■ CROSS ROAD ディール急襲 第1部 interval 〜 たからもの 〜
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 やっと辿りついた天幕群では、今しがたの見張りが三人、やはり暇そうにあくびをしながら、雑談に興じていた。うなじで長髪をくくった男、長い前髪を左でわけた男、シャツの前を大きくあけたゆるいウエーブの黒髪の男。まだ早朝であるせいか、いつもの派手な衣装ではなく、綿の街着を身につけている。
 その彼らの肩の向こうで、目的の、、、大木が揺れていた。サビーネは荒い呼吸をととのえながら、華奢な拳を強く握って、彼らに顔を振りあげる。
「恐れいります! お通し下さいませっ!」
 上背のある三人が、気づいて、ぶらり、と振りむいた。
「──あァ? なんだァ?」
 それぞれ長身の背をかがめ、じろじろ三方から顔をよせる。
「なんだ。誰かと思えば、あんたはさっきの」
 三人は顔を見合わせた。狐につままれたような顔。彼女の様子が何か変だ。終始おどおどしていた今しがたとは異なり、あからさまに落ち着きがない。やきもき手を握りしめ、通せんぼした肩越しを爪先立ってうかがっている。
 三人の見張りは胡散くさげに様子を見、彼らの一人、長髪の男が制止しがてら進みでた。
「又あんたかい。今度はなんだ。用は済んだんじゃないのかよ」
 他の二人は長髪に目配せ、ぶらぶら木陰に離れていく。こんなに非力そうな相手なら、警戒するには及ばない、と判断したものらしい。
「……あのねえー、お嬢さん」
 対応に残されたのは長髪をくくった男だった。顔の両側に髪を一筋ずつ垂らしている。男は面倒そうに嘆息し、困った顔で頭を掻いた。
「あんたみたいなよそ者を、ほいほい簡単に通しちまったら、俺達ここで見張ってる意味、全然なくなっちまうの、わっかる〜?」
 おどけた調子で言い聞かせ「さあ、帰った、帰った」と片手を振る。
 サビーネは苛立った面持ちで、男の脇に踏みこんだ。「──おどきになってっ!」
「どけねえな」
 長髪は素早く立ちふさがり、肩をやんわり押し戻す。
 サビーネは焦れて拳を握った。「お願い致します! わたくし、急いでおりますのっ!」
「まあまあ、そんな怖い顔すんなよ〜。そりゃあ、あんたみたいなカワイ子ちゃんの頼みなら? 俺っちだって、是非とも聞いてやりたいけどもよ」
 肩までしかない彼女に合わせて窮屈そうに背をかがめ、長髪はなれなれしく肩を抱く。「でもよ、やっぱ、こればっかはな〜。だって、ウチの連中、夢ん中にどっぷりつかって、まだおネンネの真っ最中よ?」
 なんとか脇を通り抜けようと、サビーネは一人奮闘している。長髪はそれを押し止め、「なあ、そんなことよりさ〜」と辺りを素早く見まわした。
 ぶらぶら歩く二人の仲間を肩越しにうかがい、長身をかがめて耳打ちする。
「今度、俺っちとデートしない? もちろん、あんたの旦那には内緒ってことでさ」
 にんまりと笑みを作った。
「あー大丈夫! 退屈なんかさせないって! 俺っち、こう見えても話題は豊富よ? そーそー、こないだなんかもさあ──」
 サビーネは赤面し、おろおろとうつむいた。元よりひどい人見知り、まして相手が饒舌ならば、手もなく丸め込まれてしまう。
 だが、今日のサビーネは違うんである。強気で、その手を振り払った。
「ごめんあそばせっ!」
 ついでに足も踏んづける。
 なにせ、今は緊急事。手加減さじ加減一切なし。つまり、踏まれた方はたまららない。
 へらへら笑いの長髪が、ぱちくりまなこを瞬いた。そして、
「──あーっ!」
 両手を振りあげ、バンザイ三唱。
 注意がそれたその隙に、サビーネは急いで駆け抜けた.。
「──お、おい、あんた! 駄目だって!」
 足の甲をさすりつつ、長髪があわてて声をあげた。ぶらついていた二人の見張りが、ぎょっとしたように振りかえる。サビーネは駆けつつ、肩越しに睨んだ。
