☆ X'mas お遊び企画 ☆
〜 とある副長のクリスマス 〜
2014
「総長! クリスマスったら、これですぜ!」
右目の周りを青くした、どこか童顔のニキビ面が、大きな紙袋から"それ"を出し、へらへら媚び笑いでさし出した。
「てめえ、ニキビ。ひとを勝手に、てめえらの指揮官に祭りあげてんじゃねえぞコラ」
半眼でファレスはそれを受けとり、だが、怪訝な顔で上下左右に引っくり返す。
「……なんでえ、これは」
どこかで見たような大きな布きれ。白い縁どりの赤いコートと赤い帽子──と、白いヒゲとくるくるのカツラ?
「いやだなあ、総……兄貴っ! "なんだこれは"って、サンタの衣装すよぉ〜!」
ニキビ面の青タンは、にぎにぎ揉み手で媚び笑い。
今日の「さぶ」の店内には、黒の革ジャンの若者たちが、せっせせっせと卓をふき、へこへこ客に愛想笑いで、食い終わった丼を下げている。いずれも十代の若者で、どの顔にも青タンとタンコブ。
昨夜バイクで押し寄せた、例の一団なのであった。もう営業妨害をせぬようにファレスがとくと(多少腕に物を言わせて)言い聞かせた成果(=末路)がこれだ。彼らは棍棒を構えていたし、使い慣れた刃物の使用はこちら側では厳禁だったが、ファレスはあいにく格闘も得意……。
そうして一夜があけた翌日、"総長" "兄貴"と奉られ 組織の配下の子分までもが、こうしてご機嫌伺いに参上する始末。もっとも当のファレスには、承諾した覚えも免許もないが。
ちなみに、ヘイコラうつろくニキビ面は、昨夜アタマを張っていた黒サングラスの"総長"である。サングラスを外したら、あんがい童顔だった模様。
とかような次第で、彼らはただ今、ぱらりらぱらりらご近所に騒音まき散らし、これまで営業妨害した分の埋め合わせをきっちりすべく、社会奉仕活動に従事中。もちろん無償で。
白い前かけの大将は、奥の席で、寡黙に新聞を広げている。店が急に騒がしくなったが、我関せずの面持ちで。
赤と白の衣装をながめ、ファレスは顔をしかめてニキビを見やる。「これを俺に着ろってか? この真っかっかを大の男が?」
ニキビは大きくうなずいた。
「こいつを着て行きゃ、バッチリ盛り上がること請け合いですって!」
「……ふーん? そーゆーもんか」
ファレスは立てた人さし指で、白いカツラをくるくる回す。まあ、そっちはケネルに任せるか、と上目使いでつらつら思案。
ともあれ、目下、懸案事項は、アホウにやる"ぷれぜんと" どうせやるなら喜びそうな物がいい。
「……アホウが喜びそうな物、か」
肉、寿司、らーめん、籠いっぱいのチェリートマト、最近はみかんも大好きだ──と上目使いの天井に、己の好みをつらつら描く。
いや、ブツの目星はついている。
晩飯後にぬくぬくコタツで、五個目のみかんを食ってた時に、あのアホウがうきゃきゃと笑ってばーちゃんに話していたのを漏れ聞いたからだ。
『 "ノエル・ハウス"のあのケーキ、すんごくすんごく大っきかったよねっ! 』
あんなの一回食べてみたぁいっ!
いや、聞こえよがしな音量とチラ見は、一見ばーちゃんに話しかけているように見せて(あたし、あれ欲しいからっ!)と圧力をかけてきたに違いない。つまりは催促。
ちなみに、その特大ケーキとやらは、ばーちゃんと夕飯の買い物に出た際、町で見かけたものらしい。あのアホウはばーちゃんに朝から晩までべったりだから──
「おう、そこ!」
ぎろり、とファレスは振りかえる。
「いつまでだらだらぶっ座ってやがる! 食ったら皿くれえ、てめえでさげろや!」
「……た、ただいまっ!」
寛いでいた革ジャンたちがあたふた席から立ちあがり、大将のいる厨房へ、わたわたすっ飛んでかけていく。無愛想な大将に、へらへら皿を差し出して、頭を掻いてぺこぺこぺこぺこ──
「たく。ガキの躾けがなってねえ」
ファレスは舌打ちでカツラに戻る。
どうせ食うなら、甘ったるいケーキより、肉のてんこ盛りなんかの方が好みだが、"くりすます"という時節柄、ここはやはりケーキが妥当か。あのアホウも好物だ。
ならば決まった。獲得目標 "ノエル・ハウス"の特大ケーキ!
問題は資金だ。
特大だけあり、ケーキ一つで五千円近くもすると言う。食い物一つに馬鹿みたいな高値だ。
引きかえこっちの懐具合は、折悪しくすっからかん。ちょうど生活費を渡した後なのだ。それも給料の前借りで。単価の安い場末の店柄、これ以上の前借は憚られる。あちこち未修繕の古びた外観を見るまでもなく、店の経営だって楽ではないのだ。とはいえ、財布に残った小遣いも、買い食いなんかであらかた消費。どうやって資金を工面するか──。
調達方法を思案しつつも、ファレスはてきぱき働いた。
定食屋のお運びなどは、本職の傭兵に比べれば、まるで子供のお遊びだ。勤務時間は区切られているし(←傭兵の場合「生活」は仕事の中に含まれている)怪我もなければ潜伏もない。まして命の危険もない。ぬくぬく暖かい店内で、おっさん(=客)に対処するだけだ。ちなみに実は几帳面な性格。物事が滞るのは我慢がならない質である。たとえバイトの作業でも。
せっせ、せっせとファレスは働く。厨房に戻って皿を洗い、客の注文を大将に伝え、食い終わった後の卓をふき──
「ほれ」
ある日、店が引けた頃、店主が封筒をさし出した。
「……あ?」
怪訝に受けとり、中を覗けば、そこには一枚の──
「五千、えん?」
確かこれは高額紙幣ではないのか?
