■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 1章 4話1
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置いていくよう指示された遊び道具のあらかたを、持っていくようケネルに呑ませた。
内心しめしめとほくそ笑み、エレーンは横目で結論する。
案外 ち ょ ろ い 。ケネルって。
奴には 「泣き落としが有効」 とメモ。
だが、そんなケネルも、コレについては見逃さなかった。
「もう一度、言ってくれるか」
頬をひくつかせた腕組みのケネルと、又も差し向かいで座っていた。
無理に作った引きつり笑いで、えへへ……とエレーンは指をいじくる。「え、えーっとぉ、それは〜、だからぁ〜、つまりぃ〜……」
「悪い。もう一度言ってくれ」
「……。むぅ」
ちんまり正座の上目使いで、エレーンは口を尖らせる。
しばしケネルはわなわなと、額をつかんで沈没し、ぎろり、と顔を振りあげた。
「なぜ、痛み止めを忘れてくるんだ! (腐りかけた)弁当やら(着もしない)衣服やら(大量のくだらん)遊び道具は忘れず持ってくるくせに!」
「だあってえ、しょうがないでしょー? 痛くなかったんだもん、あの時は」
「薬が効いていたからだろうが、あの時はっ!」
つむじの真上からガミガミがなられ、エレーンは舌打ちでぶんむくれた。奴の態度は初めから、紳士のそれとは程遠かったが、どんどん扱いが 雑 になる。
朝鳥さえずるゲルの床で、がっしり大きな革鞄が二つ、うららかな日ざしを浴びていた。頑丈そうなその中身は、泣き脅しでぶん取った心うるおす遊具のたぐい。ちなみに、同じ型の二つの鞄は、ケネルが用意した新品だ。でも、一体どうやってこんなもの。延々続く野っ原で、かばん屋はおろか店の一軒も近所にないのに。
ケネルは諦めたような嘆息で、腰をあげて歩きだした。ふてくさった目の端で、エレーンはつらつら動きを捉え──はた、と相手の意図に気づいて、お出かけポシェットを引っつかんだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! ケネル」
わたわた前のめりに立ちあがる。行くなら行くで、声くらいかけたら、どうなのだ! 無口なのにも程がある。てか、
──あたしの鞄!?
戸口で厚布をもちあげて、ぶらりとケネルが外へ出て行く。
即行エレーンも戸口に急行、もたもた靴を突っかける。動きがあんまり無造作で、不覚にもうっかり見逃した。不意をつかれて出遅れた。だって、まさか思わない。無神経を地でいくケネルが、荷物を持ってくれるとは。
編みあげ靴で野草を掻き分け、ケネルはぶらぶら歩いて行く。
履ききれていない爪先をとんとん地面に打ちつけて、エレーンもやきもき追いかける。振り向きもしない横顔は、特に急いでいるようでもないが、いかんせん奴とは、足の長さがそもそも違う。てか、それなら部隊との集合場所まで
ずっと、こんなせかせか歩調!?
(……ぜったいバテる)
突っかけたブーツを踏んづけてもたつき、危うく地面に転げそうになって、じたばた両手で空気を掻く。ポシェットごと胸を押さえて、顔を引きつらせて地面を見──
ふんがっ!? と盛大にクシャミした。
我が身を抱いて、ぶるりと身震い。建物が立てこむ町とは違い、原野の朝晩は結構な冷えこみ。
「歩けるか」
え? と声に振り向くと、ケネルが少し先で足を止め、大儀そうに振り向いていた。
「だから、一人で歩けるか?」
重ねて問われ、ぱちくり、エレーンは眼を瞬く。"歩けるか"とな?
(……。どゆこと)
なんということ。あのケネルにして細やかな気遣い……
どういう風の吹きまわし? ブーツのかかとが中々入らずすっ転びそうになったから?──あ、それとも、もしかしてアレか、昨日の発熱が原因か。それで密かに気に病んで?
あぜん、としばし絶句する。よもや発熱程度のことを、ケネルが気にするとは思わなんだ。怒ってばかりの怖いケネルも、実は人の子ということか……いや、まてよ?
はた、と気づいて、うーむ、と上目遣いで思案する。いや、そんなことは、どうだっていい。それより、これって
(めったにない) 好 機 到 来 !?
