■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 1章 4話5
( 前頁 / TOP / 次頁 )
つるりと髪のない丸い頭。その下に黒いメガネ。いぶし銀のピアスをしている。
ここの人たちの大半は、町でもよく見る短髪か、身形に構わぬ蓬髪なので、ここまで潔い髪型というのは──髪のすべてを剃りあげた、こんな禿頭は珍しい。いや、潔いというよりむしろ、常にこれを維持するとなると、逆にたいそうな手間ではないか?
黒メガネの禿頭は、高い上背を少し屈めて、いぶかしげに首をかしげる。「何かご用? お姫さん」
「お、お姫さん?」
飛びのいた先でへたり込み、エレーンはぽかんと相手を見あげた。「って、あたしのこと?」
「紅一点でしょ? あんた、ここの」
言わずもがなの口ぶりであしらい、禿頭は親指で群れをさす。
ぶらり、と肩で振り向いた。
「で、俺らになんか用?」
「──あっ──えっと、その──用ってほどのことでも、ないんだけど」
てか、二人かと思ったら、
三人なのかー!?
そうは思ったがおくびにも出さず、あくまで愛想笑いで身をよじり、エレーンはもそもそポケットを探る。
「あ、あれ……?」
手応えのなさに首をかしげ、ばたばた我が身を総点検。
え゛と顔を引きつらせ、全ポケットを探しまくった。
今の今まで持っていたのに、一体どこへいったのだ。確かに鞄から出してきた。そして、ポシェットから持ってきた。そこまでは間違いない。なのに、なんで、どこにもないのだ? 持ってきたはずの
──小道具が。
すっ、と視界に手が伸びた。
「これか?」
指の長い手の平だ。その上に乗っているのは、見覚えのあるトランプの紙箱?
てか、なぜに後ろから手が伸びる……? いや、そういやそもそも、この感触──座りこんだ腿の下に、木幹とは思えぬ奇妙な弾力。さっきしがみついた手の平にも、どこかで馴染んだぬくもりがあったし。あれを何かに喩えるならば、そう、人の頭か何かのような……
ぎゃっ、とただちに飛びのいた。
「──ごっ、ごめんなさいっ!」
幹にもたれて見あげていたのは、短い頭髪の若い男。声をかけるのをためらっていた、手前にいたあの男だ。つまり、あの膝に座っていたらしい。あまつさえ、とっさにぶん投げたトランプまで──てか、
無反応?
乙女が膝に乗ったというのに、まったく微塵も反応なし!?
(どーゆーことよ……)と内心でつっこみ、エレーンは腑に落ちない思いで立ち尽くす。
短髪は立て膝に腕を置き、黙ってこちらをながめている。いきなり膝に座られた今の無礼を怒っているのか? あの、むっつりとした無表情は。いや、とうに"むっつり"など通り越した、凪いだような静かな面持ち。もしや、何かを
悟ってる?
手の上の紙箱を、軽く振って、短髪が促す。
はた、とようやくエレーンは気づいて、あわあわ手を出し、受けとった。「あ、ありがと……」
てか、あくまで寡黙かこの男……。
「そりゃ驚くっしょ。いきなり真後ろに立たれてりゃ」
ぶっきらぼうな声がした。
"悟り男"の向こう側、利かなそうな横顔の、脱色したようなぼさぼさ頭だ。
白っ茶けた枯れ草色の、目にかかるほどの長い前髪。干乾びたような髪は意外と長く、うなじで一つにくくっている。やはり先と同様に、巨木の木陰でもたれつつ、面倒そうに横目で見ている。
口の先をとがらせ気味の、ふてぶてしい顔つきを、意外な思いでエレーンは見やった。どこかキツそうな印象の彼だが、今の非難がましい口振りは、もしや余所者をかばってくれた──?
脱色頭が、じろり、と見た。「で、なに。なんか用」
「……。え……あっとぉ……」
つっけんどんに問い質され、エレーンはむなしく空笑った。ああいう口調は元々か……。
もたれた幹で顔だけ向けて、脱色頭はじっとり見ている。悟り男も禿頭も、こちらの応えを待っている。
「あ、あのっ! 決して、怪しい者じゃ──!」
不審げな視線を一身に集めて、エレーンはあたふたうろたえる。「お、女男が戻ってこなくて、なんかずっと、あたし一人で──だから、そのっ!」
「──トランプねえ」
別方向から声がした。
溜息まじりの、今の三人より野太い声、二人が座った巨木の向かい──樹海の苔むした大木の脇から、ぬっ、とひげ面が顔を出す。
(──い゛っ!?)
