CROSS ROAD ディール急襲 第3部3章50
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 ばったり出くわした回廊の先で、エルノアが不服そうに睨んできたが、無視して進路を変更した。
 まあ、あっちは問題ない。アルベールは生粋の貴公子だ。元の婚約者ラルッカなどは、その足元にも及ばない。単なる対抗措置のエルノアを、帰すことなく伴侶にするとは、いささか意表を突かれたが。

 歩きながら脱いだ上着を、長椅子の背にかけやって、そのまま進んで窓を開いた。
 黒の蝶ネクタイをむしり取り、礼装の上着に放り投げ、首のボタンを二つ外す。
 南に開いた窓からは、領邸の日常が見渡せる。
 庭木を整えにいくのだろう。長いハシゴを肩に担いで、庭師が二人歩いている。
 南にある正門から領邸本館へのアプローチには、黒塗りの馬車が緩やかに連なり、道の左の建物群には、端然と働く官吏の姿。
 桜が散って、今年も久しい。
 淡い芽吹きが新緑となって、木立が旺盛に茂っている。正門手前の青葉に埋もれた、ポツンと赤い小さな屋根。あの夏を過ごした別棟の──。
 しばし、そこで目を留めて、レノは小さく舌打ちした。
「──あのアマ。まんまと逃げやがって」
 先方が出した条件は、トラビアにある「岩塊の破壊」
 事が成った暁の、こちら側の報酬は、
そいつ・・・を俺に引き渡せ 』  
 だが、反故ほごにしたまま音沙汰もない。
 ──いや、とレノは眉をひそめた。
「お前、俺を騙した・・・な?」
 してやられた。月読に・・・
 殺気を帯びた苛立ちに、忌々しげに目をすがめる。これだから女ってのは。約束も契約も取り決めも、平気で無視して踏み倒す。反故にされた先方にとって、どれほどの打撃か考えもしない。
 まあ、いい、と鼻を鳴らして、陽の当たる窓辺を離れた。
「貸しといてやる」
 しばらくは。
 もっとも、あれは渡りに船。月読が出した条件は、翅鳥しちょうからの依頼とかぶる。
 つややかな飴色の飾り棚から、グラスを取って引き返した。
 手にした瓶と二つのグラスを、コトリ、コトリと卓に置く。
 ビロードの長椅子に腰をおろして、最高級酒の瓶を取り、二つのグラスに酒をぐ。
 今、承認式から戻ったところだ。領主が・・・召集された王都から。
 そう、このゲームには、ジョーカーが一枚・・・・・・・・まじっている・・・・・・
 変幻自在なワイルド・カード。時に「遊び人」の顔を持ち、時に「死神」の顔を持ち、「真の当主」の顔を持つ。
 カレリア国王の謁見では、クレスト領主ダドリーから、正妻を娶る旨、請願があった。その地位を王と三領主が承認し、二領主死去に伴う領主交代の事案に移った。
 ラトキエは先代のクレイグに代わり、総領アルベールが当主を相続。
 当主ニコラスの死去により、家系の絶えたディールは断絶、公爵位は剥奪された。
 そして、ラトキエ門閥ラルッカがロワイエ公に叙爵され、国境トラビアを任されることになった。先のディール謀叛ぼうはんで、クレスト領主ダドリーと協力、国境、並びに国益を守った、その貢献が認められた形だ。

 事の起こりは昨年初春、ディール領主ニコラスが人知れず病没したことだった。
「領主死去」の公表は、時期の選定に慎重を要する。この選定を誤れば、他領に優位を奪われて地位を脅かされるのみならず、国境という立地柄、弱体化を知った隣国に、国境を侵され、攻め込まれかねない。
 領邸秘書官ネグレスコも公表の機会を慎重に計り、だが、国境の向こうを睨む内、野心が頭をもたげたらしい。隣国シャンバールと密通したのだ。
 物流の異状から、それを知り、秘書官ネグレスコの企みを、逆手に取るべく一計を案じた。既成事実を作った上で、討伐の名のもとディールを葬り、国境トラビアを入手する。すなわち、
 ──謀反に乗じて領主を処刑、領家を取り潰して覇権を握る。
 だが、動かぬ証拠を突きつけるべく商都を包囲した国軍が、あろうことか秘書官ネグレスコに寝返った。
 国境たるトラビアには、元より国軍の基地がある。職務上誼みのあった秘書官が、上層部を抱きこんだのだ。隣国の「新たな属領」での、より高い地位と引き換えに。
 よって、国を売り渡そうとした上層部を粛正し、代替わりさせた国軍で、国境トラビアを奪取した。予定通りに。
 唯一しくじったことがあるとすれば、ディールの嫡子を取り逃したことか。
 執務室の長椅子に横たわる、遺体が発見されていた。
 外傷はなく、餓死でも病死でもないらしい。つまりは自然死、おかしなことに。まだ五歳いつつやそこらの子供というのに。

