■ CROSS ROAD ディール急襲 第1部 1章1 〜 嵐の前 〜
( 前頁 / TOP / 次頁 )
エレーンは執務室に飛びこんで、夫の執務机につめ寄った。
「なんで、使者に会わないのよ!」
エレーンは夫にしてクレストの領主、ダドリー=クレストの顔を見る。
書き物をしていたダドリーは、椅子の背もたれにもたれかかり、手にした羽根ペンを放り投げた。
「書状を受けとっちまったら、人を出さなきゃならなくなるだろ」
「助けに行かないつもりなの!」
ダドリーが往生したように顔をしかめた。「うちは国境のない片田舎だぞ。領民たちは戦の素人。訓練された軍兵と、一体どうやって、わたり合う」
「けど!」
「どだい無茶な注文だ。万に一つの勝ち目もない。ラトキエを助けてやるどころか、こっちこそ格好の標的だ」
「けど、ダド! このままじゃ商都が──!」
この国の首都「カレリア」で、大変な騒ぎがもちあがっていた。
国境を守るディール領家が、突如首都を急襲したのだ。
エレーンの暮らす 「カレリア」 国は、国王に国土を任された三つの領家が統治している。
「ラトキエ 」 「ディール」 「クレスト」の各領家だ。
三領家はそれぞれ、南北に長いカレリアの国土の、中央、西方、北方を治めている。
三領家の筆頭格は、中央を治めるラトキエ領家で、首都は国名と同名の「カレリア」だ。
ここは商売の盛んな土地柄で、古くから「商都」とも呼ばれている。
筆頭格のラトキエに次ぐは、西方を治めるディール領家で、
主都 は「トラビア」 国境の防衛を担っている。砂塵の舞う乾いた土地で。
そして、ここ北方を治めるクレスト領家。
主都の名前は「ノースカレリア」 エレーンが嫁いだこの街は、かつて栄えた旧港湾都市でもある。
隣国が常に内戦中という物々しい土地柄もあり、三領家はこれまで国王サディアスの執政下、協力して国を治めてきた。
だが、ディールが牙を剥き、長きにわたる平和を破った。国境を守る都合上、トラビアには国軍が詰めている。
そして、この国は開闢以来、政権強奪をもくろむような大規模な騒擾とは縁がない。
寝耳に水のラトキエは、この事態を収拾すべく、三領家の一クレストに、協力を要請する使者を送った。
だが、事もあろうにクレストの領主が、門前払いを食らわせた、というのだ。
こたび領主に着任した新米領主のダドリーが。
エレーンはたまりかねてつめ寄った。
「お願い。みんなを助けてよ。ラルとエルノアを助けてよ! あんたになら、できるでしょう!」
渦中の商都カレリアは、エレーンがダドリーと出会った地。エレーンの生まれ故郷でもある。二人の友人も数多い。
エレーンは言葉をつくして説得した。
だが、ダドリーは椅子にもたれたままで、口を開く様子はない。その意図をようやく悟り、エレーンは愕然と見かえした。
「見殺しにする、つもりなの?」
ダドリーは机の上で、ゆっくり手を組みあわせた。
「なんと言われても、人は出せない。俺には俺の義務がある」
「──あんたって人は」
エレーンはわなわなと絶句した。かたく握った拳がわななく。
「人でなし! 自分さえ良ければ、それでいいの? あんたはそれで満足なのっ!」
「だから、今、言ったろう。俺には俺の領民が──」
「触らないで!」
なだめる手を振り払い、エレーンは彼から飛びのいた。
「ダドのばかっ! だいっ嫌い!」
エレーンは思いきり罵倒して、出口へ肩をひるがえす。
憤然と部屋を出たその背で聞いた、ガタン、と窓辺の椅子が鳴る音。
彼が立ち尽くす気配がした。
■ 主要都市 配置図 ■
( 前頁 / TOP / 次頁 ) web拍手
オリジナル小説サイト 《 極楽鳥の夢 》