Episode.0 「 ゆめのいし 」

〜 Episode.0「 ゆめのいし 」〜

 
 
 詰め所の手すりに置かれた"それ"を、目の高さまで摘みあげ、ためつ眇めつ、じっくり眺める。
 透明度といい、曲面といい、いつもより・・・・・若干美しくはあるようだが──。
 門衛はしばし、じぃ……っと穴のあくほど凝視して、背後の回収棚へと押しやった。 棚に置かれた翠石のカケラは、丸い面をわずかに残して割っ欠けている。
  "回収窓口" の立て札が、初夏の日ざしを浴びていた。
 クレスト領邸、北門にある検問所は、今日も鄙びて、のどやかだ。門衛は頬杖であくびをすると、回収記録簿にペンをほうりこみ、事務机から腰をあげた。
 棚の下に立てかけた専用トレーを取りあげて、三段の棚に居並んだ翠石のカケラを移していく。しばらく持ち場を離れる旨、同僚の立ち番に声をかけ、脇戸をあけて歩み出る。
 制服の肩に、初夏の日ざしが降りそそいだ。
 暑くもなく、寒くもなし。北方の夏は過ごしやすい。緑豊かな邸内は、今日も麗らかな日ざしに満ちている。道なりの左に「第一政務棟」、右の外壁沿いには「使用人宿舎」、これらの間を通り抜けると、ちょっとした裏庭が右手に見える。その向こうは「厨房棟」、更に向こうに「通用門」、更に足を進めれば、領邸前に配された小奇麗な詰め所が現れる。
 こみあげるあくびを噛み殺し、門衛は領邸母屋に足を向けた。静謐をたたえた豪壮な屋敷の、そのどこかにいるはずの当主付きの老執事の元に、これらを運ぶのが役目である。
 今しがた釣り人がもちこんだのは「夢の石」と呼ばれる代物だ。そう、夢の、、石。その名が如実に示す通り "人の世の望み、ことごとく叶えます" という、なんとも豪気な代物である。
 曰く、賊の奇襲に遭遇した小さな村の長老が、秘蔵の石で、絶体絶命の危地を脱した云々。
 更に曰く 、敵の渦中に取り残された陥落寸前の敗残部隊が、突じょ現れた少年の石により、辛くも窮地を救われた云々──。
 胡散臭い事例のご多分に漏れず、この手の逸話は、数えあげればきりがない。とはいえ、問題なのは、そうしたおとぎ話の中身ではない。
 この付近の河原から多く出土されるこのカケラは、領土を治める為政者にとって、頭痛の種に他ならない。なにせ、この厄介な石は、持ち主の願いを、すべからく叶えてしまう、、、、、、、というのだから。それが心やさしい善人であろうが、天下国家の転覆をもくろむ残忍非道な悪人であろうが。
 看過しえぬ事態を受けて、当該地を治めるクレスト領家は、夢の石の回収に乗り出した。そうした外見を持つ石を、ことごとく没収しようというのである。
 協力者には謝礼を出す旨、公告し、ここ北門検問所には、専用の回収窓口も設置された。だが、それを聞いた領民が、是幸いと日々持ちこむその数たるや、
 満員御礼、大盛況──!
 になるのは、火を見るより明らかなのであった。
 透き通った緑のカケラなど、河原にいけば転がっている。それが金に変わるというのなら、なんとかして探し出し、持ちこんでやろうと思うのが人情というもの。
 迷惑なのは、回収窓口が設置された北門の門衛たちである。
「そこで(暇そうに)立ってるだけなら、ついでに、これもやっといてくんない?」 的この手の窓口業務など、面倒至極な雑用以外の何者でもない。事実、畑違いもいいところ。ぶっちゃけ、やってらんねえ、てな話である。仕事を勝手に増やされたところで、給料が増える訳でもないんだし。そう、北の端っこの鄙びた田舎じゃ事件も起きないもんだから、上の連中も暇に飽かして、こんな訳のわからない傍迷惑な業務イベントを思いつく──。
 むろん、表立っては言えないが。
「あほらしい。どうせ又、真っ赤な偽物なんだろうによ〜」
 裏道を母屋に向かいつつ、門衛はいつものように一人ごちた。そう、これらは全部、偽物だ。
 本物が一つでも混じっていれば、今頃こんな所を歩いてはいない。宿舎に取って返して荷物をまとめ、とうにどこぞへ消え失せている。もちろん、大金持ちに変身して。
 年季がかった北の詰め所が、豪勢な屋敷に突如化けたりしないのは、持ちこまれた石ころ全てが偽物であるが故、、、、、、、なのだ。
 だって、誰が願掛けせずにおれるだろう。石を窓口で受けとる度に。運搬の順番がくる度に。ある時は切実に。ある時は投げやりに。
 ── 夢の石よ、夢の石。俺を金持ちにしておくれ!
 いや、そもそも、そんなお宝を手中にしながら、それを領家にさし出して、二束三文に代える阿呆が、どこの世界にいるというのだ。
 望めば、願いが叶うのに?
 どんな豪勢な金持ちにでも成り代わることができるのに? そう、石に願をかけさえすれば、
 ── 世界はたちどころに塗り変わる、、、、、
 北方特有の高木から、うららかな日ざしが降っていた。
 風はゆるやかに吹きわたり、高い梢が風にざわめく。 澄んだ夏空を仰ぎやり、凝った肩をこきこきまわして、門衛は、くわあっ、とあくびした。
 のんびり歩く制服の肩に、裏庭の木漏れ日がちらついた。大小様々いびつな形のカケラたちが、きらきら緑に輝いている。
 見向きもされないトレーの隅で。
 
 
 

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