【 thanks-SS.19-130315 】 『ディール急襲』第U部 第5章 10話 「煩悶の果て 」11 終了時
 
 

調達屋の矜持 

 
 
 誇り、それは、いぶし銀の信念
 誇り、それは、薔薇色の美学……
 
 カラン──と、グラスで氷がまわった。
 バーカウンターの片隅で、俺はひとり飲んでいた。ショットグラスには赤い液体。光度を落とした照明に、飴色のカウンターが鈍く光る。
 紫煙が薄くたちこめていた。先のやりとりを反芻しながら、俺も気だるい気分で紫煙を吐く。
 調達品目、行方知れずの商都の闇医師。
 仕向け地、カノ山、坑道出口。
 納期、本日、日没まで。
 誰もが尻込みする難題だ。しかも、果たせぬとなれば身の破滅。この首がかかっているからだ。
 だが、俺は、障害がでかけりゃでかいほど燃える男だ。おうよ、スリルが俺を呼んでいる!
 そもそも俺は、そんじょそこらの雑魚ではない。かの「調達屋」と讃えられた男だ。ちなみに俺は、なにげに微妙に運がいい。とはいえ無論、運頼みという話ではない。
 勝算は、ある。
 まずは、本件ターゲット、闇医師の居場所の特定だ。
 今現在この国は、領家の紛争のあおりを受けて、国境をかたく封鎖している。よほどの事情がない限り、国の外には出られない。となれば、居場所は国内に限られる。
 そして、現状の確認だ。
 国内各地に展開する鳥師が総出で一月もの長期間、全土を捜索したにもかかわらず、消息はようとして知れない。それが、この件が難題と言われるゆえんだ。だが──と俺は考える。
 裏を返せば、それは願ってもない好条件だ。なぜか。それだけ探しつくした後ならぱ、捜索は「あらかた済んだ」ことになるからだ。ならば、街道沿いの大都市など、捜索済みの区域を除いた「未捜索区域」のみを当たればいい。これまでの捜索が入念で堅実であればあるほど、未捜索区域は残り少ない、そういう理屈だ。
 これで、捜索すべき、、、領域は、飛躍的に狭まった。だが、これだけで済まさねえのが、俺の調達屋と呼ばれるゆえんだ。
 実は、本業のほんの余禄で、とあるネタをつかんでいる。先日、商都の南、ベルリアに、ならず者が担ぎこまれ、一騒動あったのだという。ベルリアというのは、商都カレリアの隣町、正門を出てすぐ南に位置する小都市の名だ。そのならず者は、なんでも腕を落とされたらしいが、担ぎこんだ診療所が、連中の柄の悪さに恐れをなして、ことごとく追い返したため、そいつの仲間が暴れ出し、警邏が出張る一幕があった。
 片腕でうめく男をかかえて仲間はほとほと困りはて、だが、それに気づいて商都に、、、走った。なるほど、あの男であれば、金さえ払えば引き受ける。確度は低いが、目撃情報もあるにはある。額で分けた黒髪の男。多様な身形の首都近辺でも、男の長髪は珍しい。
 これで、ぐっと範囲は狭まった。地域をベルリアに限定し、その中でも未捜索区域を虱潰しに絞り込む。既に、手下は手配した。ほどなく引っぱってくるはずだ。
 そう、あとは時間の問題。俺は吉報を待つだけでいい。
 肘を置いた卓の横で、大量のミモザがわさわさしていた。
 一杯ひっかけに行くべえか、と街の通りを歩いていたら、見も知らねえ女どもが、きゃーきゃー言いながら俺に押し寄せ、手当たり次第に花を突っ込んでいったのだ。由緒ある俺様の衣服にべたべた触りまくりながら。街の女のすることは、まったく訳がわからねえ。いつもはバイキンでも見るように、あんなにツンケン追い払いやがるくせに。ま、これもひとえに、俺様の卓抜したセンスのなせる業だ。
 そうこうする内、街路から、鐘の音が聞こえてきた。
 祭の終わりを告げる商都の時鐘──。
 俺は薄暗い天井に向け、アンニュイに紫煙を吐いた。あれから時針が三回りしたが、手下からの連絡は途絶えたまま。待てど暮らせど、吉報は、
 こない。
「──仕方ねえ」
 眉をひそめて天井を睨み、俺はゆるく首を振った。
 ならば、この首、奴にさし出しに行くまでだ。あの冷酷な戦神がオマケしてくれるとは思えねえ。むしろ、俺様の失態を奴が見逃すはずもねえ。調達屋の首をとれる又とない機会なのだ。小躍りして喜ぶに決まってる。あの残酷なヴォルガに続き、てめえが狩りとった首のリストに、嬉々として書き加えるに違いねえ。
 まぼろしの大調達屋ジャック=ランバートその人の名を!
 いや、高椅子に座った腿が、さっきからぶるぶる震えているのはビビってるんじゃねえ武者震いだ。ショットグラスに前歯が当たってカチカチ音を立てているが、これはあれだ──虫歯がちょっくらうずくからだ。断じて怖いわけじゃねえ。
 おうよ、断じて!
 黄花のささった帽子をとりあげ、長居した高椅子をすべりおりた。
 腹は、くくった。腹をくくって覚悟を決めた。いさぎよく散る。それまでだ。
 俺は、その人ありと謳われた天下の大調達屋だ。その名を汚すことがあっちゃならねえ。まして、そこらの雑魚のごとくにジタバタみっともねえ真似はしねえ。しくじった途端に尻尾を巻いて逃げ出すような、小物とは格が違うのだ。
 おうよ、俺は逃げも隠れもしねえ! 事実は、常に一つっきりだ。
 ──俺は、負けた。
 うなだれ、重い足どりで、俺はカウンター端の帳場に向かう。
 北門を出て馬で走れば、もう目と鼻の先の近距離だ。奴が指定した場所、カノ山の坑道は……。
「……親父。勘定してちょうだい」
 指輪が数多きらめく指で、財布から溜息まじりに札を抜いていると、カウンターに座った前掛けのジジイの、情けないぼやきが聞こえてきた。どうやら空き巣に入られたらしい。
 俺は白けた気分で舌打ちする。たく。抜けたジジイだ。祭で浮かれたこんな時分は、格好の狙い目、、、じゃねえかよ──
 稲妻が脳裏を駆け抜けて、はた、と俺は顔をあげた。
「親父! かかか勘定っ! 早くしろよ!」
 ひったくった財布を握りしめ、あたふた出口に駆け出した。
 どうりで標的が見つからねえはずだ。奴の居場所はベルリアじゃねえ。祭で浮かれた街中は、盗賊の暗躍が多発する。店を構える奴ならば、誰でも警戒するはずだ。往診に出向いた闇医師も然り。ならば、
 ──闇医師は、自分の診療所にいる!
 ぞわり、と背筋から総毛立った。
 奴はもう、手中にあるも同然だ。おうよ、
 