今の口振りから察するに、つまり、今なら何でも言いなり?
(ぶっちゃけ普通に歩いているが)「歩けない」とか言っとけば、いろんな事をさせ放題? そう、たとえば、
おんぶ なんかも。
(……。まじで?)
ぼわん、とまかり出た妄想で、内心わたわた四方八方駆けまわる。だって、無愛想きわまりないあのケネルが? ほんのついさっきまでガミガミ叱ってたイケズなケネルが!?
厚く立ちこめた雲が割れ、ぱあ……と光が射しこんだ。
いつも怒ってる威張りん坊を、よもや制すことができるとは! ケネルと出会って苦節幾日。ああ、なんという奇跡的快挙!
とはいえ、直球でおねだりするのも、なんかがっついた感じだし……。
ここは一番、とりあえず一呼吸おいとくかと、こほん、と小さく咳払い。
やつれ顔で、ふっと溜息。物憂く作った横顔で、指先で髪を耳にかける。「ええん。まあ、一応は。で(も──)」
「そうか」
ただちにケネルが踵を返した。
すたすた歩行を再開する。
とっとと遠ざかるその背には、一切躊躇はみられない。
まさに「ここからが本番」という返答半ばで取り残され、片頬ひくつかせてエレーンは固まる。なぜにあっさり真に受ける。三度は押すのが礼儀だろう!?
はた、と我に返って二度見した。距離が、既にひらき始めて──
「ちょ!? ちょっと待ってよ! 置いてく気っ!?」
わたわた腕を振って追いかけた。さっそく学習。もったいぶるのは奴には禁物。機微とか情緒は通用しない。解読機能が奴には「ない」。てか、
だったら「歩けなーい」って言えばよかった!
高い枝で小鳥さえずる、清々しい朝まだき、のどかに静まった森沿いを、小走りなんかもちょこまか交えて、ぜえぜえ、てくてく移動する。
「ねっ──ねーねーケネル。さっき、どこまで行ってたのー? ずうぅっと一人で待ってたんだからー」
ケネルは前を見たままで、歩く肩越しになおざりに応える。「ファレスがいたろう」
「出たきり戻ってこなかったもん。いきなり立ちあがったと思ったら、森の方に飛んでっちゃってさあー」
ぼそり、とケネルがつぶやいた。「──中ったな」
「──えっ? なになに? なにケネル?」
ついていくだけで精一杯のエレーンは、足だけしゃかりきに動かしつつも、ぜえはあ笑顔で振り仰ぐ。「なに? 何に当たったって? あ、くじ引きとか?」
ケネルが出し抜けに足を止めた。
図らずもその背に追突し、エレーンはぶつけた鼻をさする。「な、なによーケネル。急に止まるとかあ──なに、どうかした?」
ケネルは脱力したように嘆息している。
ゆるく一つ首を振り、無言で足を踏み出した。
「え──ちょっ!? 無視ぃ!?」
またもあっさり取り残されて、エレーンはあたふた追いすがる。「なによ! その小馬鹿にした態度はぁっ!」
ぶらぶら歩くケネルはなぜか、やれやれ、といった顔。
薄青い大空に、ぽっかり雲が浮いていた。
小鳥が樹海で鳴いている。大地を照らすうららかな日ざし、頬の朝風が気持ちいい。
「──わあ」
うっすら額の汗をふき、エレーンは目を見ひらいた。
「羊っ!?」
指さし、わたわた振りかえる。「けっ、ケネル! ほらほらあれあれ! ひつじひつじひつじっ!」
「見れば、わかる」 ←けんもほろろ
なだらかな緑の草原で、羊が草を食んでいた。
ごま粒大の人影が、家畜の群れを追っている。これが遊牧というものか。話には聞いていたけれど、実物を見るのは初めてだ。
遠い緑野に溶けこむように、薄灰の人影が二、三見えた。
いずれも長身痩躯の男性で、長く伸ばした灰色の髪を背でくくり、くるぶしまである古びた長衣をまとっている。彼らが手に手に携えているのは、持ち手の丸い、長い木の杖。あそこにいるという事は、彼らが遊牧民なのだろう。だが、こけた頬や長いひげ、身形に構わぬ風貌は、遊牧民というよりむしろ、山奥に棲む仙人や敬虔な巡礼者を思わせる。
