〜 第3章「到来」 〜

 
 

「──つまり、お前が 発端・・ か?」
 街道から街に入ってきた男を、頬をひくつかせてユージンは睨む。
「やっと、お前を捕えたと思えば! 西の尾根のあの異変も、常軌を逸したこの波動も、お前のせい だというわけか!」
 どうりで、あわてて逃げるわけだ。セヴィランと出会った ノアニールの宿で、顔を合わせたその途端。
 地方都市ザルトの街門広場は、夏の陽射しに凪いでいる。
 腐ったように横目で見、肩をすくめたのは美麗な男。手入れの行き届いた波打つ長髪、どんな女性をも夢中にさせる、吟遊詩人ばりの端正な顔立ち。
「なんだよ、俺は手を貸しただけだろ。石を持ち出した奥方さまが、一人で四苦八苦してたから。本物かどうか試すついでに」
「──ついでだと? なんてことをしてくれたんだ!」
 うるさそうに顔をしかめて、統領代理デジデリオが、長い髪を掻きやった。
「だって、試してみたくもなるじゃないか」
 ちら、と意味ありげに瞳を覗く。
あの・・伝説の、夢の石だぜ?」
 ふと、ユージンは見返した。
 それを捉えて目を見据え、ニヤリとデジデリオは口端をあげる。
本物・・だった」
 芝居がかった仕草で、両手を広げた。
「天空にわかに掻き曇り、突風が兵を弾き飛ばして、いや、まったく大した威力だ。あれさえあれば、なんだってできるね。世界だって手に入る。けど、あの石、残念なことに」
 憂いを含んで、ふっと嘆息。「俺には触れないんだよなあ。月読を怒らせちまってさ」
「その、ツクヨミというのは?」
「ああ。ぬしみたいなものかな、あの石の」
「──正気か、お前。人など、石にいるものか」
「ところが、いるんだよなあ実際に。現に文句を言いにきたぜ? なんでも隠れてたのが見つかったとかで。これがまたイイ女でさ。白衣しらぎぬ緋袴ひばかまの巫女装束で、いわゆる絶世の美女って奴? ま、口調ことばと服は変わっているが、きれいな長い黒髪で──」
 気もそぞろですらすら応え、無念そうに小さくごちる。「たく。ツレないにも程があるだろ。結界なんか張りやがって」
「自業自得だ、あんなもの・・・・・を呼び覚ませば。今はどういう理由だか、あの尾根から動かないが、暴れ出したら、どうするつもりだ」
 ユージンは西方に一瞥をくれ、悪びれもしない張本人を見据える。
「どう責任をとるつもりだ」
 顔をしかめて、デジデリオは舌打ち。「──だから知るかよ、この俺が。呼び出したつもりはサラサラないね。俺が創ったわけでもない。言ったろ、便乗しただけだって。あの子が願をかけたから、その通り念じてやっただけ」
「なら、どうして竜がいる!」
「だから、──誰も呼んでいないなら、弾みで・・・出てきたってことだろう? 元々どこかに・・・・・・潜んでた・・・・奴がさ。だったら俺のせいじゃない。たまたま発動に触発されて、勝手に反応したってだけで」
「──反省の色もないようだな」
 ゆらりと、ユージンは剣呑に身じろぐ。
「あ、ほらっ、何かあるんじゃないの? 今までアレを封じてた物とか」
 しれっとしていたデジデリオが、一転せかせか笑みを作った。激昂の気配を察したらしい。
「そう、たぶん、あの付近、トラビア辺りじゃないかなあ、西の尾根から動かないし。なら、話は簡単じゃないか。今まで封じてあったなら、元の場所に戻せばいい」
「ほう。対処する気はあるわけだ」
「俺が? 無理だろ」
 ぎろりと睨まれ、あわてて続けた。「いや、そりゃ俺だって、どうにかしようとは思ったさ、あれにはすぐに気づいたし。けど、月読がそっぽ向いちまって、石には絶対触らせないし」
 ──ああ、と気づいたように瞬いて、思わせぶりに、ちら、とうかがう。
いける・・・んじゃないの? あんたなら。例のあの・・力でさ。あの狭間に吹っ飛ばせば、どれだけ図体がでかかろうが、一発で落着、間違いなしだろ?」
 ここでこうして会ったのも何かの縁って言うだろう? とにっこり笑い、しゃあしゃあと続ける。
 わなわな肩を震わせて、ユージンは自分の額をつかむ。
「……また、後始末を押し付ける気か」
 あまりに能天気な言い草に、沸々はらわたが煮えくり返る。未だかつてない強敵を、彼女を狙うあのレノを、葬り去らねばならないというのに!
 いきり立って顔をあげた。
「どこまでお前は無責任なんだっ!」