 この勝負に、俺は勝ァつ!
 
 というのに、わらわら入ってきた団体が、俺様の行く手を満遍なくさえぎる。
 店にどやどや踏みこんだジジイどもの大群が、波打ち寄せる大海のごとくに、俺の眼前に立ちふさがった。この一大緊急時に!
 わいわいがやがや高揚した顔、顔、顔。祭が終わって流れてきたらしい。我先に入ろうとする身勝手なジジイどもに溺れそうになりながら、歯抜けのハゲ面を掻き分ける。
「──お、おいっ! どけ! てめえら! 急いでんだよっ!」
 おうよ! この首がかかってる!
 もうすぐ日が暮れちまうんだぞ! 
 そしたら、首が飛ぶんだぞ! そしたら、てめえらのせいだからな! つか、
 ──てめえら、とっとと席につけや
 道をふさいで呑気にたむろす分厚い壁を (だっからジジイは嫌いなんだ……) と泣きそうになりながら一喝していると、バーカウンターの薄暗い奥で、男がひとり立ちあがった。
「親父。ここに置いておく」
 落ち着いた低い声。高椅子にかけた外套をとり、卓に札を置いたのは、さらりと髪の長い壮年の男。ちなみに真ん中分けで色は黒──ああ、カラスの濡れ羽色ってやつだ。でかい旅行鞄が足元にあるが、いかにも慣れた常連のような口振りは、物見遊山の観光客ってふうでもない。
 なにが置いておくだ色男ぶりやがってと横目で苛々一瞥し (次からは俺もあれで) と密かに参考にしながらも、俺を揉みくちゃにするジジイどもの壁を、歯を食いしばって押しのける。ちょっと色男だと思ってカッコつけてんじゃねえぞコラ。男のくせして、長ったらしい頭しやがって。ああいう頭は珍しいと思っていたが、結構いるもんだな、男のロン毛。たく。まぎらわしい頭しやがって。あれが本人なら、どんだけいいか。だが、ここで鉢合わせなんて偶然がこの世の中にあるわけねえ。俺がいたカウンターには、女からの貢ぎ物「幸運を呼ぶ祭のミモザ」がてんこ盛りでわさわさしてるが、こんなもので運がつくなら、まったく世の中、世話はねえ。そうだ、捜索中の闇医師とは、似ても似つかぬ代物だ。標的の目印で何より特徴的といえるのは、額で分けた腰までの長髪、色はカラスの濡れ羽色。そして、年の頃は三十半ばの壮年の──
「……あん?」
 俺はあんぐり口をあけ、カラス頭を振り向いた。
「一緒に来てくれ!」
 瞠目して叫びかけると、男も怪訝そうに振り向いた。
 
