おまけSS .3-2,01 160131 】 『ディール急襲』第3部2章
 

おっかけ道中ひざくりげ2

 〜 副 長 編 〜

 その1
 
 ──うぐぐ、とうなって目が覚めた。
 どこか薄暗い西向きの部屋。
 見覚えがある。ゆうべ泊まった寝台の上だ。
(なんで、こんな所に?)と首をひねって、ファレスは寝床から肩を起こす。
 むぐぅ……とうなって、突っ伏した。
 ぐわん、と巨大な鉄鍋で、横殴りにぶん殴られたような猛烈な衝撃──。
「……な、なんだ?……この、息苦しさは……?」
 思わぬ事態に、疑問いっぱいで顔をゆがめる。上から下から、ぎゅうぎゅう容赦なく押しつぶされるようなこの重圧……?
 両手で顔を挟まれて、ぐにゃぐにゃにされているようだった。いや、顔だけじゃない全身だ。横から小突かれ、上からぺちゃこに押しつぶされ、伸ばされ、ねじられ、踏んづけられて、ぐるぐる振り回されているような。巨大なうねりにぶち込まれ、もまれ続けているような──
「ああ、起きたかい?」
 のんきな声に目をやれば、女がひとり、部屋に入ってきたところだった。
 戸口を全面ふさいでいたのは、何の悩みもなさげな中年の女。血色のいい福々しい顔。でっぷりと肉の乗った腰まわり。確かあれは、この宿の女将おかみだ。女将はつくづく顔を見て、呆れ顔で嘆息した。
「そんな体で出歩くんじゃないよ。肉屋が気づいて担ぎこんでくれたからいいようなものの──。お連れさんが戻るまで、ここで大人しく寝ておいで。怪我してんだろ?」
「──よけいなお世話だ。急いでんだよ!」
 苛々ファレスは肘をつき、覚束ない足を板床に下ろす。
 はたと気づいて、首をかしげた。
 どうも、いつもと勝手が違う。何やら、やたらと体が軽い。なぜだか足首がすーすーする……?
 しばし硬直、そろりと目線を足元におろす。
 ぎょっ、と瞠目、飛びすさった。
「なんだ! このピラピラは!?」
 ふんわり膝をおおう白い生地。
 ふんだんにとられたなめらかなヒダ。裾にあしらわれたピンクのリボンが愛くるしい。そして、裾から覗くすね毛の足。
 あまりの事態に思考が停止、絶句でわなわな打ち震える。そう、阿呆が着ていたあの代物、巷でネグリジェと呼ばれる代物ではないか。ちなみに娼家でも、わりと見る。
「……なんで……俺が……こんなもん……?」
 面倒そうに顔をしかめて、女将がぶっとい腕を組んだ。「あたしのだけど、小さかないだろ? 男にしちゃ、あんた細いし──」
「そういうことを言ってんじゃねえっっ!? 俺の服は! どこやりやがった!」
「やかましくピーピーわめきなさんな。服なら、あるだろ、ほれ、そこに」
 女将が事もなげに窓をさした。
 なんで窓だよ、と胡乱に見やれば、開け放ったガラス戸の向こうに、緑おいしげる裏庭の物干し。竿に吊るされたシャツとズボンが、天日に水滴をしたたらせている。見覚えのある己の服が
 愕然とぶっ飛んだ意識を戻し、ファレスは顔をゆがめて拳を握った。「……よっ、よっ、余計な真似を!?」
「あんなにほこりまみれになるまで着るもんじゃないよ。傷んで着られなくなるじゃないか」
「水びたしだって同じだろうがよ! どうしてくれんだクソばばあ!」
「こら。なんて口の悪い子だい」
 むぎゅっ、と女将が、すばやく両頬をつねりあげた。
 ファレスは驚愕、目を剥いて、じたばた手足をばたつかせる。
他人ひと様に何かしてもらったら、ありがとうって言うんだろ? まったく礼儀がなってないねえ。そんなでっかい図体で、そんなこともわからないのかい」
「へ、へんめえふほははっ!? ほへははひほひほひへふはひょっ!──ふほっ! はんへははははふほはへへぇぇぇっ!?」
(意訳 「て、てんめえくそばばあ!? 俺は先を急いでんだよっ!──くそっ! なんで体が動かねえええっ!?)
 ぽい、と女将が手を放した。
 ひーふー頬をさする涙目に構わず、白い前掛けで手をふきふき、鼻歌で戸口へ引き返していく。「そうそう、夕飯はポトフだよ」
 ぴくり、とファレスは動きを止めた。
「ずっと寝ていて腹が減ったろ? 今日は早めに夕飯にするからね」
「……。お、おう」
 途端にそわそわ目が泳ぎ、ぐぐう〜……と鳴った腹をさする。
 小太りの体を左右に揺すって、どすどす廊下へ向かった女将が、ちら、と肩越しに振り向いた。
「うちのポトフは絶品だよ。好きかい? ポトフは」
「おうっ!」
 ファレスは乗り出し、真顔でうなずく。そうだ。まずは食わずばなるまい。
 何はともあれ、まずはポトフだ!
 
 
 

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