■ CROSS ROAD ディール急襲 第１部 ２章１話８
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「そういや、レグルス族といえば」
昼さがりの天幕群を、ケネルはぶらぶら歩いていく。「先日、族長が倒れたとか。今回、代理で来たのは確か──」
「ローイ＝クレバンス。レグルス族長カルバス＝クレバンスの一人息子。当年とって二十五歳」
「──詳しいな、お前」
ケネルが面食らって長髪を見た。
すぐに合点して、ああ、とうなずく。「そういや以前、世話になっていたとか言っていたな。なら、息子とやらは知り合いか」
ちなみに彼ら二人とも、連れについては、まるきり無視の態度である。
「そいつに引き合わせてくれないか。ここの連中とは面識がない」
足さえ止めずに、長髪は応えた。「嫌だ」
「どうして」
「あれに捕まると、うぜえから」
「ファレスじゃ〜ん？」
甲高い声が割りこんだ。
いやに張りのある男の声──。エレーンは怪訝に振りかえる。
ひくり、と顔が強ばった。
ひょろりと背の高い若い男が、夏日を浴びて立っていた。
長い茶髪を背中でくくり、口元が不敵に歪んでいる。何より、ど派手なその身なり──いや、ここまでくれば、派手でくくれる次元ではない。
頭にターバン、どピンクの柄シャツ、かわいく折り曲げたズボンの裾からちらと覗く靴下は黄色と黒のシマシマか？ そしてダメ押し、ポケットタイにはラブリーなお花──舞台衣装でバッチリ決めた遊民たちも真っ青だ。
原色バリバリど派手男が、両手を広げて駆け寄った。
「なんだよマジ久し振りだな！？ 来るなら来るで知らせを寄こしゃいいのによ〜！」
ただちに背けた長髪の肩を、むんずとつかんで引き戻し、あくまで逃げる脳天を、有無を言わせず平手でなでる。
「もー。どーしてたのよお前ってば。いきなり出てって音沙汰なしとはずいぶん殺生な態度じゃねーの。心配してんの知ってるくせに、なんで便りの一つも寄越さねえこのうすらとんかちのこんこんちきがっ！ このこのこのっ！ 薄情者ぉ〜ん！──で、お前、元気でやってんの？」
「──まあな」
揉みくちゃされた長髪が、邪険に男を押しのける。
ひょい、とど派手男がかかえ直した。
長髪はのけぞり、顔をゆがめて突っ張っているが、ど派手男はひょろ長い腕で、しっかとかかえて放さない。長髪の背中を、満面の笑みでバンバン叩いて──。彼はただ今一方的に、長髪との旧交を温めているもよう……
ふと、ど派手男が目を向けた。
ぽかん、として口をあけ、長髪を放して、近づいてくる。
真っ向から見据えられ、エレーンはあわあわ、引きつり笑いで後ずさった。「……な、なにか？」
頭のてっぺんから足の先まで、ど派手男はじろじろ見ている。下からすくい上げるような値踏みの目つき。ちなみに、歓迎の儀式は終ったようだ。
くるりと長髪を振り向いて、親指の先でこっちをさした。
「誰これ堅気の街の娘じゃん。お前の彼女？」
滑舌よく一気に喋る。大変気さくな御仁である。
顔をしかめた長髪が、げんなり、たるそうに嘆息した。「お前、領家の奥方の顔くらい覚えておけよ」
「奥方？」
ど派手男が柳眉をひそめた。
ぶらり、と肩で振りかえり、ずいと顔を近づける。
エレーンはびくびく後ずさった。夏日をさえぎり、ど派手な長身が覆いかぶさる。明るい茶髪が、肩でしなやかに日ざしを弾く。両手は隠しに突っ込んだまま、ぐいと顎だけ突き出して。その端正な顔に、表情はない。
じっと間近で見つめられ、エレーンは内心たじろいだ。そう、意外にも端正な顔だちだ。奇抜な風体が目を引くが、顔の造作は整っている。むしろ、美形中の美形といっていい。だが、茶色の瞳は、心が読めない。
明るい茶髪が、衣装の肩に落ちかかった。きれいに梳（す）いたしなやかな髪、大きな帽子のつばの陰、長いまつげがゆっくりまたたく。
「──へえ」
薄い唇の端が持ちあがった。
「これが例のメイドあがり、ね」
