■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部1章 6話2
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「ほーら! ほーらっ! みなさいよーっ!」
エレーンはぎゃんぎゃん、涙目でケネルに詰め寄った。
「一体どーしてくれんのよ! ケネルがあたしのこと放ったらかすから、こんなことにっ!」
「まずは落ち着け」
悲鳴を聞いて駆けつけたケネルは、溜息まじりに見おろした。「順序立てて説明しろ」
「だっ、だっ、だから、さっきから言ってるでしょー」
口を「へ」の字にひん曲げて、むぎゅうぅっ、とエレーンは膝の手を握る。
びしっと戸口を指さした。「で、で、でたのよ不審者がっ!」
「不審者」
「そう! こおぉ〜んなすんごい大男がそこにっ!」
「大男」
じとり、と疑わしげにケネルは見、戸口から外へ身を乗りだす。
視線をめぐらせ、仕切りを戻し、呆れた顔で腕を組んだ。「どこにもいないようだがな」
「──そっ、そんなはずないもん」
「悪い夢でも見たんじゃないのか?」
「違うもん! 違うもん! 絶対いたもんっ!」
ぶんぶん首を横に振り、エレーンはクッションにしがみつく。「んもおぉぉー! ケネルちゃんと見てくれたあ〜? どっかに隠れているとかさあ!」
「隠れるって、どこに」
こんな見渡すかぎり原っぱの。
ケネルはやれやれと歩み寄る。「周囲は常に検めている。外にはファレスもいるはずだし。どうせ、あんたの勘違いだろう」
「だっかっらっ! 違うんだってば確かにいたのっ! そんで仕切りをバンバン蹴って」
え? とエレーンは動きを止めた。
(……な、なんで)
戸惑い、どぎまぎ硬直する。
肩先に、ケネルの手。
続いて背を折り、かがみこむ気配──。
後ずさって振り仰いだ。
つかの間ケネルは手を止めて、だが、その手は構わず肩先をかすめる。
肩を過ぎ、胸元を過ぎ、脇腹あたりを通過して、そして
「……なにすんの」
ぽかんとエレーンはケネルを見上げた。膝から取りあげた鎮痛剤の、箱書きをケネルは検めている。
「ちょっとお。今から飲むとこなんだけど」
「飲まなくていい」
ケネルはぞんざいに一蹴し、シャツの隠しに薬を突っこむ。「こいつは、あんたには強すぎるようだ」
「けど、あたし、それがないと」
「問題ない」
「あるでしょ絶対」
むう、とエレーンは口の先をとがらせる。
「なにそれ。ケネルってば他人事だと思って。だって、薬やめたら、また痛くぅ〜」
「薬はある。俺が作った」
え──と顔をゆがめて硬直した。なんだ、この不吉な響きは……。
ケネルは構わず、又か、と戸口に目を向けた。
「あんたは本当に食わないな」
あらかた残した朝食の膳が、ひっそり床に置かれている。
「あれじゃ手つかずも同然だ。それじゃ体がもたないぞ」
「朝からあんなに食べられないもん。大体、最近、食欲ないし」
エレーンはぶちぶち指をいじくる。はた、と顔を振りあげた。
「どっか行くの? ケネル」
ケネルがつかつか南壁へ歩き、革の上着を取りあげたのだ。つまり、それは外出の準備。
「で、でも、今日の移動は取り止めって」
「用がある」
む……とエレーンは停止した。
「うんっ。わかった! すぐ支度するね?」
にっこり笑い、鼻歌でポシェットを引ったくる。「あ、まってまって? すぐだから。あたしも寝巻き着替えちゃうから!」
「誰があんたを連れて行くと言った」
「だったら、一人で残れっていうの? それって、ちょっと、ひどくない? あたしほったらかしで出かけるとか。だったらケネルも、今日は一緒に──」
「俺がいても、役には立たない。あいにく医者ではないんでな」
むう……とエレーンは顔をゆがめる。どうして、こいつはこうなのか。
「でもお〜。また、ぐあい悪くなるかも」
「ファレスはいる」
う゛っ、と引きつる。あくまで天敵をあてがう気か?
「くれぐれも勝手に外に出るなよ」
ケネルは話を切り上げて、そっけなく肩をひるがえす。「今日は一日、大人しく寝ていろ。誰がきても、部屋には上げるな。いいな」
「──だけどぉ〜」
「わかったな」
戸口で靴を履く横顔は、どことなく不機嫌そうだ。このままゴネれば、特大のカミナリは間違いなし。
お出かけポシェットを抱きしめて、エレーンはぶちぶちやさぐれる。「もー。なんでそんなに意地悪すんのよー。ま〜た、なんか怒ってんでしょー」
靴を履き終え、身を起こし、ケネルが足を踏みとどめた。
「俺の時には──」
振り向きもせずに、ぼそりとつぶやき、戸口の仕切りを片手で払う。
「……へ?」
ぽかん、とエレーンは口をあけた。
ぽりぽり頬を掻き、首をかしげる。今、奇妙な言葉を聞いたような?
そう "俺の時には──"
『 陣地がどうとか言うくせに 』
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