【ディール急襲】 第3部3章

CROSS ROAD ディール急襲 第3部3章51
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「──もー、どこまで飯食いに行ってんのよ」
 棚をふいていた手を止めて、セレスタンはやれやれと溜息をついた。
 改装中の店内に、すばやく滑りこんだあの気配。
「サボってないで手伝ってよ。まだ、こんなに片づけが残ってるのに」
 街路に面したテラス戸を、顔をしかめて振りかえる。
「て、どうかした?」
 ザイが壁に背をつけて、壁の陰に潜んでいる。
 通りをうかがうその顔が、苦々しげに舌打ちした。「ちょっと顔出そうと思えばよ」
 それについてしばし考え、ぽん、とセレスタンは手を打った。
「あー。例の彼女んとこね。ラナちゃんだっけ。元気だった?」
「──だから!」
「あ、会えずに退散したってことか。そんなに手強い奴なわけ? 尻尾を巻いて逃げ出すなんて、出くわした敵がビビッて逃げ出す天下無双の鎌風が」
「だからっ!」
 カリカリ苛立った反応に、セレスタンはぱちくりまたたく。いつも人を食ったようなこのザイが──?
 あー、あれか……と天を仰ぎ、ポリポリ所在なく禿頭あたまを掻いた。
「例のカマカゼ親衛隊ね。さすが班長。おモテになって結構ですこと」
 ギロリとザイが、心底腹立たしげにねめつけた。
 チッと舌打ちで通りをうかがう。「なんで今時分、出歩いてんだ。自分の仕事があんだろうによ」
「非番じゃないの?」
「制服だったぜ、あいつら全員」
「あー。特典あるらしいぜ。姫さんが言ってた」
 制服着用で入店すると、お代が割引になるのだそうな。
 商都で拠点の準備をしていた。総領からの急な指示で、古い店舗を買い取ったのだ。
 新設する飲食店は、昼は喫茶、夜はバー。屋号は元の雑貨商のもの「スレーター商会」で変更せず。
 もっとも、この商都には、大規模な拠点がすでにある。
 領家公認、経済特区の「異民街」の深部には、広い宿舎まで備えている。それを今さら通りの向こうに、別個に新設するような必然性はなさそうなものだが。
「ほら、ザイ。いい加減にして、そっちの棚手伝って」
 放ろうとした雑巾ぞうきんの手を止め、セレスタンは顔を引きつらせる。
「……お前、まだ、外見てんの?」
 どんだけ追手を気にしてるのやら。
 ザイは見もせず、横顔で応える。「ここまで嗅ぎつけられちゃ、目も当てられねえ」
「あっそ。けど、やんなきゃ終わんないしさ」
「クロウはどうした。奴が店長だろうによ」
 新設するこの店の、鳥師を統括する長に、クロウが抜擢されていた。ベテラン鳥師をさしおいて。
 卓の上にあげていた椅子を、モップ掛けした床へと降ろして、セレスタンは雑巾でテラス戸をさす。「あー、飯食いに行った。代理と一緒に」
「──又かよ。あのクロウの奴と、そんなに懇意だったかね」
「ほんと、最近よく来るよな。ま、わからないでもないけどね」
 昨年、恐るべき才能を、クロウが開花させていた。それは、十羽を超える青鳥を、同時に一人で扱える、という前代未聞の驚くべきもの。
 吉報に、部隊はにわかに沸いた。
 青鳥はただの一羽でも、十分ヒトの脅威となりうる。
 そんな物騒な猛禽を、一度に複数操れるとなれば、クロウ一人の戦力は、辣腕の戦士数人に勝る。
 当然、クロウを部隊に加えたいとの声が出た。
 消息不明の隊長の穴を、埋めたい事情が部隊にはある。だが、要望はあっさり斥けられた。
 却下したのは意外にも、巡回興行を取り仕切る統領代理デジデリオ。理由はクロウの非力さと美貌。戦で万一命を落とせば貴重な才を失う云々わかるようなわからないような理屈をねじ込み無理やりに。
 ちなみに現在、部隊の隊長を務めているのは、最年長の首長バパ。それを支える副長には、首長バパと双璧に成すアドルファスの部隊から、班長カーシュが就いている。
 ザイは壁で腕を組み、散らかった店内をうんざり見まわす。「だったらこれだけ、全部こっちで片づけろってか。手伝いの三バカはどうなってんだ」
「そういや、まだ顔出さないな。本職の方が忙しいんじゃね?」
 昨年ザルトでラディックス商会へ飛ばされた三人、ボリス、ブルーノ、ジェスキーは、あのザイの出まかせに素知らぬ顔で首長が乗っかり、帰還命令を出さなかったため、そのまま移籍となっていた。
 よって、一大拠点の異民街や、街に潜んだ調達班と、情報交換を行うべく、それなりに張り切って奔走している。無頼な拠点との連絡役は、敬遠されて成り手がないため、部隊とよしみのある三人は、意外にも重宝されている。
「ああ、調達班っていや、聞いた? ザイ。アレって、どんな冗談よ」
 釈然としない顔つきで、セレスタンは雑巾を持ったまま、腕を組む。
「あの調達屋が結婚ってさ。しかも、相手は男爵家。実はあの人、高貴な生まれ?」
 実のところ遊民組織は、雑多な人種の吹き溜まり。その大半は混血児だが、言葉も通じない輩もいれば、素性の知れない者もいる。そして、訳ありの捨て子もいる。
「あー、適当な称号買ったとか? よっぽど貯め込んだんだな、例の仕事で」
「ご法度だがな、ガメるのは。大方上が、そこらで適当にあつらえたんだろ」
 商都の上流階級に伝手ができるというのなら、組織の上層部も大歓迎。全面支援するだろう。
 以前、通りを一緒に歩いた彼女のはにかんだ顔を思い出し、セレスタンは、あれ? と振り向いた。
「そういや、あのメガネちゃん、一応、お前のお友達じゃなかった? じゃあ、なに? お前、むざむざ……」
 ドン引きの顔で、ザイを指す。
「うっわ、非道! だったらお前、みすみすメガネちゃんを調達屋の餌食に!?」
「俺は止めたぜ。人として」
 きっぱり、ザイは言い返す。
「仕方がねえだろ、本人がいいってんだから。どうにも理解しがたいが、ああいうの・・・・・が好みなんだとよ」
「……いい趣味してるな、メガネちゃん」
 しばし絶句でセレスタンは突っ立ち、ふと、思い出してザイを見た。
「けど、あのメガネちゃん、前はお前にご執心じゃなかった?」
 ザイが眉根を寄せて押し黙った。
 溜息まじりに脱力し、ゆるゆる力なく首を振る。
「……女ってのは、わからねえ」
 板張りの床の日溜まりで、ふわふわほこりが浮いている。
 新生活はもうすぐだ。 
 
 
 

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