 ともあれ、国王の許可がおり、カレリア三領主の顔ぶれは、アルベール、ラルッカ、ダドリーとなった。予定通りこちらの手駒に。かくなる上は、
 アルベールが取り込んだ「エルノア」を、ラルッカに対する押さえに使い、
 元より手駒の「オカッパ」を、ダドリーに対する押さえに使う。
 そして、全土を手中にする。そのはずが──。
「……ちっ。あの天パー野郎」
 レノは目をすがめて紫煙を吐く。
 よもや謁見直前に、正妻の首をすげ替えようとは。
 ダドリーが連れてきた正妻は、北方貴族ラッセル家の令嬢。しかも、すでに嫡子も儲けたとか。高位の女を腹ませて、引くに引けなくなりでもしたか。
 いや、あるいは貴族対策か。ディールが北方に侵攻した折り、多数の貴族に違背行為があり、反抗的な古狸を一掃したと聞いている。
 つまり、貴族と敵対したダドリーが、政務に支障をきたさぬためには、味方を増やす必要がある。手っ取り早い手段が「婚姻」
 だが、そうした急な変更は、はなはだ迷惑、不都合だ。
 その令嬢に恨みはないが、北方貴族に紐付いた気位の高い女より、「手駒」の使い勝手がいいことは、火を見るよりも明らかだ──。
 背もたれに片腕を預けたままで、グラスを揺らして思案する。排除・・の手立ては、常にある。だが──
 半分ほど酒の注がれた、卓のグラスに目をすがめた。  
「──放してやるか、オカッパは」
 あの戦での働きに免じて。
 貴族階級の心得のない、元より庶民のオカッパには「押さえ」の役どころは苦難の道。それに、お前は・・・
「その方がいいんだろう、アデレート」
 手のグラスを卓に置き、ごろりと寝椅子に転がった。
 あの時、ディールは、商都陥落に手こずって、大陸北方へ侵攻した。
 主不在のクレスト領を手中にすれば、大陸中央の商都は孤立、西のトラビア、北のノースカレリアと二方向からの挟撃が可能になる。つまり、ディールが北を押さえていれば、あるいは今頃この国は、隣国に乗っ取られていたかも知れない。留守居にすぎないオカッパが「ノースカレリア」を死守しなければ。そして──
 天井に軽く紫煙を吐いて、手の煙草を灰皿で揉み消す。
 よもや誰も思いもしない総領アルベールの暴走を、オカッパが阻んで食い止めたからこそ、国境を無傷で入手できた。著名な傭兵団もさることながら、当主クレイグを担ぎ出した「ギイ」を動かした功績は大きい。
 まあ、オカッパアレを押さえに使わずとも、ダドリーの弱みなら、他にもある。世間を欺き、懐に隠した、
 ディール当主の落胤らくいん「コリン」が。
 守りは、常に盤石だ。
 あくびをあおいで瞼を閉じた。どうせ、すぐにも多忙になろうが、今は惰眠をむさぼろう。宵には娼家で相棒と、落ち合うことになっている。戦地で「死神」と呼ばれる男、長い銀髪のクロイツと。
 だから、今ひと時は、気だるく温かな泥土にもぐって──。そうだ。この国は、
 ──誰にも・・・やらない・・・・
 眠れ。眠れ。
 死んだように深く。そうして今日も、
 飛竜のく夢を見る。 
 
 
 

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