これなら好物の駄菓子が買い放題──いやいや、金などもらう理由がない。次の給料日はまだ先だ。
大将は渡すだけ渡してしまうと、奥の卓へとぶらぶら戻り、ふい、と新聞に目を戻した。寡黙ゆえ必要な説明も省きがちだが、つまりは「やる」ということらしい。
「……お、おう。なら、ありがたく、もらっとくぜ」
ファレスはもそもそ懐にしまった。封筒の表に、立派な墨字で「大入」と書いてあるから、臨時の小遣いということらしい。働き者として重宝したのか、常連急増の功績ゆえか。
ともあれ店が引けるのを待ち、いそいそ外へと飛び出した。
「よっしゃ。こんだけありゃあ十分だな」
実は密かに、次に金を手に入れたらば「ひーとてっく」という奴を買ってやろうと思っていたが、全部つぎこむ所存である。
かの"ノエル・ハウス"の特大ケーキに!
町中にあるかの店へ、鼻水すすって鼻歌で向かう。近頃アホウは、いやにツンケンしていたが、これで機嫌も直すはず。
「……お?」
三丁目児童公園にさしかかったところで、ファレスは怪訝に足を止めた。
「なんだ、万引き小僧じゃねえか」
悪ガキの苛めにあっていた、あの時の男児だ。ケネルのバイト先のスーパーで、万引きをして捕まった──。
夜更けの暗い公園で、一人でブランコに座っている。もう八時も過ぎているのに。
しょげた様子をいぶかしく思い、ファレスはぶらぶら足を向ける。
「おう、どうした。負けたか?」
悪ガキの親玉に立ち向かえ、と先日助言をしたはずだ。
男児は力なく首を振った。「……ぼく、勝ったよ」
勇気を奮い起こして頭突きで突進、悪ガキを泣かしたとのことだった。以来、苛めもなくなったらしい。
「へえ。そいつは良かったじゃねえかよ。やりゃあ、できんだろ、お前にも。けど、だったらなんで、べそかいてんだ」
「だって、今年は」
男児はうつむいて目元をぬぐい、蚊の鳴くような震え声で応えた。「……今年は、ないんだ、クリスマス」
「あ?」
「お金、ないからって、父さんが──去年は、ぴかぴかのツリー飾って……プレゼントもらって、ケーキもチキンもあったのに……」
「──お前な」
ファレスは呆れ顔で嘆息した。「親父も仕事を探してんだろ。飲んだくれてるわけでもなし」
「そうだけど。でも──ぼくん家、ケーキもないんだよ?」
「ケーキがねえから、なんだってんだ」
ぐすぐす泣き出した男児のつむじを、ファレスは辟易として眺めやる。「なに甘ったれたこと、ぬかしていやがる。皆殺しにあったわけじゃなし」
なんだ、くだらねえ、と背を向ける。公園の出入り口にぶらぶら向かい、
眉をしかめて足を止めた。
懐に意識がいったのだ。元より入る予定のなかった、あぶく銭が今はある。
舌打ちして踏み出した。
「ま、そういう話はよくあるこった。とっとと帰れよ、自分ん家に」
暗がりでブランコにうずくまる、男児をひとり公園に残して、ファレスは振りかえることなく歩道へ出た。
「──たく。なあにがケーキだ」
外灯の商店街から町へと入り、例の店へとぶらぷら向かう。
「スネかじりの分際で、死にそうな面しやがって。食うに困る奴だっていんのによ」
同情していては、きりがない。
世の中は弱肉強食だ。不景気のあおりを食ったのは、何もあの子供だけではあるまい。
「他人のガキまで知ったことかよ」
金銀モールがきらきら渡され、町はすっかりお祭ムードだ。
どこもかしこも華やかな電飾で飾りつけられている。空には星がまたたいているが、明るい町には人の出も多い。賑わうざわめきに、紛れて歩く。
ふと、ファレスは足を止めた。
「……ばーちゃん?」
年の瀬で浮き立つ雑踏に、ばーちゃんの顔を見た気がする。
だが、似たような背格好が多すぎて、しかと本人と特定できない。
小柄なその背が、見る間に人波に埋もれていく。見失ったまま、その場に突っ立ち、だが「まあ、いいか」と踵を返した。
家に帰れば、どうせ会うのだ。その時に訊いてみればいい。今はそんなことよりも、
「おう、ねえちゃん! それくれ! それ!」
四角い紙箱を積みあげた店頭ショーウインドーに腕を置き、ファレスは上機嫌でそれをさした。軒の赤い日除けには"ノエル・ハウス"の白い文字。
「赤い花が五個ついた、こん中で一番でっかいヤツなっ!」
満面の笑みで指さしたのは、アホウ所望の特大ケーキ。この時期にぴったり、食い物の中でも見栄えがする。
そして、金なら十分ある。
ガラリ、と玄関の戸を引いて、ファレスはばーちゃんの家の敷居をまたいだ。
上がり框に腰かけて、編み挙げ靴の靴紐をゆるめ──
ふと、人の声に目をあげた。
廊下の先の、明るい台所の片隅だ。
そこに、向かい合う人影があった。背の高い一人はケネル、もう一人はエレーンだ。茶色い紙袋をケネルが渡し、エレーンが満面の笑みで別の袋を渡している。それと交換するように。
舌打ちでファレスは目をそらし、脱ぎかけた靴を履きなおす。
クリスマス飾りの玄関を、ふい、と外へ出ていった。
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