顔。
「う、うっさいわねっ! 次はケネルなんか、ケチョンケチョンよ! やっつけてやるから覚悟なさいっ!」
だん──っ! と寝巻きの膝を立て、エレーンは勇んで睨ねめつける。
「いざ! 勝負っ!」
そうして、かれこれ三分後。
「勝負あったな」
ケネルが口をあおいで膝を立てた。
エレーンは呆然、放心状態。ケチョンケチョンにやっつけられた……。
ケネルが大儀そうに腰をあげ、歩き出した肩越しに振りかえる。
「さ、寝るぞ」
ぎくり、とエレーンは飛びあがった。
「……えっ?」
そろり、とケネルを盗み見て、寝巻きの膝に、どぎまぎうつむく。
寝る、とな?
それってまさか、ひょっとして──
い、いや、ない。それはない。
なにせ相手は堅物ケネル。馬上で女子と密着しても、なんとも思わない朴念仁だ。口から出てくる言葉といえば、無味乾燥な対処や命令、含みも仄めかしもへったくれもない。機微や情緒とこうまで縁遠い奴というのも珍しいってくらいの代物だ。ならば、今のも額面どおり、意味するところはズバリ
就 寝 。
すたすた歩き出したケネルの背中に(……なんだ)とぐったり脱力した。とはいえ、八時といったらば、町なら子供だって起きている時刻だ。
そういや、いまだに見たことがない。惰眠をむさぼるケネルなど。明け方ふと目覚めても、何くわぬ顔で起きてたし。
「そんなに早起きして、何してんのよ?」
ぎくり、とケネルが足を止めた。
「──いいだろ、別に」
面食らった顔で、目をそらす。うっかり疑問がこぼれ出たが、そんなに虚をつく質問か?
隅のカンテラの火を消して、ケネルは陣地がある方の、土間の向かいに引きあげていく。壁から寝具をとりあげて、それを無造作に投げ広げ、ごろりと仰向けで寝転がった。
片腕をもちあげ、額にのせる。
え゛え゛──とエレーンは二度見した。着替えもしないで寝るつもりか? 馬にゆられて町まで行って、汗と埃にまみれているのに? もしや奴は、今までずっと……?
とはいえ、そんな個人的なことを──まさかぱんつはかえたよね? などと問い質すのも憚られる。
やむなく、そこは気づかぬふりで、膝先のカードに目を戻した。そうだ。今は、そんなことより、がぜん死守したい急務がある。
「ちょっとおー。そしたらあたしは、どーすんのよ」
そうだ。連れに寝られたら、暇をもてあまし放題になるではないか。
「あんたも早く休め」
いともあっさりケネルは返答。「少しでも休んで、回復を促せ」
「もぉー。なによ。薄情者ぉー。もう少しカードにあたしに付き合ってくれたっていいじゃないぃー。ねー! ケネルー! ねー!」
灯かりを落とした暗がりの中、土間の炎がゆれていた。
ぽっかり丸い天窓の向こうで、銀の星々がまたたいている。人の声が途切れると、押しのけるようにして虫の音がひろがる。
「……ケネル〜……ねー、まだいいじゃない。ねー……」
ぱちぱち炎の爆はぜる音。
ゲルの外の草むらからの、夜をつつむ夏虫の声。
火影踊る闇の中、ぽつん、と一人とり残される。
なにやら急に胸苦しくなり、しがみつきたい衝動に駆られた。けれど、寝ている肩を揺すれば、どうやらもう眠いらしいケネルに、カミナリ食らうこと必定だ。
冷えた寝床に座りこみ、エレーンは枕を抱きしめた。唇を噛んで、向かいを見つめる。ケネルからの返事はない。寝巻の膝が無性にうずく。
……ねえ、ケネル。わかってる?
こんなにも不安だと。
もしも、ケネルが見放せば、途方に暮れるしかないのだと。
ねえ、ケネル。わかってる?