「おいでにならないでっ!」
「……え゛」
 楚々とした相手に一喝されて、追いすがりかけた三人は、ギクリと前傾姿勢で停止。
「ただちに戻って参ります! それまでそちらで、お待ちあそばせっ!」
「「「 お、おまち、あそばせ……? 」」」
 呆気にとられて、三人は顔を見合わせた。この手の言葉は彼らの辞書には未収録である。
 追っ手の意気を意図せずくじいて、サビーネは全力で逃げ去った。
 
 朝のうらららかな日ざしの下には、三人の見張りが取り残された。
「……お〜い」
 一応は呼んでみた。だって一応当番だから。
 だが、とっとと走る彼女の背中は、もう、こちらを見向きもしない。
 なんとはなしに取り残されて、三人は呆然と互いの顔を見合わせた。
「……どうする?」
「いや、どうするったってよ〜」
 そうしてためらう間にも、息せき切って駆けてく背中は、どんどん離れていくばかり。
 大木の梢がさわさわ揺れた。
 どの天幕も寝静まっている。誰も出てくる気配はない。
「──まあ、いっか」
 一人がウエーブの黒髪を掻いて、ひょいと軽く肩をすくめた。「さっきもバパさん、あの女通せ、って言ってたし」
「なら、まさか大丈夫だろ? さっきは良くて、今度が駄目って道理もないさ」
 長い前髪を左で分けた目付きのきつい男も、なんとはなしに右に同意。
「あのお嬢様一人に何ができるとも思えんし」
「 " ただちに戻る " って言ったしな」
可愛い顔もしていたし」
 要するに、それが本音らしい。
 外敵威嚇用の棍棒で、肩を所在なく叩きつつ、三人は遠ざかる背を眺めた。誰からともなく目配せし、元の配置にあくびで戻る。
 ああいう可愛い顔は元より苦手。大体、見るからに鈍いあの感じでは、肩を軽く突ついただけでも、すっ転ばせて怪我させそうだ。華奢な両手を振りあげて、おでこから地面に突っこんでいく(見ようによっては面白い)様は、なぜか容易に予測がつく。
 彼女の駆け去った方向を、三人はしばし、見るともなしに眺めていたが、結局、これについては見なかった振りで、元の見張りに戻っていった。
 
 サビーネは全力で駆けていた。
 先の大木に滑りこみ、その根元に這いつくばる。駆け乱れた息を弾ませ、目を皿のようにしてそれを探す。夜露に濡れた草の根を掻きわけ、湿った地面を素手で探る。
 肌寒く澄んだ早朝の風に、野草がさわさわ鳴っていた。
 手でぬぐった白い額に、またうっすらと汗が浮かぶ。髪が肩からすべり落ちては、捜索の視界をふさいでしまう。唇は不安を噛みしめたままだ。
「……あっ」
 小さく歓喜の声をあげ、サビーネは顔をほころばせた。そっと拾いあげて土を払い、ほっと安堵の息をつく。
 それは錆びかけた銀の指輪だった。いかにもちゃちな安物だ。お洒落に目覚めた少女でさえも、きっと見向きもせぬほどの。
 だが、彼女にとっては、何物にも代えがたい宝ものだ。癖っ毛の優しいかの人に、初めてもらった物だから。この地に初めて来た年の、祭があったあの晩に。
 足元で、銀のチェーンが朝の光を弾いていた。無我夢中でもがいた弾みで千切れてしまったらしかった。そう、ファレスから逃げたあの時に。
 びくり、とサビーネは細い肩を震わせた。
 長いスカートの膝を払って、そそくさ地面から立ちあがる。白い顔を強張らせ、逃げるようにして踵を返した。先の怯えを取り戻し、足は現場から遠のこうとする。
 ふと、その足を止めた。
 両手を胸で握り締め、ためらいながらも振りかえる。場所の光景に、違和感があった。
 なんだろう、と見返して、ようやくサビーネは気がついた。
 ここに在るべき物がない。ファレスに持ってきた差し入れを、あの時、地面にばらまいた。なのに、残骸がどこにもない。
 戸惑いながらも、サビーネは視線をめぐらせた。場所は、確かにここだった。指輪が落ちていたのだから、間違いない。もしや、ここを掃除した者がいるのだろうか。でも、こんなに朝早くから?
