【 おまけSS .3-2,02 160327 】 『ディール急襲』第3部2章
おっかけ道中ひざくりげ2
〜 副 長 編 〜
その3
「──おい、ばばあ。まだかよ、飯は」
顔をしかめて腹を掻きつつ、ファレスは厨房の暖簾をよけた。
窓辺に据えた炊事場で背を向け、女将は寸胴鍋をかき混ぜている。でっぷりとした腰まわりで。
「なんだよ。もう来ちまったのかい? まだ四時そこそこだろうに」
「しょうがねえだろ、腹が減ったもんはよ」
がらんと広い卓の椅子を引きながら、ファレスは籠のチェリートマトに手を伸ばす。「なんかねえのかよ、すぐ食えるもんは。とっとと食って、出立してえんだよ」
「もうちょっと待っておいでよ。まったく、せっかちなんだから」
女将が背中でお玉を振った。「──ああ、そこにいるんなら、瓶の蓋を開けといてくれるかい?」
口をもぐもぐさせながら、ファレスは瓶をとりあげる。
ぐい、とひねって、ぱかっ、といい音。
「おう、開いたぜ。ばばあ」
とん、と卓に瓶を戻す。
女将が目をみはって振り向いた。
卓の瓶とファレスの顔を、あぜんとした顔で見比べる。「まさか、これを開けちまうとはね……」
きょとん、とファレスは瓶を見た。「あ? 俺は普通に開けただけだぜ? こんなもん別に誰だって──」
「やっぱり男は男だねえ〜」
ほれぼれ女将が首を振った。「蓋がどうにも硬くてね。いつも、開かなくて困ってたんだよ。ついでに、そこの箱とってくれるかい?」
「──おう」
お玉でさされた壁ぎわに、ファレスは椅子を立ち、ぶらぶら歩く。
そこには、一かかえもある大きな木箱。大根の葉が青々飛び出し、真っ赤に熟れたトマトに芋、とどっさり縁まで詰まっている。
難なく持ちあげ、持ち帰り、木箱の中身を卓に取り出す。どうせ、飯を食わずば身動き取れない。
「ああ、そこの氷箱から、肉を出してくれるかい?」
「──おい。ただ"肉"ったってよ」
ファレスは顔をしかめて溜息をついた。「色々あんだろ、肉たってよ。どれだよ、どれでもいいのかよ」
「決まってるだろう」
にやり、と女将が振り向いた。
「一番でかくて旨そうな奴さ。他でもないあんたが食うんだよ」
「──。お、おう」
お玉でさされた壁ぎわに、ファレスはそそくさ歩み寄る。
しゃがみこんで、ごそごそ漁り、肉の塊を真面目に検分。慎重に大きさを見比べる。
かくも厳しい審査の末に、一番でかいのを選び出し、内心鼻歌で持ち帰る。
「……あ?」
ぱちくり卓を見おろした。そこには何故だか、でん、とまな板、肉きり包丁。
(ついさっきまで影も形もなかったぞ……?)とキツネにつままれて首をかしげ、厳選した肉塊を卓に置く。
と、炊事場から女将の声。
「切り分けといてくれるかい? あんたが食いたいデカさでいいからさ」
ぴく──と頬が引きつった。
ぎらり、と包丁を無言で取りあげ、ファレスは卓の肉塊を見おろす。
むんず、と片手で引っつかんだ。
滾る闘志もそのままに、がしがし肉を切り分けていく。なるべくデカくなるべくデカくなるべくデカくっ!
「巧いもんじゃないか」
雄叫びあげんばかりの引きつり顔で脇目もふらずに肉きり包丁を奮っていると、女将が目を丸くして覗きこんだ。
「へえ、大したもんだねえ。筋をきっちり断ち切ってあるよ」
きょとん、とファレスは顔をあげた。「……あ? スジ?」
「あんた、中々やるじゃないか!」
女将は笑って、ばん! とファレスの肩を叩く。「これなら柔らかく焼けるってもんさ。見なよ、このキレイな断面を!」
「……」
ぱちくり、ファレスは我が手を見る。「……別に俺は特別なこ(とは──)」
「誰にでもできる芸当じゃないよ! まったくあんたは頼りになるねえ〜。なんて言ったらいいのかね? 勘がいいっていうのかね!」
「そっ、そうかっ!?」
「ついでにじゃが芋の皮も剥けるかい?」
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