【 thanks-SS.04-080325 】 『ディール急襲』第U部 第3章2話「影-01」終了時
 
 

プロフェッショナルの悲哀 〜 調達屋の攻防 〜

 
 
 お話は、時をちょっと遡る。
 かの調達屋ジャック=ランバートが、エレーンを見舞った翌日の昼のことである。
 
「どーだっ! 小娘! " 十食限定プレミアムボックス " だぞ!」
 ふんぞり返ったチョビひげを前に、エレーンはパチクリ瞬いた。だって、
( マジで出てくるとは思わなかったわ…… )
 《 かりん亭 》 特製 "さざなみ弁当" 。
 ふんっ、と突きだしたランチボックスの紙箱を眺めて、エレーンは、ふと小首を傾げる。
「なんで息切れしてんのー?」
「──なんでもねーよっ!」
 奇妙なテンションの調達屋、もう破れかぶれの勢いである。エレーンはまじまじブツを見た。
「……ふーん。すっごおーい。本物だあコレ……」
「あたぼうよっ! きさま、オレ様をいったい誰だと思っている!」
 調達屋、声うら返る。そして、息切れ未だ収まらず。語調、鼻息、共に荒し。
 手元のブツと、調達屋の顔とを、エレーンはぽかんと見比べた。
「でも、こんなの、いったい、どうやって……?」
 いかに馬を飛ばそうが、《 かりん亭 》のある商都カレリアは数日先の距離なんである。
 足をふんばり、腰に手を当て、チョビ髭ジャックは、ふんっ、と鼻息荒くそっくり返る。
「企業秘密だ。てめえ小娘。プロの手腕を甘く見んなよ? 依頼の品がこの世に在るなら、なんだって調達するってのが、このオレ様のモット──」
うっわぁ! これ一度食べてみたかったのよね〜! ( ←でも、もう聞いちゃいねーよ ) あたしも何度もチャレンジしたけど、とうとう一度も手に入らなくってえ!」
( 調達屋としては肝心要な ) 決めゼリフなんかはすっ飛ばし、エレーンはブツに取りついていた。紙箱から包装リボンをむしり取り、ポイと脇にうっちゃって、早速ガサゴソ包みを解く。目をまん丸くして振り向いた。
「すっごおーい! 本当に本物だコレ……」
 調達屋をマジマジ見る。その顔をくず崩してにんまり笑い、片手で口横を囲って声をかけた。
「いよっ! " なんでも調達屋 "っ! にくいねこのっ! プロフェッショナル!」
 メガホン仕様ってやつである。
「──そ?」
 前のめりで首尾を見ていた調達屋、ぱちくり、まなこを瞬いた。
「そーかそーかそーだろう!」
 一瞬、(んん?)と引っ掛かったようだが、褒め言葉はプロフェッショナルな調達屋の最大の糧。些細な疑問なんかはうっちって、両足ふんばりブリッジ体勢、のけぞり返った後頭部が地面にくっつかんばかりにそっくり返り、大口開けて、ガハハ──と笑う。体はけっこう柔らかいようだ。
「すっごいわホントに。でも、まさか、こんな所で食べられるなんて──! ありがとジャック! んもー尊敬しちゃあうっ!」
 手放しの大絶賛である。脱帽のまなざしで殊勲者を讃え、そして更に高く讃える。無論 "チョビ髭" などという無礼な呼称は、ここでは間違っても使わない。調達屋は片手を持ち上げ、ビーズ頭の後ろを掻いた。
いっやあ! 軽い軽い! この程度、オレ様にかかれば チョロイ もんよ!」
 得意の絶頂、血のにじむような健気な努力が、今まさに報われた瞬間なんである。
 エレーンはすかさず持ち上げる。
「んもーさすがねっ♪ ジャックってばあっ♪」
「なんぞ欲しいもんがあれぱ、つでも言えや! この俺に!
「──えーっと! んじゃあ、次はねえ〜」

「……え゛っ?」
 
 
 カラス鳴く、日の暮れかけた人もまばらな街道筋を、調達屋ジャック=ランバートは一人トボトボ歩いていた。
「スペシャル・ジャイアント・スター・ルビー……」
 昼から何度呟いたか知れぬ、忌まわしきその名を、再度呟く。やがて、がっくり肩を落として嘆息した。
 かの「スペシャル・ジャイアント・スター・ルビー」とは、商都カレリアの高級宝飾店 "マリア・ジレ" の店頭を飾る最高級の逸品なのだ。きっと経費じゃ落ちないだろう。
 しかし、今更 出来ない などとは口が裂けても言えはしない。それは禁句だ。プロフェッショナルとしての沽券にかかわる。そう、それは明らかに 敗北 だ。
 かためた拳を、ぐぐっと握って、ふんっ! と調達屋は顔をあげる。
「いいや! 受けて立ァつ! 片腹痛いわ小娘がっ!」
 赤く染まった砂利道の彼方を睨みつけ、落ち行く夕陽に断固として誓う。
 そう、阿呆らしいとか馬鹿馬鹿しいとか、くだらない理屈の問題ではないのだ。
 これはひとえに矜持の問題。死守せねばならない誇りの問題。
 ところで、
 近頃、このリーダーが、通常業務を放っぽり出して何をあくせく奔走しているのか、しわ寄せ食ってる部下どもは知らない。
 

 −おしまい−



お粗末さまでございました。  (*^o^*)


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