 朝もや立ちこめる天幕群は、殺伐とした風情をまとい、白々と朝陽にさらされている。辺りは、しん、と寝静まり、誰の姿も見当たらない。
 天幕群を先ほど出てから、いくらも経っていないはずだった。引き返す途中で紛失に気づき、あわてて取って返したのだ。
 大木の足元に、煙草の吸殻が落ちていた。「く」の字に曲がった二本の吸殻。
 ふと、その不自然さに気がついた。掃除をしたなら、なぜ、吸殻が残っているのだ?
「……ファレス?」
 サビーネはつぶやいた。
 吸い殻の銘柄に見覚えがあった。あのファレスの嗜好品だ。いつも庭を訪れては煙草を吹かしていったから、見間違えるはずはない。それに特徴的なあの吸い方。まだ長い煙草を揉み消しては次の煙草に火を点ける、少し忙しないこの吸い方。「く」の字に曲がった二本の吸殻──。
 きょろきょろ周囲を見まわして、あの気配をとっさに捜した。朝の天幕群には、見渡す限り、誰もいない。
 サビーネは戸惑った。彼の突き放したような横顔と、目の前の律儀な行動とが、どうにも結び付かなかった。まして今朝は、彼を怒らせてしまったようで、あれほど迷惑そうにあしらわれたのに。
 早朝の天幕群は、ひっそりしていた。遠くに見張りがいるだけで、未だ寝静まっている。あの見張り達がわざわざ掃除をしたとは思えない。ならば、あの残骸を持ち去ったのは──
「……もらって、くださったのね」
 吸殻の残る地面を見つめて、くすり、とサビーネは微笑んだ。
「あんなに嫌がっていたくせに」
 差し入れなどには見向きもせずに、立ち去ったものとばかり思っていた。冷たい地面に打ち捨てられて、あのまま無残に放置されたと。
 ファレスは他人を寄せ付けない冷たい印象を持っている。こんな律儀な真似をするようには到底見えない。だから尚更その彼が、残骸をせっせと拾い集めたのかと思うと、妙に可愛らしく、妙におかしい。だって、仏頂面のあの彼が、こんな地べたにしゃがみ、後始末をするなんて。
「……やはり、良い方ね」
 サビーネはそっと微笑んで、スカートの裾をひるがえした。
 足取りも軽く出口に向かい、ふと、またたく。
 声をかけてみようか、あの見張りの三人に。
 ファレスは不意に訪れては、外の風を送ってくれた。勝手気ままな野良猫が、気紛れに入りこむように。
 だが、ファレスは行ってしまった。誰かと共に過ごした安堵を味わってしまった今となっては、以前のような独りぼっちには、もう、耐えられそうになかった。
 待っても、何も起こらない。待っても誰もやって来ない。それは、彼の気負いない行動と、そっけない言葉の端々から、新たに学んだことだった。ならば今度は自分から、あの彼らを誘ってみよう。あのファレスが言ったように。
 ありったけの勇気を出して。
「……でも、なんと申し上げれば」
 はた、とサビーネは重大な点に気がついた。
 世間の常識と隔絶された沈黙を最良とする修道院で、厳しい規律にただただ従順に従ってきたから、そうした知識が皆無だった。まして、見知らぬ者に声をかけるなど、とんでもないことだった。
 サビーネは戸惑って足を止め、思いあぐねて思案する。どうしたら良いのかわからない。きっかけをつかむ方法さえ。けれど──。
『 だったら、あんたの方から行けばいい 』
 彼の言葉に背を押され、胸を高鳴らせて踏み出した。
 彼らはこちらに背を向けて、相変わらず雑談していた。緊張に拳を握りしめ、サビーネはごくりと唾を呑む。
「あああああああの──っ!」
 意を決して呼びかけたのに、出てきたのは蚊の鳴くような小さな声。
 ぱっ、と三人が振り向いた。
「ああ、あんたか」
 視線が一気に集中し、サビーネは反射的にすくみ上がった。
「──あ、あのっ! あの、あのっ!」
 空気を求める金魚よろしく真っ赤になって口を開閉。なんと続けていいものか、見当もつかない。
