【 thanks-SS.05-080510 】 『ディール急襲』第U部 第3章3話「遠音-01」終了時
好意の行方 ( 1/2 )
「──あの! 副長!」
突如後ろから呼び止められて、ファレスはふと足を止めた。
肩越しに振り向けば、定時連絡に来ていた連絡員のワタリである。ファレスは怪訝に首を捻った。なんだろう、ワタリの奴。いつもなら、呼んだって 聞こえないフリで、そそくさ、いなくなろうとするくせに?
「……なんだよ」
軸足を基点にクルリと怪訝に振り返る。どこか慌てた様子のワタリは、顔が心持ち赤いようだ。背を屈め、足元の荷物を掻きまわしている。
「あ、あの、これ、隊長に!」
何やら取り出し、ペコリと頭を下げた。
「……ケネルの奴に?」
胸元に勢いよく押し付けられて、ファレスはキョトンと受け取った。視線を下ろせば、分厚い辞書ほどもある、ずっしり重い四角い紙箱?
「あの、じゃあ、よろしくお願いします!」
「……あ?──お、おい、 これ──!」
なんだ? と訊こうとするも、しかし、既に遅かった。ワタリは脱兎の如くに踵を返し、何故だか猛ダッシュで逃げて行く。そして、後には、
「……なんだ? 何かヤバイ物か?」
箱を抱えたファレスが一人、唖然と取り残されることになったのだった。
「──ほらよ、ケネル」
木の下で寝転がっていた休憩中のケネルを見つけ、ファレスは例のブツを手渡した。例のブツ──そう、ワタリから預かった例の箱のことである。
「なんだ、これは」
「ワタリから」
「──ワタリ?──ああ、連絡員の。それが、なんだって俺になんか」
胡座(あぐら)の膝に何となく受け取りはしたものの、ケネルに心当たりはないらしく怪訝そうな顔である。理由を問うて、ファレスを仰ぐが、ファレスは「さあ、知らねえ」と肩をすくめる。しばし、しきりに首を捻って、ケネルはシゲシゲと箱を見た。丁寧に包装してあるこの様は、報告書の類ではなさそうだが──。
てか箱だし。
「菓子か何かじゃねえのかよ。その包み、見たことがある。多分 《 ラデリア 》 の有名店のヤツだ」
「──しかし、どうして俺にそんなもの」
ケネルは盛んに首を傾げて、さっぱり訳が分からない様子。「何かの間違いじゃないのか」
「ワタリの奴は、お前に渡せって言ってたぜ?」
「……」
ケネルは内心、うーむと唸った。先日 《 ロデリア 》 の宿で出された " ピーチ茶 " でさえ飲み干すのに難儀したというのに。そう、甘い物は根本的に苦手。なのに、何故にこんな甘ったるそうな菓子を
わざわざ 大量に持って来るのだ? いや、これって、もしや──
嫌がらせか?
ずっしりと重たい箱である。両手でそれを持ったまま、ケネルは呆然と瞬いている。ファレスがチラと目を向けた。
「 " 付け届け " させるとは、穏やかじゃねえな」
「……ん?」
「だから、お前、奴に何かしたんじゃねえのかよ」
怯えさせるようなことを。
「いや、そんな覚えは──」
ない筈だよなあ……?( たぶん ) と天を仰いで、ケネルはやっぱり腑に落ちなげな顔。確かに、あの "ピーチ茶" を出された時には、さすがに絶句もしたけれど、しかし、それで意地悪しちゃうような、そんな狭い了見は持ち合わせていない──
筈である。
「だったら何で、いきなり、こんなもん持って来るんだよ」
「さあ」
頭上に?を三つばかりくっつけて、ケネルは「さっぱり分からん」と首を捻る。
さりげなく身を引き、ファレスがチラと目を向けた。「お前、いつから宗旨替えしたんだよ」
「なんの話だ?」
速攻振り向き、ケネルは、ゆらり、と詰め寄った。そういう冗談は嫌いである。
「じゃ、確かに渡したからな」
ブツを押し付け、ファレスはさっさと踵を返す。名指しされては仕方がないので一応受け取りはしたものの、しかし、ケネルは心底持て余している様子。ふと気付いたように
「──ああ、それなら」と顔を上げた。
「アレにやるか」
ゲルにいる適任者を思い出したらしい。そう、彼女なら、こうしたものは得意だろう。適切な処理方法を思いつき、鼻歌混じりで足を向け、だが、
「……うるさいんだよな、アイツが」
ピタと足を止め、やれやれと首を振った。そう、眦吊り上げるあの小姑の顔を思い出したのだ。しかし、アレが駄目だとなると、これはどうする?
