【 thanks-SS.23-140222 】 『ディール急襲』第V部 1話 「影法師 」1 終了時 〜
 
 

ラルッカ隊が往く! 

 
 
〜 街門にて 〜

「……どうします?」
 補給部隊から奪ったバナナを、それぞれモグモグやりながら、ちら、とラルッカ隊は上司を見上げた。「やはり、ここは、我々の従者として押し通すしかないのではないかと」
「馬鹿も休み休み言え!」
 ラルッカは苦々しく吐き捨てる。「下郎の真似など、誰ができるか。この俺に、そんな無様な真似をさせる気か!」
「いえ、ですが──我々だけなら、どうにかなるかも知れませんが、上席徴税官殿のお顔は、みな存じあげていますでしょうし」
「ほ〜お? そうか、そういうことか」
 ラルッカはおもむろに腕を組んだ。
 ふっふっふっ、と不穏に笑う。「なるほど。読めたぞ、貴様らの肚が」
 ぎろりと目を向け、びしっ! と指を突きつけた。
「さては貴様ら、俺の評定に不満があるな? この機に笑い者にして仕返ししようって魂胆だろう。ええ? そうだろ! 白状しろ!」
 天を仰ぎ、そっぽを向き、そして地面に手をついて、ラルッカ隊は三人三様沈没した。
((( ……んもう。誰かこの人なんとかして )))
 緑の服のリーダー格ロルフが、きりり、と凛々しく首を振る。
「いえ、そんな滅相もない。決して、断じて、そういうわけでは」
 この状態での上司の放置は、いろんな意味で危険である。
「ですが、あれほど厳重な警備では、この際、それもやむをえないかと」
「痩せても枯れても、俺はロワイエ家中だぞ。政務の中央から祖父が追われて幾星霜、やっと浮上できたというのに」
 嘆かわしい、と額をつかんで、ラルッカは空を振り仰ぐ。
「再興するのに、どれほど苦労をしたと思う。なのに今度は、貴様らの下僕に成り下がれと言うのか!」
「(そんなこと誰も言ってない)──ですから、形だけですってば。あの門をくぐったら、すぐに──」
「だ〜れがするかっ! 絶対、いやだ!
 断固として腕を組み、ぷい、とラルッカは横を向く。
 もう日が傾いている。
 トラビアのいかめしい街門では、そろそろ交代の時間なのか、門衛たちが申し渡しをしている。
 そして、砂嵐を避けたあの森で一行と別れた先発隊は、未だにごたごたと揉めていた。面の割れているラルッカが「身分をたばかるのはどうしても嫌だ」と子供のような駄々をこねたからである。
 青い服のオットーも、ぶっきらぼうに口をはさむ。「だから、ここだけの話って言ってんでしょうが。ちゃんと聞いてて下さいよ、上席徴税官殿」
「オットー、何度言えばわかるんだ。俺を呼ぶ時は司令と──)」
「あれ? カルルじゃないか」
 ぎくり、と一同は凍りついた。
 ぎくしゃく声を振りかえる。
 かつての同僚をそこに認めて、名指しされたカルルはぎこちなく笑う。「や、やあ、ルパート、久しぶりだね。こんな所でどうしたの?」
「視察の帰りだよ、隣町の。──ていうか、君らこそ、まだ、こっちにいたのか」
 ルパートは呆れ顔で嘆息した。「さては商都に帰れなくなったな? 君らのことだから、どうせモタモタやってたんだろう」
「ま、まあね。そんなトコ、かな……」
 えへへ、とカルルは小首をかしげる。
 一同、内心、汗びっしょり。ここでバレたら一巻の終わり、相手はディール領家の役人だ。
 あれ? とルパートが動きを止めた。
 ねえ、その人、とラルッカを見る。「まさか、あのロワイエの──」
「ふっ。いかにも俺は──「「「 ひ、ひ、人違いだよっ! 」」」