エレーンは引きつり顔で飛びすさった。
太鼓腹をひねって見ていたのは、ひげ面の中年親父。なんの気配もなかったのに。
もはや、もうなすすべもなく、エレーンはぎこちなくあいまいな笑み。話に入ってきたところをみると、もしや、そこまでが一組か? ちなみに、年代に開きがあるが──同世代っぽい先の二人と、それより上と思しき禿頭、そして、中年の太鼓腹──てより、太鼓腹はどう見ても、皆より一回り上っぽいが、そこはいいのか? 一つの仲良しグループのくくりで?
「──まあ、いっか」
突っ立って見ていた禿頭が、元いたシートを振り向いた。
「副長もいないみたいだし」
肩をすくめて、横を通過、ぶらぶら歩いて腰を下ろす。
ふと、あぐらで目を上げた。
「座ったら?」
そう促した顎の先、悟り男の膝との間に、一人分の空きがある。
悟り男が身をよじり、雑誌をとって、無言で敷いた。
「あ、ありがとっ……」
エレーンは引きつり笑いで礼を言い、そそくさ雑誌に座りこむ。想定外の事態だが、迷惑をかけた悟り男に、そこまでされては座るしかあるまい。
えへへ、と左右に愛想を振りまく。「お、お邪魔しま〜す……」
「なら、いっちょ、やりますか」
向かいの大木の太鼓腹が、のっそり大儀そうに腰をあげた。て、参加するのか? トランプ遊びに?
太鼓腹は振りかえり、肩越しに軽く目配せする。
ぬっ、と顎が、大木の向こうに出現した。
続いて、縦長の顎ひげの顔。
のっそり、当然のごとくに現れたのは、上背のある大男。
二人はぶらぶら歩み寄り、禿頭の横にどっかり座る。
(な、な、なんで、こんな大所帯に……?)
エレーンは絶句で見届けた。初めに声をかけた時には短髪一人だけだったのに、なんだ、この芋づる式は……。 一人のつもりが二人いて、二人かと思えば三人で、三人と思えば四人いて、これで終わりと思いきや、太鼓腹の向こうに
もう一人、いた。
「──ご苦労さん」
隅に寄せた空き箱に、禿頭の黒メガネが手を伸ばし、二、三まとめて片手でつかんだ。
かたわらで口をあけた大きな袋に、無造作な仕草で、それを突っこむ。
袋を持って立っているのは町着姿の二人組、弁当の空き箱を回収していた調達班の人たちだ。カード遊びの車座を見、困惑したような顔をしている。いや、初めから様子は変だった。
樹海の木陰に広がるシートを、ぶらぶら回収して歩いていた彼らは、この車座を見つけた途端、あぜんとその場で凍りついた。更には、輪に交じったこちらを見つけ、ぎょっとあからさまに引きつった。そして、元いたシートを振りかえり、まじまじ絶句で振り向いた。(ここにいたのか……)という顔で。そりゃあ、向こうのシートが無人で、回収に支障はあったろうが、そんなに不思議な出来事か?
ちなみに、調達班の人たちというのは、わりと横柄な感じなのだが、ここの彼らに対しては、いやにペコペコしていたような──?
手元の扇に、エレーンは、うーむ、と顔をゆがめ、半袖の腕をぼりぼり掻く。
ふと、カードから目をあげて、い゛? と頬をひくつかせた。
(……ぬう。きさま、なんのつもりだっ)
向かいに座ったおっちゃんが──太鼓腹の中年親父が、さっきからちょくちょく人目を盗んで変顔キメてくるのはなぜなのだ?
