■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 1章 4話6
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「……副長」
カードの手を膝に下ろして、禿頭が決まり悪げに目をそらした。「あ、いや、俺たちは何も──」
「客に構うな」
腹立たしげにファレスは言い捨て、ぐい、と二の腕を引っつかむ。
力任せに引っぱりあげられ、エレーンはたたらを踏んで目をみはった。「ちょ、ちょっと何よ──」
問答無用でファレスは引きずり、つかつか道を引き返す。
つかんだ腕をぞんざいに振り、元いたシートへと突き飛ばした。
とっさに手をつき、エレーンは転がる。顔をしかめて振り仰いだ。「なにすんのよ女男っ! せっかくみんなでトランプ──」
「無断でうろつくな、と言ったはずだ」
「しょうがないでしょー! だって、あたし、ずうぅっと一人で」
「うろつくな、と言ったはずだ」
「なによ。又あたしが悪いとか言う気なわけ!?」
「あんたが悪い」
「はああっ!? なに人のせいとかにしてくれちゃってるわけ? 元はといえば、あんたのせいでしょ。あたしのこと、ほったらかしにして、中々戻ってこないから」
「誰のせいだと思っていやがる」
「──はああっ!?」
「姫さんは悪くないっすよ」
ファレスの背後で声がした。
日ざしを弾く黒眼鏡、そして、潔いあの禿頭。カードで隣だったあの彼だ。
黒い眼鏡がこちらを見、立ったままのファレスに目を戻す。
「ずいぶん戻りを待ってましたよ。副長の言いつけ大人しく守って。けど、一人じゃ、さすがに持て余すでしょう。だから、まあ今回は、大目に見てもらえませんかね」
「休みは終わりだ。支度をしろ」
ファレスは苛立ったように顔をしかめた。
「総員に連絡。所持品をまとめて、速やかに集合」
禿頭はためらうようにこちらを見、だが、息をついて肩を返した。
「──了解。直ちに知らせます」
ひょろりと痩せた長身が、木陰で各々休息している群れの端へと歩いていく。ファレスはその場に立ったまま、立ち去る背を見やっている。
「ちょっと! いきなり、なにすんのよ」
尻もちついたシートから、エレーンはその顔を睨めつけた。
「あんたが乱暴に突き飛ばすから、すりむいちゃったじゃないのよ野蛮じ(ん──)」
目を向けたと思った途端、ぐい、と胸倉をつかまれた。
「──ちょっと! なにすんの。痛いじゃない!」
ぎりぎり喉を圧迫され、エレーンは胸苦しさに首を振る。
「いいか、じゃじゃ馬。覚えておけ」
ファレスは容赦なく締めあげる。
「捨てていかれたくなかったら、俺の指示には必ず従え」
荒っぽく、シートに手を払う。
再びエレーンは尻もちをつき、顔をしかめて食ってかかった。「──痛ったあい! なにすんのよ女おと──」
「今度勝手に消えてみろ」
怒気をはらんだその声が、問答無用で抗議をさえぎる。
「こんなもんじゃ済まねえからな」
びくり、とエレーンは竦みあがった。
鋭い視線に気圧されて、へなへなシートにへたりこむ。
ファレスは構わず身をかがめ、敷いていたシートを畳み始めた。
追い立てられて身をよじり、エレーンはあわてて立ちあがる。あっけなくシートから追いやられ、抗議をこめて睨みつけた。だが、ファレスの端整な横顔に、気遣うような色はない。
冷たいその顔を凝視して、エレーンは軽く唇を噛んだ。すりむいた手の平が、ひりひり痛む。うっすら血までにじんでいる。
「……さ、最低っ」
萎えた気持ちを奮い起こして、わななく唇を強く噛んだ。
「ほんと、あんたって最低よねっ!」
たぶん、そうだと思っていたが、やっぱり、この男が大嫌いだ!
