☆ X'mas お遊び企画 ☆
〜 とある副長のクリスマス 〜
2014
「──あっ。今のうち!」
エレーンがあたふたコタツを出、どたばた廊下へ駆け出した。
番組がコマーシャルに入った隙に、トイレへダッシュしたらしい。
ばーちゃんは微笑んでその背を見送り、それで、とファレスを振りかえる。「ファレスは何が欲しいんだい?」
「……俺か?」
ファレスは虚をつかれて訊き返す。こんなふうにばーちゃんは、何かというと子供扱いするが、確かに何を言われても仕方がない年輩だ。
「別に何も要らねえよ。食いもんも寝床も間に合ってる。他に何が要るってんだ? ああ、けど──」
エレーンが消えた戸口に目をやる。
「けど、あいつが欲しがるなら、人並みのものは与えてやりてえ」
テレビからの笑い声が賑わしい。番組を提供する企業の宣伝に切り替わると、なぜか一段、音量があがる。
視線を感じ、ふと、ファレスは我に返った。ばーちゃんがにこにこ微笑んで見ている。
「──あ、いや、肩身の狭い思いをしなくて済むだろ?」
「あるんだねえ。あんたには」
肩身の狭い思いをしたことが。
つかの間、ファレスは口を閉じた。
不意に去来した思い出の苦さに、塗り壁の染みに目を凝らす。
「──ガキのころ」
眉をしかめて、吐き捨てた。
「親がいないも同然だったからな、俺は」
そうかい、とばーちゃんは困ったように微笑んだ。
「じゃあ、なおのこと大事なんだね、あの子のことが」
「おう。大事だ」
きっぱり、ファレスは即答した。
「あれの代わりはいねえからな。いねえと、怪我の治りが遅せえしよ」
「……怪我?」とばーちゃんは首をかしげる。話がうまく結びつかないようだ。
ようやく、あいまいに苦笑を浮かべた。「仲がいいんだね、あんた達は」
「アホウときたら、一人じゃ何もできねえからな」
つくづくファレスは嘆息する。「俺が付いていねえとよ、アホウが一人になっちまうし……」
ふと気づいて瞬きし、あわててばーちゃんに振り向いた。「あ、ああ、俺にはばーちゃんも大事だぜ? 前にコイツもらったしよ」
首からかけた紐をたぐって、ファレスはごそごそ"それ"を取り出す。「こいつ、中々按配がよくてよ、たまに、ぽわんって、あったかくなんだよ」
「……あったかく? それはカイロじゃないんだけどねえ……」
裏山の神社のお守りである。
「で、ばーちゃんは何がいいんだ? ぷれぜんと」
「あたしのことはいいんだよ。あんた達がこうして一緒に、うちにいてくれるだけで十分さ」
出稼ぎに行った孫の太郎は、仕事が多忙で正月まで帰れないのだという。
「……そうか?」
ファレスは素直に引き下がった。
「それで、ケネルには何をやるんだい?」
「なんで俺が、大の男に物をやらなきゃなんねえんだ?」
きょとん、とファレスはばーちゃんを見る。
「てめえで調達できんだろ?」
ふとんを出て居間に行くと、部屋はストーブで暖まり、テレビの画面はNHKニュースを映していた。
コタツには、朝食の支度が人数分ととのい、味噌汁から湯気があがっている。畳の隅には、籠に入った編みかけの毛糸。
早朝、皆が起き出す前から、ばーちゃんはとんとん漬け物を刻み、飯の支度を台所でしている。あのエレーンは言うまでもなく、普段は早起きなケネルもファレスも、戦も夜襲も刺客もない、ぬくぬく温かなばーちゃん家では、すっかりぐーたら朝寝坊。
廊下をよぎったパジャマ姿に、ファレスはあくび混じりで目を向けた。
「起きたか、アホウ。おめえ、なんか欲しい(もんはねえか──)」
つん、と彼女がそっぽを向いた。すたすた廊下を歩いていく。
ファレスは片手を上げたまま、ひくり、と畳で固まった。なぜか近頃ぞんざいなのだ。態度がいやによそよそしいというか。
また腹を立てているらしい、とファレスはつらつら見当をつける。
だが、今度は何をしたのかと直近の行動を洗ってみるが、やはり、とんと覚えがない。
心当たりがあるとすれば、アレくらいのものだ。菓子を買いに行ったコンビニで、レジの姉ちゃんを持ち帰ろうとした際、後ろから頭を引っ叩かれた。
だが、あれはどう見ても、姉ちゃんの方から誘ってきたのだ。姉ちゃんが手を宛がってきたから引っぱりこんだ何が悪い。なぜか手の中には釣り銭があったが。
「ほれ。あがったよ」
どん、と「さぶ」の大将が、ほかほかの膳をカウンターに置く。
「おう」とファレスはそれを受け取り、注文の卓へと持っていく。
「レバニラ定食、お待ち」
頑固一徹の大将は、今日も「ほれ」と「あがったよ」と、時おり混ぜるアイ・コンタクトのみで、つつがなく業務を遂行している。
そして、時計の針はぐるぐる周り、今日も閉店時間が近づいた。
「おう、大将。客も引いたし、そろそろ閉めるか」
奥の店主に声をかけ、軒下に吊るした暖簾をしまいに、がらり、とファレスは引き戸をあける。あと十五分で閉店だ。
突如やかましい爆音が、静かな夜気をつんざいた。
降ってわいたやかましさに、ファレスは下ろした暖簾を手にしたままで、怪訝に舗道を振りかえる。
あまりのまぶしさに目をすがめ、目を凝らして向かいを見ると、幾つものライトを向けられていた。
ぱらりらぱらりら甲高くもけたたましい金属音。
そして、バイクの威嚇するような排気音。所々でなびく旗には「夜露死苦」などと奇妙な呪文が書いてある。
ライトの先に目を凝らすと、長い棒を持った面々が、くちゃくちゃガムを噛みながら、胡乱に眼(まなこ)をすがめていた。いずれも黒の革ジャン姿、額にハチマチ。細く剃った上がり眉。
「生意気な新入りってのは、あんた?」
喉を潰したような嗄れた声。先頭のバイクにまたがった男が、黒いサングラスの向こうから、じっと睨みつけている。あのピカピカ光る髪型は、リーゼントという奴か。周囲が
"総長" と呼んでいるから、この集団のボスらしい。
そろいの革ジャンの取り巻きは、バイクのハンドルに腕を置き、にやにや笑って眺めている。
ファレスは手にした暖簾を見、騒がしい集団に目を戻した。「客か? 食うなら、さっさと店に入れよ」
「誰が食うかよ、こんな小汚ねえ店で」
ボスが嘲笑って吐き捨てた。取り巻きたちもゲラゲラ笑う。
「あ? 客じゃねえなら、とっとと帰れ」
「こっちはあんたに用がある。ちょっとそこまでツラ貸せや」
「──又かよ」
ファレスはうんざりと顔をしかめた。
「ちっと待ってろ」
大切な手つきで暖簾をしまい、そうっと店内の卓に置く。これはあの大将が大事にしている暖簾なのだ。
店をつっきり、厨房の奥で片付けをしている大将へと声をかけた。
「暖簾、ここに置いとくぞ。今日はこれであがるからよ」
壁の釘から上着を取って、はおりながら出口に向かう。
店の引き戸をがらがら閉じた。ぴったりと慎重に、大将のいる店を封鎖して、ファレスは面々に振りかえる。「たく。営業妨害してんじゃねえぞコラ」
「ちょっと来いやァ!」
待ちかねたような怒鳴り声が、まぶしい包囲の方々から飛んだ。
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