【 おまけSS.26 141008 】 『ディール急襲』第3部
 

おっかけ道中ひざくりげ

 〜 リハビリSS 〜


 光を感じて目をあけると、何かが視界をふさいでいた。
 そう、顔の間近に、何かある。これは……?
 背中が軽く持ちあがり、何かにもたれた顔があお向く。
 むに、と唇に何かの感触……?
 ぎょっとして、エレーンは目が覚めた。
 わたわたもがいて、向かいの肩に両手を突っ張る。
「──なななななっ!?」
 奪われた唇を片手でぬぐい、顔を引きつらせて彼を見た。「なにすんのっ!」
「おはよー。エレーン」
「おっ、おはよーじゃないでしょっ!」
 もたれた馬体から肩を起こして、ウォードが不思議そうに小首をかしげる。
「なんで怒るのー? あんた、わかんないー」
 わかんないのはお前だ!?
 わなわな震え、だが、どこから言っていいやら言葉にならない。
 不服そうに、ウォードは言った。
「オレ、あんたが起きるまで待ってたよー?」
「……む」
 目が覚めるまで、きちんと待った。
 しかるに、これは卑怯ではない。
 と、彼はかように言いたいらしい。
 が、
「……ノッポ君」
 エレーンはうなだれ、ぽん、と彼の肩に手を置いた。
 惜しい。君の認識はあと一歩だ。
 
 街道沿いの草原で、スズメが地面をついばんでいた。
 空気がひんやり肌寒い。あたり一面を満たしているのは、まだ生まれたての白い光。
 朝の清々しい静寂を破って、ぐうぅぅ〜、と大きな音がした。
 うっわ! と顔を引きつらせ、エレーンはわたわたヘソを押さえる。
(でも、もう、お金ないしな〜……)
 昨夜入った飲食店で、ウォードがぺろりと六千カレント分も平らげたからだ。
 よって、残金五千カレント。だから野宿だ。致し方なし。
 トラビアに行ったことのある知人から、前に聞いた話では、商都からトラビアまで辻馬車を使って、五日から六日はかかるのだそうだ。ここからだと、たぶん、あと四日くらい。だから、残り少ないこの資金を、それまで何としてでもとっておきたい。なにせ、この先、何があるか分からないのだ。誰かが怪我をするかもしれないし、急にお腹が痛くなるかもしれない。
 ふっと隣の空気が動いて、ウォードがおもむろに腰をあげた。
「オレ、なんか獲ってくるー」
 森に向かって歩き出す。朝食をとりに行くらしい。
 エレーンもあわてて腰を浮かせた。「──あ、なら、手伝う! あたしも一緒に」
「あんたはダメー」
 中腰のまま、固まった。「……な、なんで?」
「ちょっとオレ、することあるしー」
「することって?」
「ちょっとねー」
「……」
 だんまりかい。
 エレーンは引きつり笑いで首をひねる。この年頃の少年は分からん。今の今までくっ付いていたかと思ったら、なぜだか急に冷たくなる。
 森に向かいかけた足を止め、ウォードが肩越しに振り向いた。
「ホーリー。見張っててー」
 へ? とエレーンは己を指さす。
(……"見張ってて"?)
 い、いや、なんか違うことを言いたかったに違いない。なんか、きっと、それっぽいことを……
 もやもや呆然としている間にも、ウォードはすたすた森の中へと入っていく。
 エレーンは馬体を振りかえり、あはは……と虚しく引きつり笑った。
「い、一緒に待ってよ? 女同士で。ねっ、ホーリー?」
 ぶもっ? とホーリーが振り向いた。長いまつ毛をまたたかせ。
「……けど、ノッポ君って、もしかして」
 ウォードの背中を見送りながら、エレーンはほりほり頬を掻く。
「たぶん、あれ……やっぱ好きよね?」
 あたしのことが。
 いやぁ〜まいった! と首を振り、体をくねくね、へらへら赤面。
「でもぉ、あの子、まだ十五歳だからな〜。それに、あたしにはケネルいるしぃ?」
 ──いや、まて。
 はたと、エレーンは重要事項を思い出す。そう、その前に、
 ダドがいる。
 あ、でも、てことは?
「……。いや〜。一度に三人か〜」
 えへえへ赤面。夢心地。生涯初の快挙である。
「いっや〜ん! あたし、どーしよぉー!」
 座り込んだホーリーの周りを、エレーンはじたばた駆けまわる。これって、ついにモテ期到来?
「そ、そしたらあたし、誰と行くべき? ダドでしょ? ノッポ君でしょ? ケネルでしょー? ケネルとなんか、すんごいキスまで──」
 指を折って数えあげ、だが、腑に落ちない顔で眉根を寄せた。
 確かに、ケネルとキスをした。でも、あの日の出来事を思い起こせば、ケネルと屋上でああなったのは、こっちが迫ったからではないか? 泣いてなじった時なんか、なんか後ずさっていたような? 大体奴は「一緒にくるか」と訊いただけで「お嫁にこい」とは言ってない。そもそも奴には、なんか女がいっぱいいる。
 とはいえ、ノッポ君は未成年だし、そういや、あのダドにしたって、奴にはもう、サビーネとクリードってふてぶてしいガキまでも! 
 ふつふつ怒りがぶり返し、エレーンはぎりぎり拳を握る。
 あんの二股男っ! ふざけてる! なんたる不真面目! ひとを嫁にもらっておきながら──!
「……あ、でも」
 ふと、それを思い出し、ほりほり人さし指で頬を掻いた。
「なんにもないっけ、ダドとはまだ」
 妾の一件が発覚し、同居直後に締め出したから。
 彼と一緒になる前は、二人ともアディーの死を引きずっていて、甘い雰囲気なんて皆無だったし、むしろ不謹慎な気がしたし、それを二人して満身創痍で潜り抜けてきたって感じだし。そう、いわば戦友みたいな。
「……もしかして負けてる? 女として全面的に」
 がっくり、と肩を落として、ホーリーに手をつき、うなだれる。
 ダドには別に妻子がいるし、ましてケネルの背中には、どれだけの女が隠れているか分からない。あのキス、妙に慣れてたし。もっとも、あの年になるまで何の経験もないっていうのも、それはそれで不憫だが。
 はああ、とエレーンは溜息をついた。
「……なんか、どれも中途半端〜。唯一、一途なのはノッポ君か〜」
 見かけは大人そのものだけれど、中身はまだ十五歳の少年。それでも囚われた部屋から助けてくれた。トラビアへ行ってくれると言った。なぜ、あんなに自分に執着するのか。ずっとずっと年上なのに──て、あれ? 
 執着といえば、誰かを忘れているような? そういう熱量ならば最大の
 はて、とエレーンは首をひねる。
 そう、誰か、忘れているような?
 
 
 
 その頃、トラビア街道沿いのとある町では、
「ぶえっくしょぃっ!」
 ファレスが盛大なクシャミで鼻をすすり、
「……ちくしょう。寒気がしやがるな?」
 しきりに首をかしげていた。
 

 お粗末さまでございました。  (*^o^*)
 
 
 
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