番外編2 INDEX 181114 】
 

ファレスのお留守番日記 1

 

 
 
 ぶすっとファレスは虚空を睨んで、寄りかかったカウンターの天板を、とんとん中指で叩いていた。
 店の黒いエプロンをつけて。
 喫茶処「スレイター商会」 商都カレリアに開店した、いわゆる拠点の店内である。
 
 秋の柔らかな日差しを浴びた、オープンテラスの小洒落こじゃれた店は、今日も女子で賑わっている。
 ペチャクチャお喋りなメイドたちで。
 
 そして、華やかな女子連とお近づきになりたい面々が、店の周囲を遠巻きにし、見物人が引きも切らない。
 おかげで店は大繁盛。
 先日開店すると同時に、店の一角に発生した白襟紺服の一団で、今では商都の新名所。──いや、商売としては上出来なのだが、この店本来の目的の、空気のように人目を引かない、ひっそり控えめを良しとする、潜窟ヤサとしてはどうなのか。
 
 通りに面したオープンテラスを昼からずっと占領しているラトキエ・メイド軍団の一員が、椅子の背もたれに腕をかけ、店奥のカウンターを振り向いた。
 
「ねー。まだあ? カマカゼはぁー?」
 
 ファレスに口をとがらせる。
「あんた。ちょっと呼んできてよ」
 そーよそーよ、とたちまちピーチクわめきたてる、自称「カマカゼ親衛隊」
 
 本日の張り番軍団に、ファレスは顔をしかめて舌打ちする。
「たァく。なにが鎌風だ。気軽に二つ名呼んでんじゃねえぞコラ」
 むろんファレスも決して無口な方ではないが、お喋り力が元より高い女子に束になってかかられては、すごすご引き下がるしかないんである。大体あんな悪賢いキツネでも、白塗り軍団に比べりゃ仲間。敵に売るような真似などしない。
 
「たく。いつまで占拠してんだコラ。年寄りが待ってんじゃねえかよ。いい加減どけ」
 シッシと手を振り、席から追い立て、「おう、こっちだ」と手招きする。
「足腰弱ってんだ。早く座れ」
 
 店には入ってきたものの、満席でうろうろしていた老婆が、小首を傾げてぎこちなく笑った。
「……おやまあ。すみませんねえ」
 ぷりぷり席をあけたメイド連に、腰を折って会釈をし、手さげの中をごそごそ漁る。
 にっこりファレスに片手を出した。「ほれ」
「おう。いつも悪りぃな、ばばあ」
 ぽい、とそれをファレスは口に放り込み、飴玉で頬をぷっくりさせる。
 順法精神旺盛なファレスは、基本的に親切なので、おばちゃん、ばあちゃんを中心に年配者に可愛がられる。
 若い婦女子をもれなく敵に回すのは、もはやお約束中のお約束だが。
 
 イーッだ! と極大の悪態をついて、メイド軍団が引きあげていく。
 カマカゼ検出のアンテナは、きょろきょろ抜かりなく立てながら。
 
 ちなみに、お目当ての「鎌風のザイ」は、めっきり店に寄りつかない。
 のこのこ顔を出したりすれば、揉みくちゃにされるのは明白だから。
 
 と、軍団の退却と入れ替わるようにして、別の一団が現れた。
 街角で頬染めた、散策途中らしき女子の一団。
 これも実に毎度のことだが、小洒落こじゃれた店で立ち働く長髪の黒エプロンを見かけた模様。
 
 今しがた空いた座席をめがけ、いそいそダッシュで駆けつけた。
 メイド連の後を狙って日がなウロウロ待機していた、あまたの男どもを押しのけて。
 その席取り合戦の凄まじさには、店奥に引っ込みかけていたファレスも、しばし呆然と立ちつくす。
 そして、いそいそと振り向いた新たな勝者に目を向けた。
「おう。今あいたところだ。そこ座れや、おかちめんこ
 