「──これはこれは。お揃いで」
 聞き知った声が割りこんだ。
 道のかたわらに目をやれば、平服姿の長身の男。短い茶髪、左の耳に黒いピアス──。
 怪訝にユージンは向き直る。「一人か? 今時分、なぜここに?」
「ええ、ちょっと野暮用でしてね」
 ちら、と怠そうな瞳が動き、かたわらにいたデジデリオを捉えた。
 何に興味をひかれたか、部隊を司る参謀ギイは、面白そうに目をすがめる。
「ま、俺一人でぶらつくにはカレリア一国は広いんで、部下を二人ばかり連れてますがね。ああ、あと、ガキを一人」
「──子供? お前が?」
「ま、ちょっと訳ありで。ああ、クレストの領土の方には、支障はないんで、ご心配なく」
 立場上、厳粛な顔はしているものの、デジデリオは興味のなさそうな上の空。説教の難を逃れるも、更に部下に捕まってしまい、逃げる機会を逸したからか。
 ギイは簡単に近況を済ませ、顔をしかめて視線をめぐらす。
「それにしても物騒なことで。宿舎に顔を出したんですが、さすがにまだゴタついて、あの話でもちきりですよ。まさか、あの隊長が、あんなことになっちまうとはね」
 退屈そうに道を見ていたデジデリオが、はっとしたようにギイを見た。「──なに?」
 怪訝にユージンも先を促す。「どうした。何かあったのか」
「──こいつは、」
 ギイが面食らったように口をつぐんだ。
 きまり悪そうに眉をひそめる。「てっきり、もう、ご存じかと」
「見ての通り、着いた途端に捕まってな」
 せかせかデジデリオがこちらを一瞥、じれったそうに顎で促す。
 ギイはつかのま顔をゆがめ(なんだよ、参ったね──)と舌打ちでごち、取り繕うように仕切り直した。
「いえね、実は昼前に、店で事件があったようで。店の鳥師の証言によれば、どうも、事件の直前まで、若い女と話していたらしいんですが──」
 手際良くかいつまんだ報告を、言葉をはさまず一通り聞く。
 みるみるデジデリオが目を見開いた。
 焦点の合わない蒼白な顔で、唇をわななかせて踵を返し、一心不乱に駆けていく。
 痛ましい思いでそれを見送り、ユージンは溜息で首を振った。「……わからないものだな、明日のことは。部隊の方は、副長が対応するだろうが」
「いや、副長も確か街道こっちとか。──そういや、預かってますよ、伝言を。街の手前で、あの首長と行き会いましてね。"これから特務と引きあげるから、後のことはよしなに" と」
「──引き、あげた?」
 驚いてユージンは目をあげた。「特務も一緒に・・・・・・?」
「ええ、内通者を連行するとかで。ともあれこっちも、早急に部隊に戻ります。トラビアにいる軍勢も、どうも雲行きが怪しいし。部隊を国外そとに出さねえと」
「待機だ」
「──は?」
 ただちに動いた足を止め、ギイが怪訝そうに振りかえる。
「お前には、頼みたいことがある」
「だが、撤退するなら、誰かが指揮をとらねえと」
「首長がいる。連絡すれば済むことだ」
「そうはいっても、さすがにあれだけの大所帯だ。砕王の旦那が一人であれをさばくとなると、いささか骨が折れませんかね」
「二人になるだろ、すぐに首長は」
「──で、なんすか。頼みってのは」
 任務を話して聞かせると、顔をしかめて頭を掻いた。
「なるほど、それで大勢が、街道に詰めていたわけですか。──けど、守備範囲じゃねえんだがなあ、そういうのは。ま、仰せとあらば、従いますがね」
「よろしく頼む」
「わかりましたよ。了解、統領・・。けど、いっそ、ご自分で行かれちゃどうです? 俺よりよほど確実でしょうに」
「──そうしたいのは山々だが」
 統領ユージンは溜息で身じろぎ、西の尾根を苦々しくながめた。
「あいにく俺には、すること・・・・がある」
 
 
 

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