 数分後、俺は件の闇医師とふたり、馬上の人となっていた。
「今まで、どこへ行っていた」
 詰問調で問い質せば、闇医師は溜息一つで目をそらす。「──行き先か? 見ず知らずの赤の他人に、答える義理はないと思うが」
「なんで診療所に戻んねえんだよ。普通は一杯やる前に、荷物置きに戻るもんだろ。祭の日ってのは、空き巣に狙われやすいんだぞ」
 俺が言うんだから間違いねえ。
「盗られて困る物は置いていない」
「……。あ、そう」
 確かに、頂戴してさばくにしても、医療用具は特殊すぎる。あっという間に足がつき、そのまま後ろに手が回る。
 舌打ちで矛先を変えた。「祭めあてで戻ったのかよ」
「これでも一応、商都民でな。祭の時には、街にいる」
「へえ。殊勝なこった」
 ばか高い治療費を要求し、有り金ふんだくる悪徳医師が。
 すました顔で闇医師は言った。「祭というのは、浮かれた輩が羽目を外して、怪我人が出るから稼ぎ時だ」
「……」
 そういう魂胆かよ!?
「それにしても、あんたの衣装……」
 闇医師は、俺のおしゃれマントをまじまじ眺める。「わざわざ(=祭り用に)あつらえるとは、大した気合いの入れようだな」
 ……。
 やれやれ。なんてこった。
 また、俺様の崇拝者が増えちまうとはっ。
 さっきも街で女どもにたかられ、実にありがたそうになでられたが、やはり、俺様の魅力は絶大だな。い〜や、いっそだな。罪っ!
 新たな賛美者を前にして、俺様はおもむろに胸を張る。「こいつは、ほんの普段着だ」
「……そうか」
 闇医師はつかのま絶句して、なぜか額をつかんでうなだれた。なぜだ?
 堀の深い顔立ちが、荒野の進路に目を戻す。
 疾走する栗毛の上で、長い黒髪があおられる。
「その髪なんで切らねえんだ。男のくせに、鬱陶しくねえのかよ。つか、医者がそんなんじゃ不衛生だろ」
「切ると、勘が悪くなる」
 ん? どっかで聞いたセリフだな? つか、
 ──いやに速ええな!? 本当に医者かよ、この男!?
 闇医師は軽やかに手綱をさばき、カノ山西方に向けて爆走している。堅気のくせに、なんて速さだ。いや──
 ふんぬっ、と馬にムチをあてた。
 夕陽に照らされ、馬首を並べてデッドヒート。
 押し合いへしあい奴と競り合い、歯を食いしばって辛くも抜き去る。
 ほっ、ほうれ、みろっ! ちょっくら本気出せば、こんなもんよ。
 おうよ、
 
 何人たりとも、俺の前を往くのは許さん。
 
 ざまあみさらせっ、と後続の間抜けをせせら笑っていると、後続が長髪をなびかせて、ひらり、と夕闇に飛び降りた停まったのかよ。
 俺はそのまま距離を稼いで闇医師の馬を引き離し、少し先で馬を降りた。
 後続の追随を許すことなく、間髪容れずに荒れ地を蹴る。目指すはカノ山、坑道出口。ケネルが俺を待ちわびている。
 ダッシュで坑道に向かいつつ、俺様は密かにほくそ笑んだ。
 見ィろやケネル。俺の勝ちだ。注文の闇医師は、これこの通り。
 おうよ、俺に不可能はねえ。だっから常々言ってんだろ? 依頼の品がこの世にあるなら、
 ── なんであろうが調達するってぇっ!
 じぃぃーん、と万感胸に迫って、駆けつつ、のけぞり、涙ぐむ。密かに感涙。むせび泣き。これで首がつなが──いや! これにて本件、一件落着。これで報酬もがっぽりで、嫌な顔された飲み屋のツケもこれできれいに精算し……つか、そういや、あの時、ケネルの奴と、
 
 報酬の話、したっけな……?
 
 
 

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