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 できたばかりの柔らかいパンを、わざわざトースターで焼く奴が、僕にはどうにも信じられない。テレビの中では本日のニュース、政変、税金、強盗、殺人。本日の特集コーナーでは、正しい発音のキャスターが隣の綺麗なキャスターと、「それは朗報ですね」とにこやかに笑い合っている。 " 研究開発が進んでいる人工視覚システム の実用化が、近い将来、実現するかもしれません── " ああ、確かにそれは朗報だ。
 天気予報を見て昼食を済ませ、珈琲カップをテーブルに置き、カメラを持って外に出た。アパートの外階段をカンカン下りて、昼下がりの町に出る。
 僕はカメラを覗いてシャッターを切る。雨の日も、風の日も、嵐の日も。芽吹く春、うだる夏、実る秋、凍りつく冬。
 流れゆく雲、照りつける太陽、横殴りの雨、道の先で揺らぐ陽炎、雨に光るアスファルト、公園の道の水溜り、日を照り返すマンホール。世界は光に満ちている。そして、世界は残酷だ。
 
 僕はシャッターを切り続ける。
 気忙しい雑踏、昼下がりの街並み、駅の壁の券売機、
 猫のあくび、反射するミラー、屋根によじ登って隠れる子供、
 切れた街灯、閉店のシャッター、コンビニの肉まん、街角のATM、目を射る道路反射鏡。玄関隅で転げたバッシュ。
 遮断機、踏み切り、歯磨きのチューブ。
 
 僕はシャッターを切り続ける。
 信号瞬く交差点、赤、青、黄色──。
 
 僕はシャッターを切り続ける。
 いつか世界を再生する為に。
 不治の病に冒されたこの眼が、光を失うその前に。
 
 その光景に息を呑んだ。
 僕は呆然とそれを仰ぐ。雨の中で佇む桜は、ただ粛々と揺らいでいた。風雨にも揺るぎなく端然と。
 ああ、そうだ人生は、常に目の前で咲き誇る。
 僕はカメラのファインダーを下ろした。この一瞬を焼き付ける為に。
 この一瞬を生きる為に。





 
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