ファレスは手際よく荷物をまとめ、ザックを担いで歩き出す。
「行くぞ」
むくむく反抗心が湧き起こり、エレーンはふてくさって、そっぽを向く。「偉そうに」
腕が、乱暴につかまれた。
ぐい、と手荒く引き寄せて、ファレスは冷ややかに睨めつける。
「行くぞ。聞こえたか」
眼光の鋭さに思わずひるみ、エレーンは小さくうなずいた。
「……わ、わかったわよ」
ファレスが腕をつき戻し、肩を返して歩き出す。
エレーンは顔をゆがめて凝視した。
「なっ、なっ、なによ……」
すりむいた手を握りしめ、指先の震えをなんとか押さえる。
ぷい、と連れから、そっぽを向いた。
それでも足をぶん投げて、長髪の背について行く。癪にさわるが、駄々をこねても仕方がない。あの男がどんなに嫌でも、別の道を行く選択肢はないのだ。
だが、腹立ちはやはり治まらない。
「ほんとは感動してたのに」
せめて、その背を睨みつけた。
「あんただけだもん、あたしのお見舞い来てくれたの。けど、もうやめたから!」
結構はっきり言ってやったが、ファレスはやはり取り合わない。
「ねえ聞いてるー? 見直したけど、やっぱ、よすから! あんたのこと許さないから!」
「勝手にしろ」
「なっ、なっ、なによなによその言い草!? いいわけ? それでも! だ、大体ねー! ありえないでしょ、あんなのは! いきなり爆弾で吹っ飛ばすとか、どういう神経して──」
じろり、とファレスが肩越しに睨んだ。
「──なっ、なによ……」
ぎくりと怯んで後ずさる。
わたわた顔をゆがめていると、ファレスが軽く顎を振った。
「くっ喋ってねえで、早く来い」
すげなく翻った長髪に、頬を引きつらせて地団太を踏む。
「……なっ、なっ、なによお……!」
すでに大勢の傭兵たちが、馬を木陰から引き出していた。
ファレスが出した今の指示から、まだいくらも経ってないのに。
集合する時間など聞いた覚えはなかったが、皆、見当はつけていたらしい。元より彼らは日頃から、解散、集合、後片付け、とどんな動作も常に手早い。
「あーもう! どーしてくれんのよー」
抗議はするも相手にされず、エレーンはしつこく文句を垂れる。
「すりむいたじゃないのよ、あんたのせいでぇ」
やはり、その背は振りかえらない。
「あたしの話ちゃんと聞いてるー? ほらあ、見なさいよ、この右の手ぇ。あんたのせいだからね、あんたのっ!」
鬱陶しげに柳眉をひそめて、ファレスが肩越しに一瞥をくれた。
「ホイホイついて行くからだ。ガキでもあんたより分別がある」
「──あ、あたしは別にホイホイなんて!」
エレーンはまなじり吊りあげる。「だって、ほら。当分一緒に行くんだし。なるべく、みんなと仲良くしないと」
「馬鹿か、あんたは」
面食らって立ち止まった。
ぞんざいな一蹴に二の句が継げず、一拍遅れて、むっとする。「……し、信じらんない。なによ、いきなり馬鹿よばわりとか」
「自覚がねえようだから言っておく」
辟易としたように嘆息し、ファレスが大儀そうに振り向いた。
「奴らがあんたを、どんな目で見ていると思う」
とっさにエレーンは口ごもった。「──ど、どんなって」
ファレスは横顔で冷ややかに見ている。
何も言わずに肩を返した。
はあ!? とエレーンはその背を見かえす。
(そこまで言っといて無視ってどーよ!?)
