【 thanks-SS.10-100317 】 『ディール急襲』第U部 第3章 9話 「 恋敵03 」 9 終了時
 
 

ファレスの日記 3   


 呼称の仕方というものは、呼び手からみた位置関係と、相手に対する尊敬の度合いを如実に示すものである。
 例えば、預かり物の場合は、こんな具合だ。

「 バパさん 」 → 敬称
「 アド   」 → 略称
「 ノッポ君 」 → 身体的特徴
「 ジャック 」 → 意外にも本名
「 ケネル  」 → タメ口
「 女男   」 → 蔑称……?

 ……あんの、あほんだらが〜っ!


 という訳で、ある日、ふむ、と考えた。あの阿呆には再教育の必要がある。
 これまでも都度、教え込んではいたのだが、はかばかしい成果は上がっていないのが実情だ。なにせ、あのトリ頭だ。三歩歩くと、もう忘れる。しかも、耳に痛い話を聞いた途端にちょこまか逃亡するだけでなく、捕獲された際であっても、右から左へと聞き流す、かのタヌキばりの高等スキルをも習得しているというのだから質が悪い。
 呼び止めれば案の定、「……なによおー」と早速不貞腐りやがった。小生意気なおかっぱ頭を前に据え、再度毅然と繰り返す。
「だから! "女男"じゃなくて"ファレス"! 何度言ったら覚えんだ、てめえは!」
 たく。これだからトリ頭のメイド上がりってのはよ──チラとそう過ぎった途端、ぎろり、とあんぽんたんが目を向けた。
「ちょっとおっ! あんた今、あたしのこと " メイド上がり " とかって思ったでしょうっ!」
「……思ってねーよ」
「うそうそうそっ! 今、絶対思ったもんっ! その顔はそういう顔よっ!」
「──うっせーなっ! んなこと誰も思っちゃいねえよっ!」
 妙に勘がいいんだよなコイツ。
 しかも、単語をきっちり特定してきやがる。阿呆鳥の躾けを続けるも、あんぽんたんはピーチクパーチク黄色い声で喚くばかりで、いつもの如くに聞いちゃいねえ。ぷりぷりしながら腰に手を当て、ビシッと指を突き付けやがった。
「わーるかったわねえっ! どーせ、あたしはメイド上がりよ! でも、そんなの全然関係ないでしょー!」
 踏ん反り返った小生意気な面が憎たらしい。
「だったら、きっちり覚えてみせろや! ファレスなんざ、ひとっつも言い難い名前じゃねえだろうがよっ!」
 嘴の先で頭を突付かれているが如きに難航している調教を、絶対巻き込まれない離れた場所で呑気に見ているヤツがいた。短髪のエロ親父、バパだ。
「──ついさっきまで仲良く喋ってたと思ったら、もう喧嘩してんのかよ。まったく仲がいいんだか悪いんだか」
 おい、しっかり聞こえているぞ、こっちまで。にしても、万年青春偽善者野郎は盛大に勘違いをしているようだ。そして溜息をついて横を向いた。「あの二人、どうにかなんねえのかよ、ケネル」
 名指しされたケネルの野郎は「ん?」とこっちを一瞥するなり、肩をすくめて首を振った。
「どっちも俺の手には負えない」
 ……あの野郎。
 棒読みだ。間に入りたくねえらしい。
 
 
 月日は過ぎたが、あんぽんたんは相変わらずで、いつでもどこでも小生意気だ。
 井戸で洗い物をしていると、何かが駆けて来る気配があった。何をそんなに急いでいる、と怪訝に思い、振り向くと、両手を振って鼻息荒く突進してくるのは、猪ならぬ鬼気迫る形相の黒い旋毛(つむじ)──。
 ……あんぽんたん、か?
 今度はなんだ何事だ。
 あ、さては──と思い当たった。又、ぶん殴りに来やがったな? なんてしつこいアマなんだ。どうせ無害なんだから、いいじゃねえかよ、胸元で包帯がチラついた程度の事は。
 かなり頭にきていたようだが、そうそう殴られては堪らないのでジリジリ警戒していると、どうした訳か、あんぽんたんは目の前に滑り込んできて急停止した。何をそんなに急いでいるのか肩で息ついている。一体なんだと見ていると、おかっぱ頭を振り上げた。なんだどーした? 大真面目な顔だ。あんぽんたんは真摯に口を開く。
「子守り歌、歌う?」
 からかいやがって。
 拳固を見舞って、ゲルへと向かった。たく。こいつの思考回路は理解不能だ。
 あんぽんたんは暇らしくウロチョロまとわりついてくる。何の用かと思ったら、昨日の襲撃時の対応について文句を垂れにきたらしい。ピーチクパーチクうざいので、いつものように適当にあしらう。
 突如、背後から羽交い絞めを食らった。ちっこい相手にぶら下がられて、げ!? と仰け反り、息が苦しい。つか、首なんか締めたら死ぬぞ普通は。まったく理解不能だ。何考えてんだ、この阿呆は!
 鬱陶しいので剥がそうとすると、おかっぱ頭がキッと眦(まなじり)吊り上げた。そして、
「唸らないでよっ! あたしはあんたを傷つけないから!」
 ……頭は平気か?
 とうとうトチ狂いやがったか。阿呆だ阿呆だと思っていたが……。憐れみを催し、呆気に取られて見ていると、おかっぱ頭が興奮し、鼻息荒く突っ込んできた。ああ、全く先が読めねえ。こいつの行動は理解不能だ。どういう脈略でそうなるのか、こっちには皆目見当もつかない。暑苦しいので押し退けようと身じろいだ。途端、
 むに、と頬に柔らかな感触──?
 両手を回して首を締め上げたあんぽんたんが、滑り込んだ耳元で囁く。
「ありがとう、ファレス、、、、
 言うだけ言うと、あんぽんたんは満足げな顔ですとんと地面に降り立った。特大の○○が出た時のようにすっきり晴れ晴れ清々した面持ち。にしても、なんのつもりだこのあほう。なんにせよくいつかれなくてよかったが──。
 何かどこかが腑に落ちなかったが、取りあえずゲルに踵を返した。そろそろ出発、荷物の整理をしておかないと。だが、どうもふわふわ、腰が据わらない心持ち、そう、どこも変ではない筈なのに、どうも奇妙な心地がする。怪訝に首を捻りつつ、ひんやり無人のゲルに入る。頭を屈めて戸口を潜り、靴脱ぎ場で靴紐を解き、ふと、違和感の正体に気が付いた。
 フェルトの上がった戸口の向こうを振り向けば、当人は膝を抱えて草原でしゃがみ込んでいる。上機嫌で話しかけている先は地面を跳ねる数羽の雀。どこで貰ってきたのやら姑息にもパン屑ちらつかせ、まんまとおびき寄せたらしい。とって食うって訳でもないのに、あれは何故か、いつもああいう真似をする。小鳥とじゃれる能天気な姿に苦笑いが漏れた。
「──やっと認めやがったか」
 付き合うに値する「人」として。
 つか遅すぎんだろ。理解不能だ、あの阿呆。だが、まあ……
 むに、と触れた左の頬がむずむずした。
 ちょっと、こそばゆい。
 
 
 
 
 
 

 お粗末さまでございました。  (*^o^*)
 
 
 
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