CROSS ROAD ディール急襲 第2部 interval 〜 診療室にて 2 〜
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 くだが、血液で満たされていく。
 敷布に投げた腕の皮膚に、針の先端が刺さっていた。もう、痛みも感じない。横臥した視界に写るのは、夜気に沈んだ白い天井。
 壁も、床も白い部屋。カーテンも仕切りもことごとく。ある物すべてが消毒済みであることの、それが証とでもいうように。
 だが、いささか清潔すぎる。
 その意図的な強調は、裏を返せば、権威の変形。無力な弱者に屈服を強いる、隠しようもない傲慢さ。門外漢の個人には、抗うことさえ叶わない。
 そして、ここの従事者すべてが便乗しようというのだろう。序列上位の権益に。
 だが、のぼせあがった連中は知らない。後生大事に奉るそれらが、狭い一室でしか通用しない瑣末な掟でしかないことを。
 夜が、静寂によどんでいた。
 物音一つ聞こえない。いや、ここには固有の音がある。壁や窓に染みついた、おごそかでいて陰湿な音。かすかな衣ずれ、器具を扱う硬い音、そして、密室の暗い囁き──。まったく自分はなぜこんな、忌まわしい場所で寝ているのか。そう、まったくなんの因果で。
 不意に足音が近づいて、清浄すぎる静けさを破った。
 仕切りが、無造作に開け放たれる。
 染み一つない白衣が近づき、初老の眼鏡が見おろした。
「大丈夫かね、君。体の方は」
 対象の様子を観察・・する目。その体を気遣う声、だが、そこに言葉面ほどの労わりはない。
「ふらつくようなら、しばらくここで休んでいってくれたまえ。──しかし、本当に大丈夫なのかね。大分抜かせてもらったが」
「構わない」
 社交辞令を制して起きあがり、背もたれから、上着を取りあげた。
 血まみれの袖に腕を通して、ぬるくなった寝台から立ちあがった。
 
 

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