なだらかな緑野一面に、多数の羊が放されていた。灰色で埋まったその中で、ちらほら素早く"白"が動く。漂白したようなまばゆい純白──
息をつめて動きを目で追い、エレーンは目をみはって振りかえる。「見て見てケネル! なんかいる!」
「山羊だ」
「──うっわあ! すごいすごいすごいぃっ!」
放牧の光景も初めて見るが、山羊の実物も初めてだ。草原を抱くように手を広げ、満面の笑みで大地を蹴って──
「行くぞ」
ぐい、と引っ張り戻された。
「……え゛?──え? え? え〜っ!?」
首根っこ持って引きずられ、あたふたエレーンは指をさす。
「ちょ、ちょっとなんで? 待ってよケネル! だって、まだ、アレがぁ──!」
一切耳を貸すことなく、ケネルはすたすた歩いていく。すでに目論みを看破した模様。
エレーンはジタバタ足をふんばり、体重かけて、ふんぬ、と抵抗。「ちょっとくらい、いーじゃない別にっ!」
「だめだ。遅れる」
「だって、そこよ? すぐそこよ? だって、ほらあ、羊さんがっ──羊さんが、あんなにいっぱい〜っ!」
ほんとにまったくケネルは無粋だ。こんなに感動してるのだから、たまには微笑んで見守れないのか。食肉でなく衣服でなくあんなモコモコのナマの羊に、触れる機会なんか、めったにないのだ!
ケネルとつかみ合って抵抗しながら、エレーンは懐柔を試みる。
「ねえケネル! ヤギもいるよヤギ! ほらあ、珍しくない? ヤギとか(さー)」
「山羊を群れに混ぜるのは」
難なく抵抗を取り押さえ、ぶっきらぼうにケネルはさえぎる。
「草原の枯渇を防止するためだ。羊はいつまでも草を食うから、放っておけば、あるだけ根こそぎ食い潰す。だから、落ち着かない山羊を少し混ぜて、たまに羊を追い散らす」
「ふ、ふーん……」
きっちり事情を納得させられ、エレーンは渋々口をつぐむ。とはいえ無論 「草原保全の手法」ならびに「牧畜の技術」に関するうん蓄なんぞを聞きたかったわけでは断じてない。
さ、行くぞ、と腕を引っ張る連れの涼しい顔を仰いで、むう、とエレーンはふてくさる。
ケネルは羊などには見向きもせず、ひたすら前進これあるのみ。奴には綱引したって勝てないだろうくすぐらなければ。
それはそうとさー、と口を尖らせ、ぶちぶち己の腕を見た。
(もー。なんで腕とか、つかむかな〜)
連行されてでもいるようだ。
そう、なぜか決まってケネルときたらば、何かというと、すぐに二の腕をつかむのだ。ぐいぐい無遠慮に引っぱる上に、やたらと足が速いから、毎回引きずられていく始末。
横暴な扱いにたまりかね、じたばた腕振り、訴えた。
「ねーっ! ケネル! 手が痛たあい!」
む? とケネルが停止した。
溜息まじりに振りかえる。すでに、あの毎度の顔。
め ん ど く さ い 。
どうしたものかというように、ケネルはつくづく見おろしている。いかな鈍感なケネルでも、この腕を放したが最後、羊に向かって駆け出すくらいは、さすがに見当がつくようだ。
ふと、何ごとか思いついた顔で、片手の荷物を地面に下ろした。
軽くかがめた肩を戻して、出し抜けにケネルが向き直る。
(──え?)
どきん、と不覚にも胸が高鳴る。
真正面から見つめられ、エレーンはたじろぎ、後ずさった。
(こ、こんな所で一体なにを……)
しどもど周囲を盗み見た遠く、牧歌的な緑野のかなたで、ごま粒大の人影がのんびり羊を追っていた。あの遠方の彼らを除けば、原野の果てまで誰もいない。
ここにはケネルと二人きり。森もひっそりと凪いでいる。
ケネルは少し顔を近づけ、じっとこちらを見おろしている。
二の腕から手を放し、手首をつかんで引き寄せた。
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