〜 ディール急襲 第2部1章 〜
日に灼けた腕をくみ、黒い髪がうつむいている。
引きしまった頬の線。長めの前髪が振りかかる、考えこむようにしかめた眉、だが、瞼は静かに閉じている。
こうして改めてながめても、彼は整った顔立ちをしている。さすが遊民というべきか。
夫の領主の失踪を、狙いすましたかのように他家が侵攻、誰もがそっぽを向く中で、助けてくれたのが彼だった。傭兵団の隊長ケネル。
いてもたってもいられずに、今朝方ノースカレリアを出立した。敵地トラビアで囚われたダドリーに一目会うために。
カレリア国のある大陸は、長靴を立てた形をしている。靴の爪先の向きは西。
ダドリーを捕らえたディールの領土、主都トラビアの所在地は、長靴の爪先部分にあたる。
ここノースカレリアがある場所は、長靴の胴の上の縁、この大陸の北端だから、ノースカレリアからトラビアへ行くには、延々大陸を南下して、首都カレリアをやり過ごし、西へ折れる道程となる。
ちなみに、ここクレストへ商都から嫁いできた時には、辻馬車を何度も乗り継いで、十日を越える長旅だった。今度は更にその先だから、その時を上まわる遠距離で──
いや、そんなことより、重大な事に気がついた。ゆうべ荷造りをしていた時に。
瞼を閉じた横顔を、ちら、とエレーンは盗み見る。
そう、ケネルと行く、ということはつまり、ケネルとお泊り することであって──。
これまでのそっけない態度を見るに、ケネルに下心はなさそうだが、いやだがしかし、そこは若い男のこと。いつ何どき急変し、オオカミに変身せぬとも限らない。それに、二人っきりの時に限って、部屋が一つしか取れないだとか、無人島に流されるだとか、連れの男と二人きり吹雪で山荘に封じこめられちゃったりするものなのだ今は夏だが。
よって、とっておきの寝巻とか勝負パンツ一式だとかを、荷物の中に入れてきた。だって、のっぴきならない事態に瀕して、パンツに穴とか一大事。花も実もある二十六歳、末代までの恥ではないか──!
と、かような次第であったので、今朝から密かにそわそわしていた。
そう、だから今だって、胸がどきどき、はらはら──
しない。
「──まったくもー。どーなってんのよ」
うたた寝しているケネルの横で、エレーンは頬をひくつかせて額をつかむ。
低いざわめきと人いきれが、広大な原野に満ちていた。
たくさんの馬が草を食む中、革のいかつい上着を着こんだ見るからに屈強な男たちが、原野に面した樹海の木陰で、思い思いに寛いでいる。チラチラこちらを窺いながら。
ケネルの仲間の傭兵たちだ。その数、実に三十人以上。
そう、つまり、ふたを開ければ、彼らも連れだった、というわけで──。まあ、恋人でもない若い男女が、ひとつ屋根の下で寝泊りするなど、世間的にも障りがあろうし、ケネルもそうした事情を汲んで、配慮したってことなんだろうが。
でも──とぶちぶちエレーンは、口の先を尖らせる。
(なんだ。心配して損した……)
だったら先に言ってくれれば。
あんなに、やきもきどぎまぎしたのに。ああ、なんかもう、なにげにがっかり──い、いや、気が抜けてしまったではないか!
にしても、二人きりの道中どころか、むさい男がこんなにいっぱい──
……て、いや待て。
そう、むさい男がこんなに大勢。女子は自分一人きり……。
野獣の群れに女が一人、実はこっちの方が、やばくないか?
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