【ディール急襲】thanks-SS


☆ X'mas お遊び企画 ☆
〜 とある副長のクリスマス 〜
2014


☆ 去年のクリスマス ☆

 
 遅めの昼食をようやく済ませ、腹ごなしに町をぶらついていたファレスは、スーパーの店先を歩いていく制服のその背に声をかけた。
「よう、何かついでんだ」
 冬日のあたる商店街の歩道で、ケネルが足を止めて振り向いた。
 黒いベルトで胴を締めた、紺の制服のその肩で、足がばたばた足掻いている。
「なんでえ、こいつは」
「万引き犯だ」
「──まんびき? ああ、かっぱらいかよ」
 綿のズボンの細い足。脱げかけたズックは男児のものだ。商品を盗み、逃走したところを、ケネルが店先で捕まえたのだという。
 ファレスはケネルの背中側にまわり、うつぶせた横顔をじろじろ見る。茶色がかった細い髪。ほんのり赤い、ふっくらした頬。まだ十歳にも満たない幼い顔が、顔をしかめて目をそらす。
「なんだ。ずいぶん気が弱ええな」
 ファレスは拍子抜けしてまたたいた。
「どんなふてえガキかと思えば。こんなんで盗みを働く度胸なんかあるのかよ。で、こいつ、これから、どうすんだ」
「身柄を店主に引き渡す。それが俺の仕事だからな」
 そう、ケネルはただ今バイト中──スーパーの警備員さんなんである。
 白菜、ピーマン、にんじん、ごぼう、生鮮野菜を押し並べた色鮮やかな店先を、ファレスはあくび混じりにながめやる。
「まあ、精々がんばれや」
 弱い冬日に照らされた昼の歩道を歩き出す。
 そう、又も「こっち」にいるんである。
 事の起こりは、アレだった。お日様さんさん降りそそぐ昼の野辺を歩いていたら、チリ、とあの札・・・熱くなった・・・・・──
 と思ったら、いやにキラキラ華やかな「年の瀬の町」にいたんである。
 むろん、誰の仕業かわかっている。
「──またかよ。さんたくろーすのジジイの野郎〜っ!」
 と舌打ちでぼやく暇もなく、ぼわわん、とケネルが出現した。そして、例によってエレーンも。
「アレだな」
「アレだ」
「うん。アレよね」
 と、互いに状況を確認するも束の間、町の景色が一変した。
 見慣れた垣根が、目の前にあった。
 手入れされた緑の生垣。石柱の門構えと、古びた木造二階建て。縁側のある小さな庭で、柿がいくつか鮮やかな赤い実をつけている。
 垣根から庭を覗くと、南の縁側の陽だまりで、ばーちゃんが新聞を広げていた。かたわらの籠には、編みかけの毛糸。
 ぼけっと突っ立った一同に気づいて、かがんだ小さな背を起こし、丸い眼鏡をかけ直し、
「おやまあ。お帰り、あんたたち」
 とたん、隣のエレーンが、そそくさ空口笛で目をそらした。
 どうやら、今の瞬間移動は、すっとこどっこいの仕業らしい。ちらっと思い浮かべたらしいのだ。(ばーちゃん、元気にしてるかなあ?)などと。
 よりにもよって、こんな時に。
 だが、この時にはまだ、余裕があった。ケネルの分・・・・・が残っていたからだ。ケネルが「帰還」を希望すれば、苦もなく向こうに帰ることができる。
 とはいえこいつは、望みが叶う貴重な機会をフイにするようなおとぼけタヌキ。
「あっ!──てめっ! 不用意に口をひらくんじゃねえっ!」
 だが、あわてて飛びかかった時には遅かった。
 どろん、と一瞬であの猫・・・が、ケネルの手にのっていた。
 前にも一緒だった三毛猫ミケ。そう、すっとぼけたうっかりタヌキは、又も不用意に呟きやがったのだ。薄日の冬空を眺めやり、ぼそりと一言「……寒いな」と。
 首謀者「さんたくろーす」の白ひげに文句の一つも言ってやりたかったが、これが二度目の召喚だからか、横着して顔さえ見せない。
 ばーちゃんがにっこり笑い、新聞をたたんで手招きした。「さあ、早く中へお入り」
「たっだいま、ばーちゃん!」
 エレーンは直ちに満面の笑みで、ばーちゃんの家にとっととあがった。
「おなかすいたあ〜!」
 顔を見合わせ、二人もすたすたその後に続く。
 ちなみに渡来こちらは二回目なので、諸々さすがに順応した。
 
