SS-1 「隊長と姫のめくるめく攻防 〜森の中〜」
背中で鼻歌を口ずさんでいた彼女が、あっ、と唐突に振り向いた。
「ねー。さっきのアレなに?」
ほらあ、と頬をくっつけて、身を乗り出して覗きこむ。
「さっき、声がしたじゃない? ケネルがなんか言った時、誰もいないのに"了解"って。──あ、もしかして!」
目を丸くして、かぶりつく。
「覗き!?」
「──そうじゃない」
ケネルは顔をしかめて嘆息した。
「だあって、アドが言ってたもん! こっちには誰もいないって」
「奴はいいんだ。職務が少し特殊だから。何か用でもあったんだろう」
「えー。いーわけ? そーゆーの。だって、それじゃあ、どっかでばったり、その人と──けど、もしも、その時、丁度あたしが……」
上目使いで考えていた彼女が、はた、と気づいた様子で振り向いた。
「だったらケネルは? なんでいたの? なんでケネルがこっちの森に──あっ!」
じいっ、と顔の真横で見つめ、さては──と嫌そうに顔をゆがめる。
「……覗き?」
「そうじゃない」
ケネルはげんなり否定した。次に何を言い出すか、あらかた予想はついている。
「ならなに? ケネルも用があったってことぉ? でもさー、そーゆー特別扱いって──」
「頭をつかむな。首を締めるな。──こら、そんなに暴れるな。落ちるぞ」
葉を透過した昼の日ざしが、高い梢から射していた。
厚い枯葉を踏みしだく、歩行の音だけが森に響く。万が一の事態について、彼女はぶちぶち一人で喋り続けている。
ちら、とケネルは盗み見た。どうやら首尾良く収まったらしい。ごねられるかと思ったが、すんなり納得したようだ。
密かに嘆息、静かな森に目を戻す。ここまで来て引き返すわけにはいかなかった。なんとしてでも連れて行かねばならないのだから。
自分のことに懸命で、彼女に気づく余裕はなかったろう。
彼女が話を切り出したあの時、苦いものでも飲み下すように、ケネルがわずか顔をしかめ、つかのま視線をそらしたことに。あの数秒のためらいの中に、霧散したものがあったことに。それが真の答えであったとしても。
いや、それはそれとして──と、目端でケネルは確認する。
──あれについては、どうするか。
足場を選んで歩きつつ、頭の片隅で思案する。
彼女は両手で、しっか、としがみついている。やはり、知らせてやるべきか──いや、知れば、たちまちまなじり吊り上げ、また詰りだすに違いない。
溜息で軽く首を振り、行く手の獣道に目を戻す。さいわい彼女は上機嫌。せっかく癇癪が収まったのに、わざわざ知らせて蒸し返すこともあるまい。
このところの観察から、それは確実なことのように思われた。事実、ああも些細なことで、危機を招くほどの取り乱しようだ。
やはり、あれには触れぬ方が良かろう──ケネルは改めて決意する。
彼女のブーツの靴底で、へばりついたそれが動いていた。
どこかで彼女が踏んづけたらしい、にょろりとミミズのウニウニが。
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