■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 1章 1話3
( 前頁 / TOP / 次頁 )
変わりばえのしない緑の原野が、どこまで延々と続いていた。
かなりの速さで走っているのに、景色はちっとも変わらない。
さすがに時間を持て余し、今話題のおいしいお店や、近頃ハマっている駄菓子のお店、今人気のラブコメの筋書き、こないだ聞いた噂等々、思いつくかぎり話を振ったが、ケネルはちっとも応えない。いつものあの仏頂面で、進行方向を見ているだけだ。
馬を操るその肩に、エレーンは不貞腐ってもたれかかった。案の定というべきか、ケネルとはまるで会話にならない。一たび不要と判断すると、何ひとつ話そうとしないからだ。応答時にも、常に必要最小限。一方的な会話が途切れて、たちまち轟音に包まれる。
傭兵たちの駆り立てる馬群が、再び原野を走り出した。
ケネルの馬は、馬群のちょうど真ん中あたり。部隊を率いる隊長というから、先頭を往くかと思いきや、案外地味な位置取りだ。ちなみにすぐ隣には、ファレスが長髪をなびかせて、付かず離れず伴走している。
彼らの馬は、とんでもなく速い。その勢いたるや「すごい」を通り越して「恐い」の域だ。集団で固まって走っているから、万一、馬に振り落とされたら、あっという間に蹄の餌食──。
勢い必死でしがみつき、顔を引きつらせて訴えた。
ケネルは、又か、といわんばかりに顔をしかめて、伴走している隣のファレスに、面倒そうに片手を振った。それを受け、ファレスが先頭に何やら指示して、馬群の速度が大分ゆるんだ。とはいえ、それでも、速いことには変わりはないが。
ともあれ、ケネルが喋らなくて手持ち無沙汰だった。
目に入るものといえば、疾走する数十頭もの馬──黒いのや、茶色いのや、実に色々な馬がいる。体が茶色でタテガミと尻尾だけ黒い馬、脚の先だけ白い馬、鼻筋や額が白い馬、町では見ない白っぽい馬まで混じっている。手入れが行き届いているのだろう、どれもつやつや光っている。
そういやケネルの馬さばきは、周囲と比べてなめらかだ。むしろ"飛びぬけて"と言っていい。この巧みな腕ゆえに隊長になったかと勘ぐるほどに。
むろん他の人たちも、馬の扱いには慣れていて、辻馬車の御者などとは比べ物にならないほど達者だが、それでもどこか荒っぽいのは否めない。
ケネルの馬には、大きな振動がほとんどない。馬と共に大地をすべるように進んでいく。この人馬一体の感覚は、いっそ心地良いと言えるほど。
髪に、肩に、もたれた頬に、午後のうららかな陽が降りそそいでいた。
緑ののどかな風景が延々と果てなく流れ去る。規則正しい振動に、瞼がだんだん重くなり──いや、夏とはいえ、ここは北方。うっかりこのまま眠ったりすれば、たちまち風邪を引いてしまう。
「……あ、そっか。あれって風除けなんだ」
ふと、そこに気がついた。
夏というのに、みな上着を着こんでいて、妙な感じがしていたが、その理由がようやくわかった。こうして馬で疾走すると、向かい風にさらされるからだ。今でこそ速度はゆるんだが、通常の彼らは結構な速さで移動する。
なるほどね、と納得しながら、エレーンは小さくあくびする。
日ざしで温まった上着の革地に顔をすりつけ、心地良い振動に身をゆだねる。ああ、ほんとに気持ちいい……
相変わらずの轟音だった。
一時強まった夏の日ざしが、今は大分やわらいでいる。頬に当たる向かい風が、ほんの少し肌寒く──
はっ、とエレーンは目をあけた。
(……やばい。寝た?)
ケネルにばれぬよう、さりげなく身じろぐ。どうも、うたた寝をしていたらしい。
見れば、陽はすっかり傾き、気温も少し下がった様子。だって、向かい風が薄ら寒い……。
はたと気づいて顔をゆがめた。馬上で寝たら風邪を引く、そう思ったばかりなのに。ああ、だから言わんこっちゃない。ほら、肩も、すっかり冷たくなって──
ない。
あれ? とまたたき、肩を見た。
「……え?」
どきり、と胸が跳びはねる。
夏着の半袖ブラウスの肩に、硬い上着がかかっていた。もたれた頬には、少し汗ばんだ綿シャツの手触り。背中に回した手の平に、ケネルのシャツの薄い生地、そして、その下にある、背中の筋肉の硬い感触──。
とくとく鼓動が脈打った。
彼の体温が伝わってくる。つまり、懐に
──入っている?
エレーンは息を呑んで硬直する。直後、激しくたじろいだ。
(や、やだっ。あたしってば、いつの間に!?)
寒くなってきたもんだから、寝ぼけて潜りこんだのか!?──いや、ケネルは馬に乗る前、上着の前を閉じていた。ならば、それをこじ開けて、強引に潜りこんだのか?──いや、いくらなんでも、それはない。けれど、それなら、どうして、ここに──
エレーンは小さく息を呑む。
唾を飲んで、盗み見た。ケネルは片手で肩を支えて、変わらず馬を走らせている。進路を見やったその顔は、これまでと何ら変わらない。
脳裏をよぎった意外な光景。けれど、他には考えられない──とまどい、視線を泳がせた。自分でなければ、ケネルが懐に
──入れてくれた?
どきん、と胸が跳びはねた。
異様な乱打で、胸が打ち出す。
ぎゅっと奥歯を噛みしめて、とっさにケネルから視線をそらす。大きく跳びはねる心音が、今にも彼に伝わりそう──
ふい、と何かが、目の端で動いた。
風になびく長い髪──伴走していたファレスの馬だ。他の馬をどんどん追い抜き、前の方へと移動していく。
ついには馬群の前へと踊り出、ぐんぐん馬群を引き離す。
独走するその背はやがて、原野の向こうに消え入った。
ケネルにしがみいてそれを見送り、エレーンは怪訝に首をひねる。
(なによ、あいつ。一人でどこに行く気かしら)
まあ、あんな冷血漢、どうでもいいが。
そうだ。道で行き会っても、荷物も持たないろくでなしだ。こっちはか弱い怪我人なのに。ここには知り合いなどいないのだから、少しくらい気にかけてくれてもいいのに。
馬群が蹴立てる轟音に包まれ、果てしない緑の原野を進む。
馬の振動に身を任せ、原野を疾走することしばし、先頭が彼方の雑木林へと道をそれた。それに続いて、馬群もことごとく右折する。ひとりケネルの馬を除いて。
「……え゛?」
エレーンはおろおろ見まわした。
ケネルの馬一頭だけが、向きを変えずに直進していた。
異変に気づいて見まわす間にも、馬群はどんどん離れて行く。ケネルは変わらず、道の先を見つめている。
(な、なにこれ。どういうこと?)
あぜんと顔を引きつらせ、ケネルの顔を振り仰いだ。
──あたしを、どこへ連れてく気!?
オリジナル小説サイト 《 極楽鳥の夢 》