「おう。大将、戻ったぜ」
 年季の入った暖簾のれんをくぐり、コンクリート打ちっぱなしの灰色の床を、ファレスはつかつか厨房へ進む。四角い卓に、簡素な丸椅子。壁に張り出された手書きの品書き。暖簾の屋号は「定食屋さぶ」──町外れの薄汚れた飲食店だ。
 休憩中の店の奥で、白髪まじりの角刈りが、ちら、と紙面から目を向けた。白い上っ張りに白い前掛け。奥の座席で足を組み、くわえ煙草で今朝の新聞を広げている。
 声をかけたが、目を向けただけで返事はない。この朴訥な店主が口にする言葉といえば「……ほれ」もしくは「ほれ。あがったよ」これくらいが精々だ。
 ファレスは生活費を稼ぐべく、ここでバイトをしてるんである。昼飯時の少し前、午前十一時には出勤し、店じまいは午後八時。
 初めは以前のバイト先「かるがもラーメン」を訪ねたが、今回はあいにく店の人手は足りているとのことで、こちらを紹介されたのだ。店主の老父が経営する、この場末の定食屋を。
 ちなみに前回、店の賄いを堪能し、すっかり味をしめたファレスにとって、賄い付きの定食屋のバイトは、願ったり叶ったりの勤め先だ。なにせ定食屋は品数が豊富。ちなみに好物はカツ丼である。
 そして、ケネルがいたスーパーは、実はこの店の仕入先。そう、ケネルのバイトは、ここの大将の伝なんである。ばーちゃんが元気だったため、今回はケネルも日雇い仕事で生活費を稼いでいる。
 ちなみにケネルは、店主の奥さんに気に入られ、やっぱりおいしい目をみているらしい。その上、常連客によるファンクラブまでもが、早速、結成された模様。
 
「ほれ。あがったよ」
 どん、と厨房の大将が、ほかほかのカツ丼をカウンターに置く。
 ファレスは「おう」とそれを受けとり、注文した卓へと持っていく。
「へい。カツ丼、お待ち」
 膳を置きざま、ぎろり、と隅の卓に振り向いた。
「おう、そこの奴、ちょっと来い。──会計まだだろ! 帰んじゃねえっ!」
 定食屋「さぶ」は場末の古い飲食店ゆえ、客層は肉体労働の男たちが主流だ。
 そうした客の大半は気のいいおっさんであるのだが、中にはツケで飲み食いする質の悪い輩もいる。その上、いつまでも代金を払わない。そうした身勝手な輩には、大将も手を焼いていたのだが、齢六十を超えた身で、働き盛りの荒くれ者に太刀打ちできるものでもなかった。
 だが、事情は一変した。
 焦げ付きかけた長年のツケを、ファレスはただちに回収し、店の経営は正常化。今では皆大人しく、いつもニコニコ現金払い。泥酔して乱入し、暴れるような輩も消滅。むろん、傭兵稼業で鍛えた腕に物を言わせたわけではない。そう、どれほど客が気に食わなくとも、物陰に引っぱりこんでシメたり焼きを入れたりはナシだ。コチラ側の住人は、なぜか基本丸腰で、暴力沙汰はご法度なのだ。
 もっとも、荒っぽい真似などするまでもなかった。
 ファレスの眼光鋭い一瞥で、一人残らず震えあがったからだ(←睨めっこは超得意)
 
