【 おまけSS.27 141219 】 『ディール急襲』第3部
おっかけ道中ひざくりげ
〜 副長とゆかいな仲間たち 〜
その6 の7──☆おしまい☆
前方の道に目をすえて、ラナは憤然と歩いていく。
「ちょ、ちょ──ちょっとちょっと! ラナさん」
その手に引っ張られて歩きつつ、セレスタンは困惑顔で声をかける。
「やりすぎだって。確かにさっきは "芝居して" とは言ったけどさ」
弱り果てて眉を下げ、肩越しに道を振りかえる。
予期せぬ剣幕に追うこともできず、ザイは呆然と立ち尽くしている。思考停止の顔つきで。
「許してやってよ。悪気はないんだ。わかりにくいとは思うけど、あいつ、あれで臆病だからさ。あ、けど、さっきのは、奴にしちゃ上出来だと思うよ?」
やきもき後ろを見ていると、ラナが急に足を止めた。
「凝らしめてやります」
危うく彼女にぶつかりそうになり、よそ見をしていたセレスタンは、小柄な彼女を抱える形で踏み止まった。
覆いかぶさった肩を戻して、懐の彼女に目線を下げる。「……なに。どういうこと?懲らしめるって」
ラナは後ろ手にして長身を仰ぎ、小首をかしげて悪戯っぽく笑う。
「だって、お返しはしなくっちゃ。寮で意地悪された分の。このままやられっ放しじゃ悔しいでしょう? だから、ちょっと──ね?」
「……あー」
あぜんとセレスタンは口をあけ、苦笑いして頬を掻いた。「色々事情があるわけね」
もう一度、道を振りかえる。ザイの姿は既にない。
「ザイさんが反省したら」
閑散とした昼さがりの町を、ラナは笑って見渡した。
「わたしが、彼を迎えに行きます」
まっすぐ伸びたラナの背が、昼さがりの道を去っていく。
先の酒場の方へと向かっているから、酔い潰れた妹を店に迎えに行くのだろう。
角を曲がった髪を見届け、セレスタンは笑って腰を伸ばした。
さばさば左手を振りかえる。
「ってさ。聞いたろ」
すっ、と男の人影が、街角の向こうから現れた。
ぶらぶら歩き出した編みあげ靴が、通りに歩み出、隣に並ぶ。
「なら、待つとしますかね」
彼女が消えた街角をながめて、ザイはやれやれと腕を組む。「機嫌を直して、迎えにきてくれるのを」
「だめじゃないの、女の子に意地悪しちゃ。頭(かしら)に知れたら大目玉だぞ」
「──大きなお世話だ」
顔をしかめたザイを見て、セレスタンは、くすりと苦笑う。「それにしても、傑作だったな」
「なにが」
「だって、お前の顔ったら。初めて見たよ、あんな顔。まさか、お前がびびるとはね」
「びびってねえ!」
「……ほら。いつもとは違うだろ? 何をそんなにオタついてんだか」
やれやれとセレスタンは肩をすくめる。「何はともあれ良かったじゃん。彼女の本心がわかってさ。合図を送った甲斐があったな」
とりあえず、ちょっと、ついてきて、と。
もっとも、そんな小細工せずとも、様子を見には来たろうが。彼女の態度は不自然だったし、ザイも簡単に引き下がるような性分ではない。そもそも、ザイが彼女から視線を外せるはずもない。
「しかし、天下の鎌風を引っかけるとはね」
セレスタンはくすくす笑い、先の街角を顎でさす。「いや、出し抜かれたのは俺の方も同じか。大人しそうな顔をして、やる時ゃやるねえ、お前の彼女は。度胸があるってのか思い切りがいいってのか。そういや姫さんが捕まった時、ラトキエの情報もってきたのも、あの彼女だったっけな」
「──危なっかしいったらねえ」
顔をしかめてザイはつぶやき、ふと、いぶかしげに眉をひそめた。
「それにしたって強気だな……」
釈然としない顔つきだ。何かが引っかかっているらしい。
セレスタンは身じろいで、苦笑ってザイに一瞥をくれた。
「お前も思い切ったもんだよな」
ザイは憮然と目をそらす。「盗み聞きしてんじゃねえよ、人の話を」
「で、つきそうなの? 都合の方は」
ザイの苦い仏頂面が、虚をつかれたように口をつぐんだ。
道の先を眺めやり、その横顔が眉をしかめる。
「──さあ、どうだか」
片がついたら迎えに行く、と彼女にはそう約束したが、それがしかと果たされるかどうか、雲行きははなはだ怪しい。
ザイは常日頃から、誰とも何も約束しない。破りたくない約束ならば、尚のこと。
傭兵団に身を置く以上、自分の明日の予定でさえも、我が意のままにはならないからだ。
トラビアの悶着が決着した後、部隊の行く先は分からない。運良く商都に留まればまだしも、待機中の西方の町から、そのまま国境を越えるかもしれない。いや、ウォードが問題を起こした今となっては、即時帰国の公算が大きい。
一たび隣国に引きあげれば、二度とこちらへは戻るまい。傭兵稼業の活動拠点は、紛争中の隣国であり、今回のカレリア遠征こそが異例中の異例なのだ。
ひっそりとひと気ない町並みを、ザイは無言で眺めている。
その横顔を見ていると、ザイは視線に気付いたようで、誤魔化すように頭を掻いた。
「──それにしても」と言葉を継いで、溜息まじりに振りかえる。
