【 番外編2 INDEX 20201223 】
最終話 ファレスの日記
「もう、信じらんない! ケネルのばかあっ!」
ばあん! と扉を叩きつけ、ズカズカ部屋に入ってきたのは阿呆だ。
こっちの顔を見つけるや、尻尾をつかんで、ぐい、とひっぱる。
逃げる間もなく引きずられ、むぎゅっと阿呆に抱きしめられた。
なんて速さだ、この阿呆。ちっこくても獣を相手に。
──て、力抜けや! つぶれるじゃねえかよっ!
とっさに爪を剥き出すが、ハッと仕舞って我慢する。バリバリやったら一大事だ。
阿呆はえぐえぐ泣いている。どうした。ケネルに苛められたか?
「なによ、トーノとはなんでもないのに」だの
「あの、よつばのくろーばー? トーノにもらってただけなのに」だの
ぐちぐち泣きべそでなじりつつ、むぎゅうぅと力一杯抱きしめてくる。
──て、よせ! 放せ! 苦しいじゃねえかよ!
図体のでかさを考えろや!
瞠目で手足を繰り出して、死に物狂いでジタバタ足掻く。
阿呆は一切構うことなく、ぐりぐり顔を押しつけてくる。いや、どさくさに紛れて食うな顔を!
あむあむ顔をかじるのはよせ!?
ちっこくたって猫は猫。牙で口が切れちまうぞ!
どろん、と身体に重みが戻った。
視界をおおうはドアップの顔。鼻水垂らして泣きべそかいた──。
頭が両手で固定され、阿呆の膝に載っている。
そして、口をふさがれている。この、むにゅっと柔らかい感触は……
こっちを完全に組み敷いた阿呆が、む? と疑問符で眉根を寄せた。
膝にのせたこっちの頭を、あわあわ全力でぶん投げる。
「ぅぎゃあああ!? なにすんのよっ!」
顔をしかめて起きあがるやいなや、ばっちん! とすかさず張り手がさく裂。
吹っ飛ばされて、ゴロゴロ転がる。
「どうした!」
間髪容れずに現れたのはケネルだ。
べったり床に張りついた、顔を振りあげ、跳ね起きた。
「なにしやがる!?」
あ? の顔で固まるケネル。
やっと正気に戻った阿呆と、顔を見合わせ、こっちを見た。
「「 ふぁれす? 」」
間の抜けた面で指さされ「おう」と手をあげた、その時だった。
ひゅっ──と三人、同時に消えた。
「……てめえ、月読。何しやがった」
事の次第を問いつめると、その晩現れた月読は、やれやれと溜息をつきやがった。
「久しぶりに会うたというのに、開口一番、その言い草」
ほんに煩い奴よのう、と丸く大きな月夜の窓辺で、緋色の袴の膝をたてる。「そも、連れ戻せと言うたは、お前であろうが」
「やっぱり、てめえの仕業かよ」
「いや "三"の摂理が働いたのであろう。お前がヒトに戻ったからな」
「あ? 一体どういうことだ」
「向こうの世界にしてみれば、異界の者が三人になった。すなわち異物が三つ揃った。それゆえこちらへの通路が開き、強制排除が作動した」
「いつもながら、ご大層なこった」
「異なる次元から呼び戻そうというのだ。それなりに大きな力が要る」
納得しかけて気がついた。
「だったら、俺もヒトのまま、送りこんどきゃよかったじゃねえかよ」
猫なんぞに変えねえで。
「それではそもそも辿りつけぬわ」
「てめえ、ぜってえ遊んでるよな?」
問い詰めるもそれには答えず、これも一興、と笑いやがる。ひとを猫なんぞにしやがって──。
そういや、妙なことを思い出した。
「阿呆に顔を食われた途端、猫から元に戻ったぞ? なんで急に」
「急にも何も」
月読はしれっと真顔で返す。
「術を解くには接吻と、昔から相場が決まっておる」
つまりはアレか、童話によくある──。
" 眠り続けるお姫様は、王子様のキスで目が覚めました "
「ぐっ──俺は、お姫さまじゃねえ!」
月読が扇子で口元を隠し「じゃが──」と横目でこっちを見やった。
「まんざら悪くもなかったであろう?」
「おうよ」
ちょっと考え、即答した。
よりにもよって阿呆のことを「知らねえ」とほざいたキツネとハゲは、ちゃっかり記憶を取り戻していた。
吹っ飛ばされた向こうの世界で厨房仕事を覚えたケネルは、店の黒いエプロンをつけて、日がな厨房に立っている。
そして、女の客どもに、きゃいきゃい日がな取り巻かれている。
あの阿呆がキーキーわめいて、ケネルを吊しあげるのも、今では馴染みの光景だ。
ちなみに恩恵をこうむったのは、女の包囲網がはずれたキツネだ。
すっかり身軽になったらしいザイは、清々した顔で店を出て、今日もいそいそ通っている。双子の片割れ、泣き虫女の領邸へ。
ハゲにも取り巻きができたようで、鼻歌で仕事に勤しむかたわら、鏡の中を覗きこんでは、一人でデレデレやにさがっている。
外に出したテーブルが、午後の日差しを浴びている。
通りに面したオープンテラスの、椅子で憩う白髪の客たち。
喫茶処 「スレイター商会」
商都の片隅に開店した、いわゆる拠点の店内は、今日もガヤガヤ忙しない。
今日も今日とてかまびすしいが、店にはいつもの連中がいる。
阿呆とケネルとキツネとハゲと、あくびが出るほど退屈な、日常があればそれでいい。
そうだ。俺は、ここがいい。
奴らは絶対、俺を捨てたりしないから──。
日差しと少しの気だるさと、安穏が立ちこめるこの店は、殺戮とは最も遠い場所。
ちょっくら昼寝でもしてくるか。 <了>
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親愛なる読者さまへ
前回の更新から、すーっかり あいだが開いてしまい、誠にあいすみません。
ようやく脱稿できました (^0^;
長らくお待たせしたにもかかわらず、お読み頂き、ありがとうございます。
2020.12.23
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