 
 今日も仕事を八時であがり、暖簾をしまって店を出た。
 外灯ともる商店街を抜け、三丁目児童公園にさしかかる。
 ふと、ファレスは足を止めた。乏しい公園の灯かりの下、薄暗い砂場の片隅に、子供が数人集まっている。甲高く幼い刺々しい声。攻撃的な責めなじる声。放り出した揃いの鞄は、習い事の帰りのようだが。
「──何してんだ。喧嘩か?」
 三人の男児が取り囲む中、一人がうずくまっているようだった。頭をかかえてしゃがみこんでいるのは、オーバーを着こんだ男児らしい。三人のうち一際ガタイのいい年長が、ズックの足を振りあげる。
「おう。待てやコラ」
 むんず、と襟首引っつかみ、ぽい、とファレスは放り投げた。
「何やってんだ。こんなチビに寄ってたかって」
「──やべえ! 逃げろ!」
 ぎょっと振り向いた子供らが、素早く散り散りに駆け出した。
 あっという間に、クモの子散らしたように掻き消える。
 やれやれとファレスはそれを見送り、うずくまった子供に振りかえる。
 あ? と停止し、見返した。
「──お前、見た顔だな」
 どこで見たか、と首をかしげ、ああ、と誰だか思い出す。
「ケネルんとこの万引き小僧か。なんで奴らに囲まれてんだ?」
 男児は口を尖らせてうなだれた。「……ぼく……とって、こられなかったから」
「あ? 何を」
 たどたどしく男児が言うには、さっき逃げた三人はこの付近の悪ガキで、最近よく苛められるのだという。原因は、近頃リストラにあった父親のことで、しょっちゅう「貧乏人」とからかわれているらしい。そして、今日も三人に「スーパーで万引きしてこい」と命じられた。
「あー。それで」
 昼にケネルが捕まえた、あの万引きの一件だ。それが失敗して責められたらしい。
 事情を合点し、ファレスはきょとんと男児を見返す。
「嫌なら、やり返しゃいいじゃねえかよ」
「……だって」
 男児は小さくなって、うつむいた。「だって、恐いよ。あいつら、強いもん」
 確かに、親分格は体格がいい。
「だからってよ」
 ファレスは呆れ顔で嘆息した。
「反撃しなけりゃ、このままだぞ。反撃しねえから舐められるんだ」
「けど、あいつら、三人もいるし」
「一番でかい親玉だけでいい。一人だけなら、何とかなんだろ」
「……けど」
 男児はもじもじうつむいて、途切れ途切れにやっと言う。「けど、ぼくが……ぼくがあいつに勝てるわけないよ」
「なら、好きにしろ」
 ファレスはうんざり顔をしかめて、男児に背を向け、歩き出した。
「世の中は弱肉強食だ。てめえも男の端くれなら、身の振り方はてめえで決めろ」
 
 引き戸を開けて玄関を入ると、白いユリの大きな花瓶、ハチミツ色の短い廊下が、住居の奥へと伸びている。
 一畳分も広さのある黒光りするタタキで靴を脱ぎ、片隅のスリッパに履きかえる。
 ひんやりとした玄関脇に、こぢんまりとした仏間があり、次の間がコタツのある広い居間、ここは廊下のつき辺りの台所とつながっている。階段を上がって二階には、孫の太郎が暮らした部屋と、何もない六畳間、そして日当たりのいい物干しがある。
 建物の出入り口はすべて引き戸で、ノブのついたドアはない。もっとも外に面した窓はすべて、鍵のかかるサッシに付け替えてあるが。
 掃除の行き届いた小奇麗な住居だ。どの部屋にも無駄なものは出しておらず、塵ひとつ落ちていない。
「あ? くりすます・ぷれぜんと?」
 コタツで三個目のみかんを剥きながら、ファレスはもぐもぐばーちゃんを見た。
 なんでも、ばーちゃんの話によれば、こちらには暮れの特定の日に「親しい相手と物品を交換する風習」があるのだという。
 コタツの四辺の右側で、ケネルは腹にミケを乗せ、くーかー大の字で眠っている。コタツの向かいのエレーンは、頬杖ついた腹ばいで、引っかかえた煎餅せんべいバリバリかじり、テレビにかぶりついている。
 番茶をすする左のばーちゃんに目を戻す。「で、どんな物をやったらいいんだ?」
「そりゃあ、本人に訊かないと」
「──それもそうか」
 ファレスは向かいに目を向けた。「アホウ、おめえは何が(いい──)」
「しっ!」
 ぎろり、と即行すごまれた。
 かつてないほど険しい形相。
(今、声かけないでよっ! 空気よみなさいよ空気っ!)
「お、おう……」
 ファレスはすごすご引き下がった。
 メロドラマが佳境である。
 
 

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