こちらの味方は一人だけ、ケネルしか、いないのだと。ケネルだけが頼りだと。ケネルが唯一の拠より所だと。
一人ぼっちは、もう嫌だ──。
静寂が、耳についた。
灯かりを落とした丸壁の中、窯にかけられた鍋底を、チロチロ炎が舐めている。
壁で踊る黒影に呼応し、心の片隅のあの陰が、密かに怪しくうごめくが、エレーンは気づかない振りをした。炎の向こうの暗がりで、寝床に横たわるケネルの輪郭──ふと、気づいて手前を見た。そういえば、火がつけっぱなしだが。
ケネルは隅のカンテラは消したが、土間には軽く目をやっただけで、そのままにして戻っていった。夜間の冷えこみに配慮して、わざと火を残したのだろうか。だが、始末せずに就寝して、危なくはないのだろうか。このまま二人とも眠ってしまえば、このゲルには、他には誰も──
誰も?
はた、とエレーンは硬直した。
あわあわ目を泳がせる。だしぬけに直面していた。予かねてより抱いたあの懸念に。そう、今夜はケネルと
──二人きり。
一つ屋根の下、二人きり。
抜きさしならない現実が、ずっしり肩にのしかかる。
一緒に就寝するのは初めてだ。これまではなんだかんだで、気づいた時には眠っていたから。つまり、これがケネルと迎える
初めての夜……!?
(──いやっ! ないないないない!)
ありえない。
泡くって赤面し、エレーンはぶんぶん首を振る。そうだ。今こそ思い出すのだ。こっ恥ずかしい数々の記憶、あの忌まわしい取り越し苦労を!
なにせ相手は、鈍感を地でいくあのケネル。
のっぴきならない状況になど、陥ちいろうはずがないではないか。すぐに腕をつかんだり、急に腕を引っ張ったりするから、その都度どぎまぎしていたが、結局なんにもなかったし──いや、あってもらっちゃ困るわけだが。確かに、いつも引っついてるが、たまにあちこちかじったりもするが、わりと好みのタイプでもあるが、別にケネルと子作りしたいわけじゃない。そもそも、こっちは既婚者で──そうだ。それはケネルも承知。そもそも、奴に乙女心は通用しない。「初めての夜」だろうがなんだろうが、そんなものは一切無視で気にも留めないに違いない。まして、意識するとかありえない。あれから寝返りも打たないが、さっきからなぜか微動だにしないが、ああ見えて実は眠っているのだ。ほーらね。寝息が聞こえて──
こない?
「……む」
むぎゅう、と両手で枕を抱いだいて、そろり、とエレーンは盗み見た。奴の寝つきは悪くない。なにせ、屋外そとの原野でも、平気で熟睡する奴だ。なのに、まだ眠っていない?
床の暗がりで横たわり、ケネルは寝返りひとつ打つでもない。仰向けになって手足を伸ばし、片腕を額に乗せたまま──ずぅぅっと、ずぅぅっと、あの体勢。
エレーンはそわそわ唇を噛んだ。これは考えすぎだろうか。空気がにわかに張りつめたように思うのは。なにやら変な緊張がみなぎっているように思うのは。たぶんケネルは起きている。なんとなく──そう、なんとなく、様子をうかがっているような──。
顔をゆがめて、唾をのむ。なにか様子がおかしくないか? もしや、これって、ひょっとして……
静まり返った暗がりに、虫の音だけが響きわたる。
土間の真上の天窓に、ぽっかり丸い満天の星空。土間の向こうの暗がりで、寝床の輪郭は動かない。燃えたつ炎の向こう側。壁で影絵がゆらめく暗がり──。
むくり、と人影が起きあがった。
( 続く )
〜 初めての夜…… 〜
〜 CROSS ROAD 【ディール急襲〜姫とやさぐれ傭兵団〜】第2部1章6話10 〜
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