「──はあ！？」
むっ、とエレーンは顎をあげた。無礼＆馴れ馴れしい態度だ！
ど派手男は「……あん？」と振り向き、ひょいと高い上背をかがめた。
一転、にっこり破顔する。「かっわいいなあ、あんた」
「──か、──かわ──？」
なんと。予期せぬ事態発生。
「そーか。これが奥方様かあー」
ぴたり、とエレーンは口をつぐむ。気になる言葉があったから。
「おねーさん、お名前は？」
彼はたいそう愛想が良い。
「エレーンよん！ よろしくねんっ！（お、おねーさんって言った──！？）」
くうぅ〜！
おい！ 聞いたか、そこの朴念仁、約二名！ 爪の垢煎じて飲ませてやりたいっ！
両手を組んで、うるうる見つめる。
ど派手男は人なつこく笑った。「そ。俺、ローイっての。こっちこそよろしくな、奥方さま」
「え、ええん──！」
ぽー……っとのぼせた赤面で、エレーンはへらへら何度もうなずく。
ど派手男、改めローイは、あっさり隣を振り向いた。
「で、そちらさんは？」
一転さばさば尋ねた先には、呆気にとられて突っ立ったケネル。
尋ねられた長髪が、絶句のていで見返した。「──お前、本当に何も知らねえんだな。そんなんで、よくも務まるもんだ、族長の息子なんて大任が」
つくづくというように、はあ、と嘆息、ケネルの顔を顎でさす。「奴があのケネルだよ」
「ケネルさん？」
だから何、とローイは見ている。
長髪はげんなり額をつかむ。「──だから、そいつがロムの頭だろうが」
「じゃあ何」
ぶらりと肩で振り向いた。「総大将自ら、わざわざお出まし下さったっての？ お前、冗談も休み休み──」
「こいつの顔くらい覚えておけよ。腐っても族長の息子だろうが」
「……仕方がねえだろ。俺だってまさか、思わねえもんよ。かくしゃくとしたあの親父が、ぱったり倒れて寝付くなんてよ」
不貞腐ってローイは返し、ぶらりとケネルに向き直る。
ブラウスの腕を組み、じっとケネルの顔を見た。
相好を崩して、にんまり笑う。
「あんたがロムの大将かい。よろしくなケネルっ！」
ケネルがたじろいで、うなずいた。「……あ、ああ。どうも」
さすがのケネルも、この急転には押され気味。だが、すぐさま態勢を立て直した。
「早速で悪いが、用件に入らせてくれ」
「かのロムの総大将が、俺らなんかになんの用よ」
「協力の要請にきた」
「……協力」
組んだ腕をゆるりと下ろして、ぽかん、とローイは己を指す。
「協力？ 要請？ この俺に？」
喜色満面、手を広げた。
「おお！ ロムの大将が要請ってか！ おうよ、わかった任せとけ！ 何でも言ってくれよこの俺に！ なんだって協力するからさ！」
「……た、助かる」
ケネルはたじろいで後ずさる。
白けた横目でそれを見やって、長髪がそろりと踵を返した。「じゃ、俺はこれで」
「帰るのか！」
ひしと、ケネルがすがりついた。
長髪は無下に払いのける。「引き合わせたろうが、言われた通りに」
「……おい、もう少し付き合えよ。俺こういうのは、ちょっと苦（手──）」
「行くとこ、あんだよ。俺にはこの後」
顔をしかめて、ケネルは恨みがましい目。「……また、女の所かよ」
「わかってんなら一々訊くな。じゃあな」
ズボンの隠しに手を突っこみ、長髪はにべもなく背を向けた。
ざわざわ行き交う舞台衣装に、長髪の背がまぎれて消える。
「で、協力ってなに。俺、どんなこと、すりゃいいの？」
逃げ腰で見やったケネルの前で、ローイがあっけらかんと振り向いた。
ケネルの話を聞き終えるや否や、ローイは鷹揚に笑って胸を叩いた。
「よっしゃ！ このローイ＝クレバンス、確かに依頼を請け負った！」
「……どうも」
ケネルは逃げ腰。たじろぎ笑い。彼にしては珍しくあいまいな笑みだ。
ローイ＝クレバンスはからから笑う。「そうとなれば、大船に乗った気でいてくれよ！──と、その前に」
くるり、とローイは振りかえる。
ぱちくりエレーンは見返した。「──え──なに？ あたし？」
じぃっとローイは顔を見ている。