 あたふた相手を凝視しながら、サビーネは深く落胆した。これでは挙動不審な輩ではないか。彼らは片足に重心を預けて、話の続きを待っている。
「用は済んだの?」
 目付きのきつい男がそう訊いた。先程の長髪とは又別の、長い前髪を左で分けた男だ。
 ぱっ、とサビーネは顔を輝かせた。
「そ、その節はご無礼致しました! お手数をおかけ致しまして、まことに申し訳ございませんっ!」
 張り切って即答し、額が膝にくっつくほど、深々と頭をさげる。
「ありがとう存じましたっ!」
「……。いいええ〜。どう致しまして」
 三人もつられて頭を下げた。
 はっ、とそれに気づいたサビーネが、恐縮して頭を下げる。それを見た彼らの方も頭を掻きつつペコペコペコペコ──。何気に不思議な光景だ。
「つ、つきましては、その──」
 一しきり恐縮しまくったその挙句、サビーネはちらと目をあげた。胸の高鳴りに手を握り、上目づかいで恐る恐る切り出す。「お、お尋ねしても、よろしいかしら」
「「「 俺らに? なに? 」」」
 サビーネはひるんで絶句した。なぜに三人一斉に返事をするのだ? 
 気後れの笑みをぎこちなく作る。
「あ、あの──」
 空気を求める金魚よろしく、身振り手振りで口をパクつかせる。
 上背のある背をかがめ、三人が顎を突き出した。
「「「 なに? 」」」
 一斉に訊く。
「……あ、……い、いえ、あの……」
 真っ赤になって首を振り、サビーネはしどもど、うつむいた。
 上目遣いで盗み見た目が、向かいとかち合う。デートに誘った長髪だ。じぃっ、とサビーネは穴があくほど凝視する。
( お願い! お気づきになって! )
 長髪は、ぱちくり瞬いた。
「……えっ、と?」
 首をかしげ、ぽりぽり頬を掻いている。
 サビーネは焦れて唇を噛んだ。念力を送る作戦は、やはり失敗したようだ。当たり前だが。
 きょとん、と三人は瞬いている。不意打ちで指名された長髪にしても、なぜに自分が熱い視線を送られているのか、まるで見当もつかないのだ。
 サビーネはおろおろ右往左往。
 突然、見ず知らずの他人から「お友達になって」などと言われたら、相手は気味悪く思うだろう。だが、どう言って誘えばいいのか、まるでさっぱり分からない。
 あーでもないこーでもないと一人悶々と思いあぐねる。憔悴しきって見かえすと、三人の一人と目が合った。白シャツのウエーブの黒髪だ。
「なに? 俺らに用があるんじゃないの?」
 襟を大きく開けた首元に、金のチェーンが覗いている。サビーネはひるんで後ずさった。
「……あ、あの……その……その……」
 不思議そうに探る目に、もじもじうつむく。今にも穴掘ってもぐりそうなほど。
 サビーネには不思議だった。なぜ、他の人達は平気で声などかけられるのだろう。彼らのように気さくに明るくこだわりなく。そういえば「デートしない?」と誘った彼は、さっき、なんと言ったろう。
 緊張で喉が張りついて、声が上手く出てこなかった。だが、自力で何とかせねばならない。これまではファレスが訪れてくれて、お喋りの相手になってくれたが、ぶっきらぼうなあの彼も、しばらくこちらに戻らない。それでは、また一人きり。緑おい茂るあの庭に、やはり、ずっと一人きり。
 今日もまた、日が暮れる。
 訪ねる人は誰もない。朝起きて、水をまき、一人きりで食事をし、一人きりでお茶を飲み。
 毎日、同じことのくり返し。いつもと変わらぬゆるい風。いつもと変わらぬ青い空──。
「あのっ!」
 サビーネは顔を振りあげた。
「は、はなはだ不躾ではございますが、あの、お仕事がお済みになったらで構わないのですが、その──」
 がちんがちんに顔は強ばり、声はだんだん小さくなる。胸の前で掻き合わせた手はブラウスのフリルをもてあそぶ。
 なけなしの勇気を振り絞った。
「お、お、お茶を、ご一緒して頂けませんこと?」
 そう、ここで引き下がったら元の木阿弥!
