☆ X'mas お遊び企画 ☆
〜 とある副長のクリスマス 〜
2014
星々またたく公園のベンチに腰をかけ、ファレスは一人、喫煙していた。
ふぅ〜、と夜空に紫煙を吐く。飲みに行こうにも懐が寒い。
手ぶらだった。
買ってきた特大ケーキを、男児にやってしまったからだ。
男児は驚き、満面の笑みで礼を言った。そして、大喜びで帰って行った。とはいえ、ファレスはちっとも嬉しくなかった。ただ、ひどく虚しいだけだ。
凍てついた冬の夜空をながめやる。白い物がちらつき出したようだ。
夜の公園はしんとして、ぽつんと立った外灯だけが、弱い光を投げていた。いやに浮かれた歌声が、遠く商店街から聞こえてくる。
無人の公園の冷えたベンチで、ファレスは顔をしかめて煙草をふかす。
無骨な編み上げ靴の足元で、煙草の吸い殻がいやに白い。残りはあと何本だろう。暗い地面に散らばった吸い殻の数を目でかぞえ、
ふと、視線を振りあげた。
首に何か白っぽいものが、ふわり、と背後からまとわりついたのだ。
異変に、ぎくりと硬直し、あわててファレスは振りかえる。
「なんであんた、外になんかいんのよ」
どこかで見たような、ふくれっつら?
夜の暗がりから覗きこんだのは、あの見慣れた顔だった。
何かもたついた感じがし、首元に巻きついた"それ"を引っ張る。
黒のオカッパがにんまり笑った。
「はい、クリスマス・プレゼントぉ。もーこの寒いのに、なんで家にいないわけえ? おかげで散々探したじゃないまったくこの寒いのにぃ!」
巻きついた物の正体は、どうやら手編みのマフラーらしいが……
ファレスはのろのろ顔を見あげる。
「けど、できやしねえだろ、こんなの、お前に」
そう、編物をしているばーちゃんの横で、度々ばーちゃんにちょっかいかけては、毛糸に絡まっていたはずだ。
エレーンは腰に手を当てて「失礼しちゃうぅ!」とぶんむくれた。
「編み方、ばーちゃんに習ったもん。これは、ばーちゃんとあたしの二人から。もー。こんなの初めてで苦労しちゃった」
だが、編み目は売り物のように整っている。きちんと、美しく。端っこにくっついた、ぐしゃぐしゃなボンボンを除いては。
どうやら、本体はばーちゃん、ボンボンはエレーン作、ということらしい。
エレーンは得意げににまにま笑う。「ね。どお? ケネルとお揃いっ!」
「……俺はいい。要らねえ」
「えーっ!? ケネルとお揃いじゃ嫌ってこと? 今さらそんなこと言われてもぉ!」
「──そうじゃねえよっ!」
思わずイラッと言い返し、ファレスは苦い顔で目をそらした。「──悪りィ。俺の方は何もねえ。金も全部使っちまった。だから」
「はあ? あんた、なに言ってんの。あんたのは、もう、もらったし?」
ふと、ファレスは顔をあげた。「……あ?」
「だから "ノエル・ハウス"のケーキだってば!」
エレーンはわくわく手をくんで、瞳をきらきら輝かせる。両手で首にしがみついた。
「すんごい楽しみっ! あんな大っきいケーキ、あたし初めてっ! ぴんくのお花が五つもついてて!」
「……お、おう?」
ファレスはあいまいにうなずいた。確かにそれは、一度は買ったケーキのようだが。けれど、あれは子供にやった。だったら どうして家にある?
理由がさっぱり分からぬまま、されるがままに揺さぶられる。
嬉々としてはしゃぐ黒髪の背後の暗がりで、何やら白い物がちらついた。視線を移せば、ケネルの顔だ。薄暗い公園の出入り口で、自分の横を指さしている。
ばーちゃんがちんまり立っていた。小さく手を振り、笑って口ぱく。
(まかせといて)
「……あ?」
ファレスは首をかしげて固まった。合図を送られたようなのだが、事情が一向に分からない。そういや、あの時、雑踏で、ばーちゃんを見かけた気もするが──。
「さっ、帰ろっ! 風邪ひいちゃう!」
ぐい、と腕を引っ張られ、ファレスはベンチから立ちあがった。
前をあけたままの上着の中に、するり、と黒髪が滑りこむ。
「──あっ! てめっ! 何しやがる! 前あけたら寒みぃだろ!」
「あたしはあったかいもぉん?」
「……てめえ」
しっかと腹にしがみつき、エレーンは、なによ、と知らん顔。
出ろ! 嫌よ! ともみ合いながらも、ばーちゃん達が待っている出入り口へと歩き出す。
「──ぶえっくしょいっ!」
とたん、盛大なくしゃみが出た。
鼻をすすり、ファレスはぶるりと腕をさする。「──ち。寒みィな。それじゃ前が閉まんねえだろうが」
つむじを辟易と見やった眼(まなこ)を、ふと、ファレスはまたたかせる。
今まで気づきもしなかったのに。
なにか、じんわりと暖かい。
マフラーが巻きついた首元が。その端が垂れた胸元が。しがみついたぬくもりが。
自分が凍えていたことに、ファレスはようやく気がついた。
けれど、もう大丈夫。
だって、このマフラーがあるから。
しんしん雪が降り積もる、聖なる奇跡のクリスマスの夜に。
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