総勢五人と円陣を組み、持参のカードで勝負を挑む。
だが、挑んだ相手が悪かった。
そう気づくのに、さして時間はかからなかった。というのも、
(……えー。ちょっとお〜……)
一同に視線をめぐらせて、エレーンは顔を引きつらせる。そう、それというのも、車座で集った面々は、誰ひとり表情が読めないからだ。
悟り男は淡々としてるし、太鼓腹と大男も常にぬぼ〜ととぼけてて、どれだけ回を重ねても、なんの反応も示さない。隣の禿頭にいたっては、そもそもあの黒いメガネで、どんな表情を浮かべているのか、まったくもってさっぱりだ。辛うじて突破口になりそうなのは、斜向かいの脱色頭か。己のカードに異変があると、むに、と口を尖らせる。
ちゃりん、と小銭が、車座の中央に積みあがる。
遊びというのに、実に静かだ。誰も笑わず、わめかない。もっとも、これはポーカーというゲームではあるが。
「……う゛……ううっ!」
エレーンは顔をゆがめて頭をかかえる。なんということ、世間は広い。ポーカー遊びは得意のはずが、何事にも上がいる──。
(あっ!──またっ!)
うつろな沈黙の間隙をつき、向かいにいる太鼓腹が、又も変顔キメてきた。
あやされているような気もするが、あれにはなんぞ意味でもあるのか?
周囲はたぶん気づいているのに、誰も彼もが反応しない。いや、太鼓腹の隣の大男だけは(ゲームの進行とは無関係なところで)うひゃうひゃ笑いをこらえているが、ぴん、と小指がおったってるのが、個人的にはむしろ気になる──
「ほい、あがり」
ほえっ? と声を振り向くと、隣に座った禿頭が、手持ちのカードをほうり投げ、中央の賭け金を集めていた。
むぎゅう……とカードを握りしめ、エレーンはふるふる打ち震える。ならば、今の変顔は、動揺を誘い、ゲームに集中させまいという、姑息な陰謀だったのか。てか、
──こいつら全員グルだったのかー!?
とはいえ、
負けは不思議と回収できた。
しばらくすると隣のハゲが、やがて太鼓腹と大男が、決まってポカをやらかすからだ。
そう、世の中はしょせん、差し引きゼロ。姑息に悪事を働いても、いつかどこかで帳尻が合う。
ボロ負けした隣のハゲに又も窮地を救われて、ほっとエレーンは息をつく。ああ、神様って、やっぱりいる。そうだ。これ以上負けてなるものか。ただでさえ懐が寂しいのに。
斜向かいの脱色頭が、どうでも良さげに、ちら、と見た。「なに。そのいじましい賭け方」
「……む、むぅ。仕方がないでしょ。お小遣いピンチなんだからっ」
「姫さんって、領家の奥方じゃなかったっけ?」
「あそこじゃ、お金持たしてくんないもんっ!」
隣の声にトゲトゲ返答、かがんでワシワシ小銭を回収。
それにしても、と五人を見る。今更ながら、実に不思議だ。かなり近くに歩いてくるまで、まるで気づきもしなかった。五人もの人がいたというのに。
というか、そもそも、どうして群れから離れて、こんな隅っこに座っているのだ? 孤独を好む質なのか?──あ、いや、一人ならまだしも五人だし。なんというのか、人目を避けているかのように──
はた、とエレーンは息を呑んだ。
相変わらず無表情な面々から、どぎまぎ密かに目をそらす。
ちら、と一同を盗み見た。
(そ、そっか。そういうことか。なんて不憫な……)
そういう事情があったから、だから相手にしてくれたのか。たぶん──いや、きっと、そうだ。彼らは仲間に
嫌われている?
だからこんな端っこの、仲間はずれ的なポジションで、ひっそり隠れるように座っていたのか。
(……あれ? だけど、それだと──)
たった今、結論したそばから、エレーンは密かに首をひねる。
だが、そうなると腑に落ちない。さっき空き箱を回収にきた、調達班の二人の態度が。
嫌われているというわりには、対応がどこか、よそと比べて丁寧だった。彼らをぞんざいにあしらってなどいないし、むしろ彼らに遠慮さえしていたような──?
ふと、地面の木漏れ日に目をやった。
横座りの靴に影が落ち、急に日ざしが遮られたのだ。
パキ──と枯れ木を踏みしだく音。
怪訝に音を振り向いた刹那、「おい!」と険しい声がした。
オリジナル小説サイト 《 極楽鳥の夢 》