言うなら最後まで言いなさいよねー、とぶちぶち一人ごちながら、長髪の背について歩く。
「もー。せっかく、うまくいってたのにさ」
これみよがしに皮肉るが、やはり、ファレスは耳も貸さない。
何を言っても相手にされず、エレーンは口を尖らせた。ファレスは勝手だ。身勝手だ。いつもこんな調子だから、今の五人と首長らを除いた他の多くの同行者とは、未だに口もきいていない有り様なのだ。
ちょっとでも誰かと一緒にいると、ファレスがことごとく追い払ってしまう。ケネルに意地悪するよう言われてでもいるのか? そりゃ、柄の悪い連中に、絡まれた時には助かった。でも、今のは問題ない。ただ、平和に遊んでいただけだ。大体それだって元はといえば
「自分が帰ってこなかったくせにさー……」
爪先の小石を蹴りやった。
理不尽さが胸に込みあげ、ふてくさって、そっぽを向く。「なによ、横暴―」
出立の用意を始めた彼らで、緑の草原は賑わっている。原野一面に人馬が広がり、低く、広くざわめいて──ふと、そこで目を止めた。
「あっちに乗せてもらうから!」
ぷい、と殊更に顎を振り、ポシェットをつかんで駆け出した。
ファレスが振り向いた気配がしたが、エレーンは構わず道をそれる。
「ケネルにも言っといて!」
もう、一時も一緒にいたくなかった。こんな腹立たしい野蛮人とは。
馬を引き、思い思いにたむろす一団、そのざわめきの先に、彼はいた。馬にもたれて喫煙しながら、まわりの数人と話している。革の上着のたくましい肩、顔を覆う無精ひげ、山賊のような黒い蓬髪。
「アド〜! あたし、そっちに乗りた〜いっ!」
声に蓬髪が振りかえり、苦笑いして煙草を捨てた。顔をしかめて紫煙を吐き、ごつい靴裏でそれを踏み消す。
来い、というように手を広げた。
到着するのももどかしく、エレーンは笑顔で懐に飛びつく。
よっ、と両脇を持ちあげて、苦笑ってアドルファスが馬の背に乗せた。
ファレスはそこで足を止め、眉をひそめてこちらを見ている。怒鳴りこんでくるかと思ったが、無言で目を据えているだけだ。
蓬髪の首長に一瞥をくれ、道の先へと歩き出す。傲慢無礼なファレスでも、首長に難癖つけるのは、さすがに憚られるものらしい。
ざまあみなさい、と舌を出し、エレーンは笑って首長に振り向く。「こないだは、ごめんねアド。せっかく来てくれたのに、あたし、いつの間にか寝ちゃってて」
「どうだ。熱は下がったか?」
「うんっ! 下がった下がった! もうばっちり!」
ひょんなことから仲良しができた。
山賊みたいな蓬髪の首長、一隊を預かるアドルファスだ。背中を斬りつけた張本人でもある。でも、そのわだかまりは、今はない。
あれは、もう済んだこと。きっちり、この手で終わらせた。彼は誠心誠意謝ってくれたし、こちらの味方とまで言ってくれた。そう、傭兵団でできた初めての
味方──。
ふと、エレーンは振り向いた。
味方といえば、とあの顔を探す。四面楚歌の嵐の中で、一人で盾になってくれた。もっとも、態度はそっけないが。
ざわめきに呑まれた人馬の群れ。その先の森に姿があった。
木陰にもたれて喫煙している。少しだけ顔をしかめて、あのファレスと話している。アドルファスの馬で移動する旨、報告を受けているのだろう。
ふと、戸惑いが胸をよぎった。ケネルは誤解しなかったろうか。
とっさにこっちに駆けてきたのは、ケネルを避けた訳ではないのだ。原因はあの乱暴者、報告している長髪の方だ。ケネルのそばにいつもいるから、奴を避ければ必然的に、こうならざるを得ないわけで──
ふと、物思いから顔をあげた。
あっけにとられ、たじろいで見まわす。
(な、なに? どしたの急に)
周囲にたむろす傭兵たちが、首長とこちらを見比べていた。いずれも怪訝そうな面持ちで。首長と親しいのが、そんなに意外か?