 三人はきょとんと瞬いた。
「「「 はァ? オチャ? あんたがと? 」」」
 それぞれ己の鼻をさす。
「あ、あの、わたくしの屋敷に、ご足労頂けませんこと?」
 サビーネ、がんばる。
 三人は呆気に取られて互いの顔を見合わせた。華奢な拳を握りしめ、必死に口をぱくつかせるサビーネは、冗談を言っているようには到底見えない。だが、それってつまり、要するに──
((( 三人まとめてナンパかよ…… )))
 あんぐり、三人は口を開ける。思わぬ強者の登場である。
 サビーネがあたふた赤面で覗いた。
「も、申し訳ございません。お忘れ下さいませ。……あの、お気になさらないで。やはり、わたくしなどがお誘いするのは、ご迷惑、ですもの」
 ベソでもかきそうに、悄然とうつむく。
 三人が顔を振りあげた。
「「「 まさか! 」」」
 息もピッタリ、ハモってサビーネに振り向いた。ちなみに、さっきから何かとハモるのは、気が合うからというよりは、皆が皆、我先にと企む結果であるようだ。だが、ようやく一人が先んじた。
「迷惑だなんてとんでもない! もちろん行くさ、決まってんだろ」
 さっきのナンパで足蹴ならぬ"足踏み"を食らった長髪である。口を開きかけた他を制し、サイドに垂らした髪を揺らして、いそいそと続ける。
「あんたの誘いを断るわけがないだろう。ここ、十時に次がくるからさ」
「……は」
「そうしたら行くよ。何がいい? 土産」
 息をのみ、サビーネは目を見開いた。
( や、やりましたわ──! )
 驚いた顔で、ピタリと停止。
 ぎょっ、と三人は後ずさった。
「──お、おいおい、あんた?」
 ただならぬ様に逃げ腰になりつつ、恐る恐る様子をうかがう。
 サビーネは瞠目したまま停止している。そうして、たっぷり三秒後、
「……さようで、ございますか」
 はあ、と息を吹き返した。
 胸を撫で下ろしたその顔に、みるみる笑みが広がっていく。邪気ない顔には、その手の自覚は微塵もない。
 そう、お茶会の定義とは、共にお茶を飲みつつも、楽しく語らうことである。そして、サビーネの場合は、正にそれのみが目的である。だが、三人の場合には、実にそれ以外、、、、が目的である。
 そうした機微を把握できないサビーネは、彼らにたおやかに腰を折る。
「では、お待ち申し上げておりますわ! おいしいお菓子がありますの!」
「……あ、ああ」
 なんだか妙だ、と三人は、密かに首をかしげている。
「それでは皆様、ごきげんよう!」
 サビーネはにっこり笑って駆け出した。三人は、ぽかん、としているが、構うことなく天幕群を出る。
( ──ファレス! )
 どきどき高鳴る胸を抱えて、サビーネは腕を振って駆けていた。
( やりましたわ! わたくし、やりましたわっ! )
 会心の拳を、胸で握る。
 苦笑いで見送った三人は知らない。
 彼女の小さな目論みが、ようやく成功したことを。
 やっと振り絞ったなけなしの勇気が、初めて実を結んだことを。
 今、小さな奇跡が起きたことを。
 
 
 
 
 

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