「あんた、ちょっと、うちの連中に会ってかない？」
返事をする暇もなく、ぐい、と腕を引っつかまれた。
ほらほら、あっちねー、と笑って引っぱる。「な〜に心配しなくていい。気のいい連中ばっかだよ」
「じゃ、俺もこれで」
そろりとケネルが踵を返した。
そそくさ逃げる上着の端を、むんず、とエレーンは引っつかむ。
「……なんだ」
不承不承振り向いた、舌打ちの一つもしたかも知れない、実に嫌そうなケネルの顔を、じっとり半眼で睨めつける。「まさか、あたしだけ残して帰るとか、薄情なこと言うんじゃないでしょうね」
「そうだが？」
「置いてっちゃいやっ！ 一緒にきてっ！」
「どーして俺が！」
叫んでケネルがつっこんだ。
「勝手についてきたんだろうが！ 俺はあんたのお守りじゃないし、あんたを連れてきた覚えもない！」
じぃっ、とエレーンは凝視した。しっか、とケネルの上着をつかんで。
対するケネルも腕組み＆仏頂面。どちらも一歩も引かない構えだ。
「……まあいーじゃん」
ローイがぽりぽり茶髪を掻いた。「大将さ〜。せっかくだから、あんたも来なよ」
「なんで俺まで！」
たちまち牙を剥いたケネルの怒声に、肩をすくめて両手を広げる。
「大体うちの連中だって、あんたの口から言った方が、ちゃんと話を聞くってもんだよ。それともロムの大将さんは、俺らなんか下っ端とは、おかしくって話もできないってわけ？」
「……む」とケネルが恐い顔で停止した。
それから五分と経たぬ間に、三人は"お立ち台"に立っていた。
そこらの木箱を寄せ集めたお立ち台の眼下には、なんだなんだと集ってきた、いぶかしげな大勢の顔。のんびり怠惰な天幕群に、ローイが招集をかけたのだ。
みな顔を見交わして、迷惑そうな顔つきだ。近くの仲間に促され、面倒そうに向かう者あり、天幕の覆布を片手で払い、あくび混じりに出てくる者あり。
踊り子姿の美女たちも、中にはちらほら入り混じる。薄い絹の透けた衣装で、若くしなやかな肢体を包み、絹のような長髪を、頭のてっぺんで結いあげている。目元はややきつめだが、顔立ちは一様に整っている。
集合した一同を、たじろいで見やったエレーンは「……はい？」と自分の肩を見た。なぜにローイの手が載っているのだ？
「クレスト領家の代替わりは、みんな、もう知っていると思う」
張りのある声がとどろいた。ぐい、とローイに押し出される。
「今日はクレストの奥方が、わざわざ挨拶に来てくれた！ 紹介しよう！ 領家の奥方エレーンちゃんだ！ 仲良くするように！」
どぎまぎしていた片頬がひくつく。
（エレーンちゃんだァ？）
なんという気安い紹介。小馬鹿にされた感も否めない。ここは断然、抗議の場面だっ！
「……へえ。奥方が出向いてくれたってのかよ」
「わざわざ、俺らなんかのとこに」
人だかりから、戸惑ったような声。
いぶかしげなざわめきが、水を打ったかのように静まりかえる。
（な、なに？ どうなってんの？）
口をあけかけていたエレーンは、たじろぎ、眼下を見まわした。なぜか凝視されている。そう、気のせいだろうか。皆の真摯な注目を、一身に浴びているように思うのは──。
どっと眼下の人だかりが沸いた。
「いやあ！ 商都の人間は垢ぬけてんなあ！」
「ここらの田舎もんとはえらい違いだ！」
やんややんやの熱烈歓迎。て、なんでだ？
ぱちくりエレーンはまたたいて、きょろきょろ彼らの顔を見る。
「ほーんと可愛いわあ！ キャー奥方さまあっ！」
「……いっ、いやーん。そんなあ。かわいいだなんてー」
えへら、とただちに相好を崩し、くねくね身をくねらせる。「もー、そんな本当のことん──！」
このところ事あるごとに「メイドあがり」と馬鹿にされ、色々苦汁をなめてきたから、こんな快挙は久方ぶり。
「あーいやいや。俺らは色んな街に行くから、そういう違いはよっく分かる！」
「そ。べっぴんさんな上に、気配りも抜群！ 今度の領主はまったくいい嫁さんをもらったもんだな！」