だが、変なのは、それだけじゃない。何か、いつもと様子が違う。そう、さほど感じない。あんなに憂鬱だった嫌な視線を。冷やかしもしなければ、口笛も吹かない。そのくせ視線がかち合うと、決まり悪げに目をそらす。なぜ、急にそんなふうに……
(──もしかして)
はっと原因に思い当って、後ろに乗りこんできた蓬髪を、戸惑いまじりに盗み見る。
「なんでえ。どうした」
首を振る馬をなだめつつ、アドルファスが苦笑いで見おろした。
「あっ、ううん! なんでもない」
あわてて、エレーンは首を振る。
そろりそろりと身を寄せて、たくましい肩に恐る恐るもたれた。「アドと友達で、ほんとに良かった」
「──なんでえ、いきなり」
いかめしい顔が相好を崩し、ごつい手が頭をなでくる。子供にするように、ぐりぐりと。
エレーンは微笑って顔をすりつけ、手放しの安堵を噛みしめる。
頭に手の平が置かれていた。
重く大きな、ごつい手の平。誰かの父親の大きな手──。
味方と言ってもらえただけで、どれほど心強かったかしれないが、こんな連鎖の波及があるとは。しかも、こんなに実質的な。
ぴたり、と冷やかしが消えていた。あんなにしつこかった冷やかしが。
あれほど無礼だった傭兵たちが、あからさまに態度を改めている。確かに上役と懇意では、さすがにそうそう手出しはできまい。
あのファレスとの喧嘩別れが、予期せぬ効果を生んでいた。首長との仲の良さを図らずも周囲に知らしめ、意図せぬ方向へ導いたのだ。
肩から力が抜けていき、エレーンは首長にもたれかかる。
(……これで、もう大丈夫)
損なうことは、誰にもできない。あのファレスでさえ引き下がった、群れの上位者の面目を。
この旅一番の心配事が、あっさり払拭されていた。
心の底から安堵していた。皆からじろじろ見られたり、冷やかされたりしたけれど、やっと軌道に乗り始めた、それをひしひしと実感している。首長が味方なら百人力。もう、おびやかされる事はない。嫌な思いをすることはない。トラビアは遥か大陸の西で、どうなることかと危ぶんだが、これでなんとか
乗り切れる。
馬群は南下を開始した。
馬たちの蹴立てる轟音が、たちまち全身を包みこむ。
必死で首長にしがみつき、エレーンは顔をゆがめていた。こうして同乗しているならば、彼と色々お喋りしたいが、体ががくがく揺さぶられ、話をするのもままならない。
豪放磊落な見た目の通り、首長の馬さばきは、いささか荒い。
騒々しい人いきれ。
大地を蹴りつける蹄の轟音。夏の焼けた太陽が、頭上に絶えまなく降りそそぐ。
上下の激しい揺れの中、エレーンは向かい風に顔をしかめる。今までの道中では、何も気にせず話していたのに。ケネルの馬に乗っている時は。
目が、まわる。
なんだか、頭がくらくらする。馬群が大地を蹴散らしている。格段に数を増した馬たちが。馬群の轟音に包まれて、エレーンはそっと振りかえる。
目が、知らぬ間に姿を探した。
胸が騒ぎ、気が急いた。強く虚空に凝らした意識が、かすかな異変を探り当てる。ぴん、と張りつめた糸のように、一方向に引っぱられる感じ。
さしてさまようこともなく、あの姿を視界に捉えた。
伴走している長髪と、何か話しているようだ。手綱をさばき、前を追い抜き、流れるように前へと出て行く。分厚い馬群の向こう側に、あの黒髪が遠ざかる──。
ふと、ケネルが振りかえり、驚いた顔で目をみはった。
「おい! 危ねえ! 乗り出すな!」
耳元で怒鳴り声。強く胴が引っ抱えられる。
手綱が強く引き絞られ、馬のいななきが轟いた。
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