「念の入ったこったな」
非難がましい視線を向けられ、きょとん、とセレスタンは見返した。「なによ。俺が何かした?」
「与太者をけしかけたろうが」
辟易としたように嘆息し、ザイは鋭く目を向ける。「あの連中が悪乗りして、怪我でもさせたら、どうすんだ」
「手配した覚えはないけどな、まじで」
セレスタンは頬を掻いて首をかしげた。「あっちは普通にナンパじゃないの? あの娘、けっこうかわいいし」
「吐いたぜ、連中」
ザイが眉をしかめて一蹴した。「いつまでとぼけてんだ、このハゲが。小遣い握らせたろ "一芝居打て"ってよ」
「だから知らないって、そんなのは。絡まれてたから助けただけで。だって、素通りもできないでしょ、俺だって一応、顔見知りなわけだし。大体、何か仕込むにせよ、今どき使わないって、そんな古い手」
「何もねえなら、なんで吐くんだ連中が」
「さあ? そういう気分だったんじゃないの? ほら、なんとなくって奴」
「それにしちゃ応えが、いやに具体的だったがな」
セレスタンは肩をすくめる。「そんなこと、俺に言われても」
「──やっぱり、どうも妙だよな」
首をかしげて顎をなで、ザイは街路を振り向いた。
「一体、何がどうなってんだか」
木漏れ日ゆれる昼さがりの歩道を、ラナは一人で歩いていた。
裏口をあけた路地の地面に、影が濃く落ちている。まだ暑い盛りで、人通りはない。
「うまくいったろ?」
壁から、人影が歩み出た。
夏日にピアスをきらめかせ、短髪の男が片目をつぶる。「ハゲが割りこむとは、予定外だったがな」
にっこりラナは振り仰いだ。
「ええ、ザイさんのお父さま」
「お父さま、なんて言われると照れるな。──ま、男なんざ、いざとなると、てんで意気地がないからな」
「でも、あの、いつも、そうなんですか?」
「そうって何が?」
ちら、と上目使いでラナは見る。「いえ、あの、とても親切にして下さったから」
「あんたは特別。借りは、きちんと返さないとな」
きょとんと、ラナはまたたいた。「わたし、何かしたでしょうか」
「あんたは何も気にしなくていいさ。ちょっと俺がドジ踏んで、尻拭いしてもらっただけだから。それにしても」
一隊を預かる首長のバパは、快活に言い、苦笑する。「まったく、あんたには恐れ入ったよ」
「なんのお話です?」
「ザイに話しかけるのは、勇気がいったろ」
彼女と並んで歩きつつ、バパは笑って一瞥をくれる。「近寄りがたいもんな、あいつときたら。まして、あんたみたいな街のまともなお嬢さんじゃ。ちょっと前にも、うちで預かってた娘を、泣かしちまいやがってよ。あれにはほとほと手ぇ焼いて……」
青空を仰いでげんなりぼやき、「まあ、なんにせよ」と振り向いた。
「これで大人しく帰ってくれるな? あのお祭り騒ぎの妹と」
「ええ」
にっこり、ラナも笑みを向ける。「お陰さまで、すっきりしました。あ、でも、実は、さっき」
ふふっ、と後ろ手にして小さく笑い、晴れた夏空をさばさば仰いだ。
「彼に飛びつかないでいるの、苦労しちゃいました」
「……。そいつは何より」
引きつり笑いで、バパは応える。
(案外たくましいんだな……)と、舌を巻いて彼女を盗み見、笑って空を眺めやった。
「まあ、終わり良ければ、すべて良し、っていうからな」
もっとも、ザイが吊るしあげた与太者が数名、診療所送りにはなったようだが。
その頃ファレスは、最終手段に打って出ていた。
ぷい、とそっぽを向いたまま、馬たちは相変わらず知らんぷり。
「おい、馬公! いつまでも甘くみてると、こっちにだって考えがあるぞ!」
ぜーはーファレスは額をぬぐい、どっかりと動かない馬の尻をぺちりと叩く。
「よっく考えてから答えろよ? お前ら、馬刺しとサクラ鍋、どっちがいい?」
だらけて寝そべっていた馬たちが、んあ? と馬面を振りあげた。
ふふん、とファレスは、勝ち誇った笑みをめぐらせる。
「思い知ったか、馬畜生が!──そういや、」
ふと、上目使いで頬を掻いた。
「……どこへ隠すかな」
そう、こんな馬どものことよりも、ずっと大事なことがあるのだ。
そもそも馬を急きたてる理由、この旅の目的だ。いかにしてケネルを出し抜き、いかにして阿呆を隠すか、それがいっとう重要だ。
「──前に、温泉連れてけとか、やかましく言い張ってやがったな」
馬の腹に寄りかかり、つらつら潜伏場所を模索する。
「なら、ひとまず樹海にするか。そう簡単には踏みこめねえし、食いもんにも困らねえし。まあ、たらふく食わせて湯ん中浸けときゃ、あれも大人しくしてんだろ。さしあたり必要なのは、テントと寝袋とランタンと、菓子類は随時補充するとして──」
サバイバルな生活設計を、ぶつぶつ脳裏にめぐらせる。
ちなみに、相手の都合は気にしない。
お粗末さまでございました。 (*^o^*)
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