【 おまけSS.24 140501 】 『ディール急襲』第3部
 

おっかけ道中ひざくりげ

 〜 副長とゆかいな仲間たち 〜

  その4
 
 むくり、とファレスは、うつ伏せの顔を引き起こした。
 腹を押さえ、顔をしかめて辺りを見まわす。
「たく。どこ行きやがった、あいつら」
 ぴぴぴ、ちちち、とスズメがどこかでさえずっていた。昼下がりの宿の部屋は、明るく穏やかに静まっている。お供で連れてきた二人がいない。特務のザイとセレスタン。
「とっとと追っかけなけりゃなんねえのによ」
 あたた、と腹を押さえて寝床に座り、かがんで編みあげの靴を履く。背もたれにかけた上着をとり、舌打ちまじりに立ちあがり──
「どこへ行く気だい、あんた!」 
 戸口を見ると、でん、と女が立っていた。
 でっぷりと恰幅のよい、五十絡みの割烹着姿だ。ふんぬ、とまなじり吊りあげている。両手で持った大振りな盆には、ほかほか湯気たつ小振りの土鍋。
 宿の女将が粥を運んできたらしい。
 
「てめえっ! クソばばあっ! どうせ出すならチェリートマトでも出しやがれっ!」
 ファレスはぎゃあぎゃあ、やりあっていた。相手はこの宿の女将である。
「はい、さっさと口をおあけっ! はい、あーん!」
 むんずと肩を押さえつけ、女将は匙を持っていく。
「ち、ちくしょう! てめえ! クソばばあ!」
 寝床の枕ですごんでねめつけ、あーん、とファレスは口をあける。なぜか、どうしても逆らえない。
「うるさい子だねえ。静かにおし! 腹に穴があいてんだろ!」
「だったら、丁重にあつかえや!?」
 
「──ありゃあ、ハゲのセレクトだな」
 ぶつくさ言いつつ、ファレスは昼下がりの街路を歩いていた。レーヌの飯屋でザイが世話に寄越したのは、粋で色っぽい女将だったが、今度の宿では、すでに異性の境もあやふやな割烹着姿のおばちゃんだ。人選ひとつにも趣味が出る。いや、あのハゲは、なんでもいいのか?
 買い物に行ってくるから静かに寝てな! と女将が言い置き、出て行くと、ファレスはとっとと起きだした。
 昼の街路を歩きつつ、顔をしかめて腹をさする。「たく。ま〜だ腹がふさがんねえ。とっととぶん取ってこねえとな」
 あの小生意気なアンポンタンを。
 怪我した傷の回復は人並み以上に早い方だが、どうも、やっぱり治りが遅い。
 アレをなでくりまわしてないと
 まったくアレは、小生意気で小生意気で小生意気だが、今となっては必需品だ。
 同衾の相手に人格などは求めないファレスは、女に執着することはないが、あれだけは別物だった。替えのきかない己の一部。喩えるならば、腕一本、落とされても、死にはしないが不自由だ。
 
 酒場の建ち並ぶ一角で、男たちがたむろしていた。
 背を向けた人影は三人。路地の壁に、人影が追いつめられている。どうやらカツアゲの最中らしい。いや、あの白い前掛けは、
「……さっきのババアか?」
 男たちの柄の悪さに、道往く者は見て見ぬふりだ。
 ちっ、とファレスは舌打ちした。ためらい、往く手の街道をすがめ見る。こっちも先を急いでいる。おそらく、この場の誰よりも。
 肩を返して、つかつか近づく。
「おう。てめえら、何してんだ」
 ああん? と与太者が振り向いた。
 ぎくり、と一同、顔が引きつる。
「……あっ、いやっ……ぼくたちは、別になにも〜」
 一転へいこら頭を掻き、ぺこぺこ、そそくさ去っていく。
「おう。大丈夫か、ばばあ」
 とっとと失せろ悪ガキが、とファレスはその背に毒づいて、さてと行くか、と踵を返した。こういう威嚇は得意中の得意──
「ちょっとお待ち」
 後ろで、聞き覚えのある叱責が。
「あんたこそ何してんだいっ!」
「……あ?」
 見れば、あの宿のおばちゃんが、ぎろりと腕組みで睨んでいる。
 ぽかんと突っ立ったファレスの耳を、ぐいとその手が引っ張った。「ちょっと来な」
「あだっ! あだだだだっ!」
 そのままずりずり引きずられ 「痛てえよ放せよクソばばあっ!」と、ファレスはわたわた涙目でわめく。
「お、俺はなんにもしてねえだろっ!? まだ手も出してねえぞっ!──ざけんな! 俺は急いでんだよっ!」
 ずんずん女将は歩いていく。ファレスの威嚇などものともせずに。
 副長ファレス強制連行。そして、あっという間に宿屋に帰還。母は強し。
 なんなく悪ガキを仕留めた女将は、元いた部屋へとぶち込んで──いや、その足は宿の玄関を素通りし、宿の裏手へ向かっている。
 つねりあげた手を放され、ファレスは涙目で耳をさする。
「いってーなっ! クソばばあっ! こっちは腹に穴があいてんだぞっ!」
 ……あん? と女将を見返した。
「あんだよ。草むしりでもしろってのか」
 罰として。
 あの部屋分の広さもあるだろうか。夏日にキラキラ緑の菜園が広がっている。
 玄関の方へと立ち去りかけた女将が、ちら、と肩越しに一瞥をくれた。「好きなんだろ、、、、、、? あんた」
「あ?」
「今、ちょうどいい按配だよ」
 にい、と笑い、ぐっと親指をつき立てる。
「……。おう?」
 
 遅い昼飯をようやく終えて、お供二人は戻ってきた。
「副長、そろそろ目ぇ覚ましたんじゃねえか」
 ぶらぶら道を戻りつつ、ザイはセレスタンを振りかえる。「今ごろ喧嘩してんじゃねえかな、あの女将と」
「いや、あれぐらいのパワーがないと、副長は押さえきれねえって」
「やんちゃだからな、このところ、めっきり」
 宿の玄関にぶらぶら向かい、──ん、あれ? と足を止めた。
「何してんだ? 副長。あんな所で」
 夏日に照らされた菜園の中、カエルよろしく地面にぺったり両手をついて、じいっ……と緑の葉壁を見ている。
 その前には、ぱんぱんに熟れた真っ赤なトマト。
 こぶし大の
 おもむろに手を伸ばし、ぐい、とファレスはそれをねじとる。
 きゅっ、とシャツの胸で拭き、しばし、まじまじとそれを見つめ──
 かぷり、とトマトにかぶりついた。
 カエル座りの頭には、買い物しきり直しの女将が、かぶせて行った麦わら帽子。
「──副長に教えてやろうか」
 セレスタンは笑ってザイを見た。
「ちっこいトマトヤツも裏にあるって」

 
 
 

 お粗末さまでございました。  (*^o^*)
 
 
 
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