【 thanks-SS.06-090519 】 『ディール急襲』第U部 第3章6話 「 野営地 」 終了時
 
 

セレスタンの日記

  
「──あれ? もうやめるんすか、セレスタンの兄ィ」
 ザンバラをくくった顔を上げ、ジョエルがふと訊いてきた。
「まあな、どうも気分が乗んねえんだよな」
 ゲームの円陣から腰をあげつつ、気だるい気分で、俺は応える。にしても、お前の了見はお見通しだぞ。「……そうすか」と返したその顔に ( ち! なんだよ、せっかくの カモ が── ) と隠しようもなく書いてある。
 確かに、近頃、連中にカモられている自覚はある。腹に力が入らないというか、気分がぜんぜん乗らないというか、気が散るというかむしろ散りっぱなしというか──。お陰で、ここぞとばかりに、たかってきやがるこの悪魔のような連中に、これまでどんだけ巻き上げられたことか。だが、そんなささいな事は、どうだっていいのだ。
 わいわいやってる輪から離れて、俺は一人、涼しい木陰に座りこむ。かたわらに咲く花に気づいて、手を伸ばして、おもむろに手折った。溜息と共に頭上をあおげば、きらめく緑を透過して、キラキラ零れくる揺れる木漏れ日──。
 世界が、やたらと新しい。
 そうだ。世界がこんなにも鮮やかに彩られているとは知らなんだ。何もかも、新鮮な驚きに満ち満ちている。ああ、頭上で鳴き交わす鳥の声さえ瑞々しい。
 空が、広い。
 ああ、空は何故、あんなにも青いのだろう。
 雲は何故、あんなにも白いのだろう。
 太陽は何故、あんなにも──( 略 )──
 そして、たんぽぽには何故、こんなにも花びらがあるのだろう。
「……ああ、むしり甲斐がある」
 スキ、キライ、スキ、キライ……
 でも、ちっこくて、ちょっと、むしりにくい。
 
 事の発端は、あの昼下がりの樹海での出来事だった。
 話しかけたウォードに無視られ、彼女がいきなり泣きついてきたのだ。
 にしても、毎度毎度思うことだが、あんなクソガキばかりが何故もてる。女ってのは、まったく不可解な生き物だ。まあ、ガキの話はともかくとしても、あの時、俺は気づいてしまったのだ。彼女の秘めたる熱い想いに。そう、どさくさ紛れに抱きつくなんて、彼女の気持ちは明らかではないか。さては、やはり──
 
 俺に気があんのか?
 
 色恋事の戦歴にかけては百戦錬磨で鳴らした俺だが、そういうことなら考えなくもない。相手は置屋のねーちゃん限定だが。
 ふと、昨夜の事件が蘇る。事もあろうに、彼女が野営地に現れたのだ。もちろん、すぐにピンときた。
 
 俺に会いに来たのか!?
 
 なんて大胆な行動を……。
 だが、やはりと言うべきか、案の定襲われちまったらしい。まったく、向こうの連中は意地汚い。
 急いで頭(かしら)に知らせに走り、共に現場に急行した。彼女は既に、ぐるりと囲まれちまってる。野獣どもを叩きのめすべく、すわ出陣! と乗り込もうとすると、むず、と肩をつかまれた。
「まあ、待て」
 頭(かしら)だ。
 この期に及んで何を考えているんだか、頭(かしら)はどうしても 「 一人で行く 」 と言い張って聞かない。まあ、向こうの領分で揉め事はまずいし、この頭(かしら)のことだから口八丁手八丁でどうとでも収めてくるんだろうが、しかし、まったく オイシイとこ取り する人だ。せっかく颯爽と登場して彼女を救い出そうと狙っていたのに。ああ、そういや、ちょっと引っかかること思い出した。そういやあの、" ヴォルガ " の連絡回した時に、
 
 副長と 肩組んでた っけな。
 
 ともあれ、隊長もどういう了見だ。野郎がひしめく" ヴォルガ " の会場なんかに、か弱い彼女を連れてこいとは。
 心配になって彼女の周りをうろついていたら、何故だか副長に捕まって、彼女の保護を命じられた。俺に気を回した訳では無論ない。邪魔だてはあっても協力なんかする奴じゃない。要するに副長は、向こうのねーちゃんが気になって気になって仕方がないのだ。無論、女連れで買いに行けるようなものでもない。
 邪魔者(=副長) が消え、俺の隣に並んだ彼女は、やはり、そうとう照れている様子。かがり火にぶち込んだ花火を眺めて、溜息なんかついている。別に気にせず告白こくってくれていいから。水を向けてやろうと覗きこみ、俺は息が止まるほどに驚いた。だって、
 
 いきなり、抱きついてくるとは──!?
 
 意外と大胆だ。
 いささか焦って見返せば、彼女はむくれている様子。いやしかし、こんな所で抱擁するのは、いくらなんでも目立ちすぎるし、そうまで性急なのも如何なものか──逡巡する内、ロジェ達ばかどもがこっちにやって来た。
 まったく空気の読めない連中だ。何もこんな時にこなくたっていいじゃねえかよ。案の定の冷やかしをやりすごし、ふと気づけば、彼女の姿がどこにもない。て、ほらみろ、
 
 恥ずかしがって 逃げただろーが!
 
 戻ってきた副長にぶちのめされて、はたと気づいた時には、向こうの大将の " ヴォルガ " が始まっていた。
 彼女はどこだろう、と早速捜した。会場を端から見渡すが、暗いわ人数多いわで見つからない。辺りは一面、面白くもない野郎どものツラ、ツラ、ツラ──。こんな所に紛れて大丈夫かな、と気になりつつも、仕方なく観戦していると、右手沿道の人垣から、突然飛び出す小柄な影が。
 なんと彼女だ。そして、彼女は、
 
 向こうの頭(かしら)に 抱きついた──!?
 
 どーなってんだ!
 クマでもいいのか?
 
 翌朝、思索に耽っていた俺は、肩を叩かれて我に返った。
 木漏れ日おり降る眩しい頭上、見上げたそこには、
「おっはよーセレスタン! いい朝ねっ!」
 にっこり笑って、鼻歌で通りすぎていくオカッパ頭。
 
 今日は、肩を叩かれた……。
 
 ぬくもり残る我が肩を眺め、るんるん駆けてくたくましい後ろ姿を眺めやる。
 彼女の心が、わからない。
 
 
 
 
 
 

 お粗末さまでございました。  (*^o^*)


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