 すかさず髪を払ったラルッカを体当たりで突き飛ばし、三つ子は飛び切りの笑みで振りかえる。むっくり起き出す上司の頭を、ぎゅうぎゅう皆で押しこめながら。
 ルパートが呆気にとられて、たじろいだ。「そ、そうか? でも、なんか──」
 小柄な三人がわたわた背伸びし、必死で口をふさいでいる不満げな長身に指をさす。「その人、なにか言いかけてたような──」
「「「 気のせいだからっ! 」」」
「……そう? でも、よく似てるよね」
「「「 だだだ誰に? 」」」
「ほら、いたろう。商都で評判の徴税官が。なんでも切れ者で凄腕だとか。もっとも、そんな偉い人、近くで見る機会なんてないんだけど」
「……や、やだな〜。ルパートったら」
 ぎこちなく、カルルは微笑う。「そんな偉い人、ここにいるわけないじゃない。僕らみたいなペーペーならともかく」
「まあ、それもそうなんだけどさ」
 しきりに首をひねりつつ、それでも納得したようだ。不思議そうに、ルパートは言った。
「じゃあ誰なの、この人。それに君ら、なんで、その手──」
 わたわた三人は、ラルッカを突き飛ばして踊りあがる。まだ口をふさいでた。
「こ、これは僕らの従者だよっ」
「──従者?」
「う、うん! ペトロギウスっていうんだ。い、いきなり変なこと口走る癖とかあるけど気にしないで? ほら、さっきも、わめいてたでしょう? "俺は司令官だ〜"とかなんとかって」
「ああ、そういえば。でも、君らの従者って……」
「な、なにっ?」
「ずいぶん身形が良いんだね」
「──え、えっと! それはっ」
 追求されて、カルルはしどもど。
「まあ、なんにせよ、ついて来て」
 ルパートは街門の先を振りかえる。
「一応、報告しないとね。今は君たち、敵ってことになってるからさ」
 身分証を門衛に提示し、会釈で街門を通過する。
 その背を続いて、一同てくてく、ついて歩く。最難関の街門だったが、ひょんなことから、なんなく通過。
「まあ、君らが何かするとは思えないし、僕らみたいなペーペーに、ひどい扱いはないだろうけど、この騒ぎが落ちつくまでは、こっちにいてもらうことになると思うから。あ、なんなら、君らの再就職の口、どこかに当たってあげようか。ここだけの話、商都の奴らってやりにくいだろ? ひとを顎で使っといて、自分たちはふんぞり返っているんだもんな。気位ばっか高くてさ、ほんと、やんなっちゃうよな〜。君たちも、さんざん愚痴ってたもんねえ」
「「「 たたたたた助かるよ……(話を振るな〜!) 」」」
 背後にどす黒い気を感じ、ラルッカ隊は引きつり笑い。後で、とくと尋問まちがいなし。
 静かな政務所の廊下を歩いて、端の部屋の扉をあけて、ルパートはにっこり振り向いた。
「ちょっと、ここで待っててくれる?」
「「「 うん、待ってる 」」」
 つぶらな瞳で、三人はうなずく。もう、見逃してくれるんなら、なんでもいい。
 とんとん書類の束を均して、ルパートは手をあげ、ドアへと歩く。金のノブに手をかけて、ふと、一同を振り向いた。
「「「 ななななななななななにっ? 」」」
 ぎくり、とラルッカ隊はすくみあがる。もう、めちゃくちゃ後ろ暗い。
 ルパートは頬を掻き、気まずそうに笑った。
「悪いね。本当は、君らにこんなことしたくないんだけど。これも宮仕えの辛さでね。まあ、悪いようにはしないから、ちょっとだけ待っててよ」
 廊下に出て行くルパートに、三人は飛び切りの笑みで手を振った。
「「「 ああ、それは、もちろん── 」」」
 逃げる。
 