ケネルは途方に暮れてブツを見る。甘い菓子などケネルは食わない。しかし、そうかといって捨てるというのも忍びない。我慢して食せば一個や二個は何とかイケるかも知れないが、だがしかし、そんな些細な努力など嘲笑うかの如きずっしり重たい大量の菓子群が、そこには控えているのである。まったく、こんなに大量にどう処分したら──。
ツラツラ思案するケネルの顔には、既に( めんどくさい )と書いてある。ふと、顔を上げた。
「おい! そこの!」
通りすがりの若い男が、ギクリとあからさまに飛び上がった。
「……お、俺っすか?」
辺りを見回し、己を指差す。うむ、と頷いたケネルを見つめ、ソロソロ上目使いでやって来た。
「な、なんすか隊長」
心臓の居場所辺りを両手で押さえ、前後左右をグルグル見回し ( お、俺、何にもしてないよな? 何にもしてないよな?──い、いや、でも、もしかしたら、何かしたかも──!?
) とあらぬ粗相の有無を探りつつ、ケネルの前まで進み出る。焦燥の色ありあり。ケネルの顔色をチラチラ窺う様たるや、もう見るからに恐る恐るといった態。
男が目の前に辿り着くなり、ケネルはその胸目掛けて件の箱を押し付けた。
「やる」
ケネル隊長、有無を言わさぬ横暴な態度だ。
「は?」
男はパチクリ目を瞬く。言葉の内容はいたってシンプル、尚且つ友好的な筈ではあるが、如何せん無愛想の上、ぶつ切り・命令調の物言いなので、ケネルの話は意味がとり難いのが難点である。ぽかん、と硬直している相手を見やって
(……ああ、そうか )と思ったか、ケネルは端的に補足した。「適当に食え。要らなきゃ、他の奴にやっていい」
鳩が豆鉄砲食らった顔で、男はぽかんと間抜けに口を開けている。何が起きたか分からないらしい。ややあって、手元をのろのろ見下ろした。ケネルは構わず踵を返す。何か訊かれるとメンドくさいからである。厄介物を押し付けるだけ押し付けて、「さ、これで良し」と、スタスタ後も見ずに去って行く。
ぽつねん、と残されたは、不幸にも通りかかっちまった部下である。恐る恐る箱を開け、内容物を確認し──
目をまん丸くして驚愕した。なにせ中には、色とりどりの鮮やかな高級菓子。別に誕生日って訳でもない。ならば、つまりコレって──?
次の瞬間、ひしっ、と箱を掻き抱いた。
「た、隊長が 俺を 労ってくれた!?」
アチコチ見回し、大感激。苦節二十有余年の快挙である。あんまり嬉しかったものだから、誰彼構わずとっ捕まえて、「おい、これ隊長が俺にっ!」「おい、これ隊長が俺にっ♪」と鼻高々に触れ回わる。
「……へえ、すげえ。俺も一個もらっていいか?」
この上なく気分の良い " 苦節二十年 " は、無論、満面の笑みで胸を叩くのだった。
「いいともさっ! どんどん食えや!」
なんたって、只今得意の絶頂。そして、とある噂が広まった。
「おい、なんかあれ、隊長が皆で食えって わざわざ買って来てくれた らしいぞ」
「へえ、太っ腹〜。隊長も、あれで意外と気ぃ使ってんだな〜」
噂が噂を呼び、"ケネル教 " の隠れ信者が密やかにゾワゾワ更なる増殖を遂げていたのだが──
厄介なブツを片付けて、すっきり清々、スタスタ歩いて行ったケネルは知らない。
( 続く )
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