「「「──。はあっ!?」」」
 
 バン!──と平手で卓を叩いて、座りかけていた一団が、ファレスをねめつけ、立ち上がる
 卓の砂糖をぶっかけられて、「何しやがるっ!?」とファレスもがなる。
 
「まーまー。お嬢さんたち!」
 すかさず禿頭とくとうが割り込んだ。
 銀盆片手に、へらへら頭を掻きながら。
 
「ご注文は何にしましょ」
 日に三度はバトルになるので、セレスタンの対応も、もう慣れっこ。
 この商都の新たな任地で、彼は嬉々として働いている。
 かつてないほど楽しげに。
 
 デレデレにやけた禿頭に、シッシと背中で追いやられ、ぶすっとファレスは頬をゆがめる。いつまで、こんなことが続くのか──。
(自らすごんで立候補し) 統領から指示された任務は、アホウの身辺警護のはずだが、来る日も来る日も無関係な女どもの相手ばかり。そう、それというのも──
 あの日の出来事を思い出し、組んだ腕をイライラ叩く。
 
 
「……あ、ケネル!?」
 と、アホウが発したあの直後、
 ダッシュでわたわた、北方ノースカレリアを出立した。
 もっとも、アホウは商都へ向かう車中では、あのやかましいオカチメンコと延々くっ喋ってはいたのだが。
 
 だが、商都に着いて「ばいば〜い」とオカチメンコに手を振るや否や、アホウはがらりと豹変した。
(誰も教えてはいないのに) 新規開店のこのヤサへ直行、「やあ、来たね」と出迎えた、にこやかな統領に直進し、そして、
 
「ユージンくんっ! 力を貸してっ!」
 
 問答無用で襟首つかみ、二階の一室に引っ張り込んだ。
(あ? なんで気安く"ユージンくん"とか呼んでんだコラ?) とドアの隙間から中を覗けば、日頃泰然としたあの統領が、じりじり壁まで追い詰められて、なんだか珍しくたじろいだ様子。
 それに伸しかかるようにして、アホウはコチョコチョ内緒話をしてるのだ。
 と思えば、つかつか戸口に戻ってきた。
 そして「ちょっと行ってくるから」とせかせか宣言。
 その勢いにうっかり押され、だが「どこへ、何しに」と辛くも訊けば、
「ケネル迎えにっ!」
 言い捨て、引っ込み、「あ、」と戻り、睨んで口をとがらせた。
 
「いい? ここ開けたら、絶交だから!」
 
 バン! と鼻先でドアを閉め、ガチャガチャ鍵までかけやがった。
 迂闊にもひるんでジリジリ待つも8分後に蹴破った時には、引っ張り込まれた統領が、目を回してのびていた。
 クタッと疲労困憊の態で。
 
 そして、部屋はもぬけの殻。
 部屋中くまなく見回しても、あの肝心の

 ──アホウがいねえ!?

 部屋の扉を開けた時には、どろん、と煙のごとく掻き消えていた。
 そう、まさに「煙のごとく」 
 窓の鍵はかかっていたし、ドアも己で施錠していた。壁に穴もあいてない。つまり、出口はどこにもない。そう、まさに
 密室状態。
 以来、なんの音沙汰もない……
 
 
「──あんの野郎。ふざけやがって!」
 怒りが沸々ぶり返し、ファレスはレロレロ舐めてた飴を、思わずバリバリ噛み砕く。
「一体どこまで行きやがった! 俺に一言の断りもなくっ!」
 アホウがどこへ行ったのか、伸びてた統領も「知らない」と言うし。
 連れ戻しに行こうにも、ケネルの居場所なんか知らないし。
 
 手も足も出ない現状に、ファレスは、ぐぐっとゲンコを握る。ぐるぐる回る思いは一つ。
 置いてきぼりにしやがって!
「えっ? やだっ、大丈夫よぉ〜。もーいなくならないってぇ〜」 とかなんとか言ってたくせに、その舌の根も乾かぬ内に!
 
「たくっ! あんのアホンダラが〜っ!」
 さわさわなごやかな秋空に、地団太踏んでわめき散らした。
 
「とっととけぇってこい、あんぽんた〜んっ!」
 
 
 

 ( ディール急襲TOP / 番外編2 INDEX / 次頁 ) web拍手
 


オリジナル小説サイト 《 極楽鳥の夢 》