 
〜 絆について 〜
 
「……あの、僕と君とは友達だよね?」
「なに言ってるんだ、カルル。当たり前だろ?」
 キハケルトは足を止め、怪訝そうに首をかしげた。
 カルルはもじもじ口ごもる。
「あのさ……それで、あの〜……もしも──もしもだよ? もし、本当のこと言っても、僕のことを嫌いにならない?」
 きょとん、とキハケルトは突っ立っている。
 カルルは小さくなって、うなだれた。
「一体どうしたの。なんの話だい? カルル」
 カルルはぶんぶん首を振る。「う、ううん、いいんだ! なんでもないよ。き、君との絆を確認したかっただけっ!」
「……キズナ?」
 キハケルトは苦笑して、出て行きかけていたドアへと向かった。「なんだよ、いきなり。変な奴だなあ」
 じゃあ、僕は仕事に戻るね、と、手をあげ、廊下を去っていく。
 はあ〜……とカルルはうなだれた。だって、言えない。そんなこと。
 廊下で拾った君の身分証で、ディールの物品、さんざん横領しちゃいました、なんて。
 
 
 国境にて

「──おい。お前ら、ちょっと待て!」
 ぎくり、とラルッカ隊は震えあがった。
 カレリアの国境検問所。国境守備隊に呼び止められたのだ。
 制服の兵士が二人、険しい顔で、すぐさま近づく。
「どこへ行くんだ?」
「……あっ……え、ええっと! あのぉ〜……」
 前に出ようとするラルッカを押しこめ、三人はしどもど後ずさる。
 ずい、と守備隊が立ちはだかった。「国境は封鎖中だ。知っているだろ」
「ああああのっ! きゅっ、きゅっ、急な公務で、その──っ!」
「──公務? あんたら、役人か」
 三人はそれぞれ、ぶんぶん首を縦に振る。もがもがあがく白皙の上司を、ぎゅうぎゅう上から、ねじ伏せながら。
 守備隊は顔を見合わせた。
「まあ。確かに、公館の裏手から来たようだし」
 顎をなでて領邸をながめる。
 ラルッカ隊はわたわたたじろぎ、起きあがろうとする上司をねじ伏せ、その背に乗って手足を押さえ、憤怒の形相の口をふさいで、引きつり笑いで汗びっしょり。
「ああああのっ! ぼぼぼぼくたち! ほっ、ほっ、本当に公務でっ──!」
「行け」
 右の守備兵が顎をしゃくった。
「「「……え?」」」
「通っていい」
 ぴたり、と三人は押し黙り、互いの顔を見合わせた。
 上目使いで、守備兵をうかがう。「……あの〜……でも〜……?」
 左の守備兵が腕を組んだ。
「公務と言われちゃ、止める理由がないもんな」
 さっさと行けよ、と国境の橋を顎でさす。
 三人は顔を見合わせた。いいのか? こんなにバレバレなのに。
「そ、そう? なんか悪いな〜……」
 小首をかしげて引きつり笑い、そそくさ脇を通過する。何故にこれで騙されるのか、いっそ不思議なくらいだが、むろん、通っていいなら大歓迎。
 ついに怒り出した上司を引きずり、わたわた転げるようにして駆け去った。
 
 
 その背を見送る守備隊の兵士が、やれやれと肩をすくめた。
「──どうせ無害だよ、あいつら」
 右の兵士も、ぼそりと同意。「ああ。あんなへっぴり腰じゃ、できることなど何もないさ」
 二人はげんなり嘆息した。
(( そんな訳がねえだろうがよ ))
 あんな、いかにも怪しげな連中。「わたくし、怪しい者でござい」と顔にはっきり書いてある。
「──亡命かねえ、やっぱり」
 右の兵士が警棒で、とんとん自分の肩を叩いた。
「ラトキエの息がかりじゃ、もうカレリアにはいられないだろうさ」
 左の兵士も足を踏みかえ、無精ひげをもっそりさする。
 そして、それぞれ、あくびした。
「ま。達者で暮らせや」
 一目散に突き進む、ラルッカ隊はそれを知らない。
 何くわぬ顔の制服の背で、「バイバイ」と手が振られていたのを。
 
 
 

 お粗末さまでございました。  (*^o^*)
 
 
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