【ディール急襲】 第2部5章interval09 〜蠢動〜

CROSS ROAD ディール急襲 第2部5章 interval09 〜蠢動〜
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 窓辺で酌み交わす四人の客が、やかましく騒ぐ店奥を、苦々しく盗み見た。
 酒の入った集団が、土足の足を卓になげ、大声をあげて喚いているのだ。迷惑そうな面持ちは、店主や店員も同様だ。だが、強くは言えない事情がある。そのすさんだ風体は、明らかに堅気のそれではない。
 商都から南に下ったベルリアの町、場末の酒場の片隅だった。
 卓上ランプの灯かりがゆらめく暗がりに、与太者風の一団が陣取っている。
 その中に一人、風体の異なる男がいた。座席の横には、夏というのに革の上着、足にはごつい編み上げ靴。飄々とにやけた風貌の、四十手前の壮年だ。
 眉をひそめ、ひそひそ陰口をきいていた客は、やがて、そそくさ席を立ち、「親父、勘定」と店主を隅に呼びつけた。
 店の敷居を舌打ちでまたぎ、肩越しに見やった眉をひそめる。
「あの奥にいる奴、知ってるぜ。レーヌの頭目ジャイルズだろ。海賊あがりのゴロツキの」
 
 レーヌから呼んだ手下に囲まれ、頭目ジャイルズは上機嫌だった。
「さあ、お前ら、どんどん飲め! 今日は俺の生還祝いだ!」
 手の杯を振りまわし、向かいの肩を笑って叩く。
「今回の殊勲者は、この男だ。あの生き地獄の修羅場から、俺を引きずり出してくれたんだからな。あんたのお陰で命拾いしたぜ。だが、俺はどうにも解せねえんだよなあ」
 鋭く、向かいに目を据える。
「あんた、なぜ、俺を助けた。え? カルロさんよ」
 カルロは動じたふうもなく、平然と煙草に火を点ける。
「ほっとけなくてね、職業柄。年がら年中、怪我人を世話してるもんだから──ああ。あんた、衛生班って知ってるか。戦闘部隊の後方で、怪我した奴の世話をする」
 座席の背もたれに寄りかかり、ふう、と天井に一服する。
「あの坊やに睨まれたら、まず生きては帰れねえさ。キレたが最後、手がつけられねえから」
「なんで、わざわざ俺に手を貸す? あんたにとっちゃ、こっちは仇だ。てめえの仲間をぶっ殺されたんだからよ」
 カルロは苦笑いで手をあげた。
「確かに、あれはやりすぎだ。だが、まあ、あんたらは、まだ運が良かった、というべきかね」
「そいつは一体どういう意味だ」
バリーやつの弔い合戦をしようなんて物好きは、うちの隊にはいねえ、、、って意味さ」
 投げやりに言って、目を戻す。
「ま、あれが別の奴なら──仲間を一人でも殺っちまえば、本隊に喧嘩を売ったも同然。もう、生きては帰れねえやな。なにせ、うちの商売は、軍隊相手の殺し合いだぜ」
 ごくり、と一同、唾を飲み、戸惑い顔を見合わせた。
 その中で一人ジャイルズだけが、気だるげにもたれた椅子の背で、胡乱に目を据えている。
 探るように、その目をすがめた。
「まあ、あんたには感謝する。だが、だったら尚更まずいんじゃねえのか。てめえの仲間を裏切ろうってのは」
「うまくやるさ。ドジは踏まない。そうでなければ逃がしはしねえさ」
「俺に恩を売る目的は」
「何も。そのうち何かで返してもらえりゃ、それでいい」
 カルロは手を伸ばして、灰を落とす。
「ま、こうして飲むのも何かの縁だ。そんなことより、ちょっと面白い話がある」
 手下に囲まれたジャイルズに、ちら、とおもむろに目を向けた。
「不死身の体って奴、欲しくはないか?」
 ジャイルズが探るようにすがめ見る。「──詳しく聞こうか」
「人魚の肉、さ」
 笑ってカルロは、椅子の背にもたれる。
「そいつを食うと、不死身になる。シャンバールむこうじゃ、もっぱらの噂だぜ。もっとも、その人魚自体は、絶滅したって話だが」
「──なんだ。それじゃ、どうしようもねえじゃねえかよ」
「まあ、聞けって。人魚はいねえが、まだ手はある。それも、すぐ手の届く所に、、、、、、、、
 カルロは天井に紫煙を吐いて、頭目の白け顔に目を据える。
「うちの部隊の隊長だ」
 ジャイルズが盛大に顔をしかめた。
「隊長ってのは、あの優男の兄ちゃんのことか?」
 店にいる客たちに、カルロは憚るように視線をめぐらせ、「ここだけの話、」と声を落とす。
「あの隊長は化け物だ。戦場にいりゃ誰だって、多少は怪我をするもんだ。むろん、隊長も例外じゃない。だが、俺も奴にだけは、包帯を巻いたことがねえ。意味するところは分かるよな? すぐに治っちまうんだよ。あっという間に、、、、、、、
 ジャイルズも乗り出し、声をひそめる。
「食った、ってことか、人魚の肉を。だったら、奴の肉を食らえば、不死身の体が手に入る、と」
心臓近く、、、、が効くらしいぜ?」
 乗り出した顔に、にやりと笑い、カルロは椅子に背を投げた。「なあんてな」
「だったら、なぜ試さない?」
 不審の視線で、ジャイルズはうかがう。「そんなにいい話なら、普通はてめえで試すだろ」
「無理だよ、俺には。なにせ相手は戦神ケネル、そんじょそこらの傭兵じゃない」
 顔をゆがめてカルロは笑い、降参するように両手をあげた。「いいさ、やるもやらぬも好きにしな。あんたなら、と思ったんだが。──ま、酒の肴だよ」
「いや、のった」
 ジャイルズが首を振り、腕を組んだ。
「面白そうじゃねえか、不死身の体。だが、そんな話を、なぜを俺に? あれだって、てめえの仲間だろうがよ」
「ちょっとばかり、恨みがあってね」
「へえ。何があった」
「──別に大したことでもないが、昔、かしらが、食われて、、、、ね」
 訝しげなジャイルズの顔が、面食らったように眉をひそめた。
「だが、あんたがやるにせよ、奴を仕留めるのは無理だろうぜ。なにせ、相手は戦神だ」
「だったら、どうする」
「どんな奴にも、弱点ってのはあるものさ。しかも、あの戦神は、女に甘いことで有名だ」
 ジャイルズが焦れて舌打ちした。「──気をもたせねえで教えろよ!」
 困ったように顔をゆがめて、カルロは苦笑いした。
「なんだ。まだ、わかんねえのか。"将を射んと欲すれば、先ず馬を射よ"って言うだろ」
 はっと、ジャイルズが顔をあげた。
「そう、そうだよ。そいつ、、、だよ」
 カルロは乗り出し、その耳にささやく。
「そうすりゃ、奴は身動き取れない。いかな戦神といえどもな。そうだ。まずは、標的は──」
 にやり、と口の端を引きあげた。
「こまっしゃくれた、あの、、アマだ」
 
 

*2013.8.17 第2部 了
 
 
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