「んーっ！ こ〜んな可愛い奥方さまは、あたしもほんと初めて見るわあ！」
ピーピー口笛、やんやと囃す。
「も、もうっ！ よく分かっているじゃないのお〜！ あんた達ったら見る目があるわね！ もおーこの〜ぉ！」
なんということ。一躍みんなの人気者。
一人が気づいた顔で顎をしゃくった。
「んで、そっちの無愛想なにーちゃんはなに」
んん……？ とエレーンは停止した。いや待て。そっちの方にいるのは確か……？
ローイが笑顔で振り向いた。
「あー、この人はロムの総大将だよ。俺らに頼みがあるんだそうだ」
ぴたりと眼下が口をつぐんだ。
みな顔を見交わしている。「……総大将って、まさか、あの」 「そういや見たぜ。草原で、ロムのでっかい馬を」
皆の顔から笑みが消え、その頬が見るからに強ばる。
エレーンは戸惑って見まわした。「……な、なに？」
どうしたというのだろう。ケネルを紹介した途端、和やかな空気が張りつめた。
ざわめく皆の顔にあるのは、焦燥の入り混じった不安と動揺、いや、怯えのようなものが強いだろうか。そして、強い、排他的な警戒。
「……な、なに？ どしたの、いきなり」
おろおろしながら仰いだ矢先、ケネルが肩を押しのけた。
「頼みというのは、他でもない」
ローイのそれとはまた違う、凛とした声が響きわたる。
眼下の一同を見渡して、ケネルはおもむろに切り出した。
「先日の敵襲は周知と思うが、あいにく人員が出払っている。ついては、あんたらの手を借りたい。本件は、統領代理の意向でもあるので、ぜひとも協力願いたい」
「というわけだ」
ぱんぱん、ローイが手を叩き、そつなく皆に笑いかけた。
「俺らは以降、この大将の指揮下に入る。御大自らこうして出向いてくれたんだ。ここはひとつ、こころよく協力しようじゃないか！ な、みんな、よろしく頼むな！」
天幕群の広い敷地を出口めざして歩きつつ、エレーンはるんるん首を振る。
「ローイってほんと、いい人よね〜！ みんなもとっても明るくて！ 遊民の人があんなに気さくで親切だなんて、あたし、ちーっとも知らなかったわあ！」
「──あいつらは口が上手いんだ。チヤホヤされたくらいで、いい気になるな」
横を行くケネルの方は、苦虫かみつぶしたしかめっ面。
彼はたいそう不機嫌だ。あの後ローイに捕まって、散々話を聞かされたからだ。実のない話を延々と。だが、頼みごとをした直後とあっては、いかな隊長ケネルといえども、そうそう無下にはできなかった模様。
荒んだケネルをやれやれと盗み見、エレーンは軽く肩をすくめる。「なによケネルってば、すねちゃって。自分のウケが良くなかったもんだからー」
ぎろり、とケネルが振り向いた。
「お前みたいに浮わっついたのが一番危ないんだ！ 今がどんな時だか分かっているのか！ へらへらしてて、おっ死んだって知らないぞ！」
「──あっ、でもでも？ それに引きかえ、なんでかな〜」
これまでの流れは全面無視で、エレーンは上目使いで首をかしげる。
ねー、とケネルを振り向いた。
「ケネルたちって、なんか遊民っぽくなくない？ みんなみたいに派手じゃないし、陽気じゃないし、むしろ暗いし」
「あんな極楽とんぼと一緒にするなっ！」
がなってケネルは怒鳴りつけ、地面を踏んづけ、歩いていく。
ふんふん鼻歌で、エレーンは続いた。
今日は良い一日だ。ケネルとたくさん喋れたし、みんな笑顔を向けてくれたし、たっぷり褒めてもらえたし、いつも怖い仏頂面の、あわてた顔も見られたし。
くふふ、と笑って、空を仰ぐ。
（……これで、なんとかなった、かな）
後半、雲行きが怪しくなったが、ローイの機転で辛うじて、天幕群の協力は得られた。頼みの綱の傭兵たちも、ケネルが率いてくれるはず。
──けれど、
そして、非協力的な貴族たち、動揺しきりの住民たちと、不安な要素をかかえながらも、侵攻軍との開戦の時は、刻一刻と迫っていた。
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