【ディール急襲】thanks-SS

番外編2 INDEX 190417 】 
 

ファレスのお留守番日記 4

 

 
 
 
 左右のヒゲを動かして、もしゃもしゃ飯をかっ込みながら、黒猫ファレスは思案する。
 爺さんがくれた汁かけご飯。こいつを食ったら出発だ。
 阿呆の居場所はうっすら分かる。ヒゲの先が阿呆に反応、ビビッと気配を感知する。つまりは高性能の探知機だ。ツンツン引っ張るような信号を、延々辿ってここまで来た。
だから・・・、猫にしたってわけか)
 ようやくファレスは合点する。
 もしゃもしゃ咀嚼の上目遣いの、脳裏に浮かんだあの顔は、ふん、と横向く月読のそれ。普段は食えない女だが、中々粋な計らいをする。
 だだっ広い異世界の莫大な数の人間の中から阿呆一人を捜し出すなど、山と積まれた干し草の中から針を探すようなもの。研ぎ澄まされた野生の勘をフル稼働しても覚束ない。まして鈍重な人間の、たるみきった五感では。
 さすがに 無駄に年くってねえな、と見事な機転に感心する。見も知らないあの女に 「バロン」とかふざけた名で呼ばれた日には、絶対 嫌がらせ だと思ったが。

 うつわの飯をぺろりと平らげ、口の周りとヒゲの手入れ。だが、出かける前に野暮用がある。一宿一飯の恩義って奴だ。
 とはいえ、初めに同居した女は、礼をしに行ったその途端、盛大な悲鳴で叩き出しやがったが。
 次に同居したヒゲ面は、蓬髪の首長アドルファス似の筋肉隆々の奴だったが、そいつもソレを見た途端「きゃあ!?」と飛びのき、逃げ回った。ゴツイ顔を引きつらせて。
 つくづく無礼な連中だ。せっかくの人の好意を。
 手ぶらで行っては礼を欠くので、別の手土産をファレスは捜す。黒虫とネズミじゃない奴を。
 時間もないのでさっさと捕まえ、ぽとり、と目の前に届けてやった。
(爺さん、礼だ。受け取りな)
 腰の曲がった爺さんが、あぜんとしたように突っ立った。困惑したような顔つきで。
 だが、くしゃっと相好を崩し、こっちの頭をぐりぐり撫でくる。
「おお、ありがとな。チビさんや」
 いいってことよ。うまいぞスズメ。チビなんて名前じゃねえけどな。
 上々の反応に満足し、意気揚々と歩き出す。阿呆の居場所も、いよいよ近い。さっきから、ヒゲの先がビリビリきてる──
 ひょい、と脇を抱きあげられた。
 ぶらん、と足が宙に浮き、又か、とファレスは舌打ちする。少し歩くと、すぐこれだ。どいつもこいつも勝手に人を持ちあげやがって。
(なんだ、てめえ! 急いでんだよ!)
 シャーッと一喝、振りかえる。
 ぱちくり瞬き、固まった。
(……。かお?)
 ドアップだ。
 まじまじ見ている、まん丸の両目。
(おう、飯じゃねえなら放せやこのアマ。遊んでる暇はねえんだよっ!)
 そいつの鼻先で抗議した。て、何考えてんだ、このアマは。顔との距離が近すぎて、目ん玉しか見えねえじゃねえかよ。いや、こいつのこのパーツ。どうも、どこかで見たような? 髪はオカッパ、黒い前髪。むに、と尖らせた小生意気な口元──
(あっ? てめっ! こんな所にいやがったなっ!)
 じたばた蹴り出し、空を掻く。宙ぶらりんの後ろ脚でも。ここで会ったが百年目──!
 じぃっと阿呆が眉根を寄せた。(なんだコイツ)という顔で。
(てめえ! 阿呆! 返事しろ! どんだけ探したと思ってんだコラっ!)
 うりゃっ、とりゃっ、と蹴り出すも、如何せんが届かない。うるさそうな顔つきで、阿呆がぶらんぶらん揺らすから、文句の先を急いで続ける。
(毎度毎度世話かけやがって! たっぷり説教してやるからな! だが、話はひとまず後だ。とっととけえるけぞ、あんぽんたん!)
 牙を剥いてすごんでやると、阿呆が口を尖らせた。
「なぁにぃ、この猫。ちっこいくせにドスのきいた声ぇ。もしかして、あたしにケンカ売ってるー? あっ、でもでも残念でしたぁー。なに言ってんのか、わっかんなあい」
ニ゛ャ!?
 はたとファレスは我に返った。そう、そうだった猫だった。この高性能探知機のお陰で、確かにここまで来られはしたが──
 むくむく、あの顔が脳裏に浮かぶ。扇子で口元を覆い隠した、ちら、と横目の黒い髪。
『 ほれ。やれるもんなら、やってみい 』
 ぐぐっとファレスは、丸っこい猫手で拳を握る。
(あんのクソ女ぁ〜っ!)
 どこまで底意地の悪い女だ。
 ──猫じゃ、話が通じねえじゃねえかよ!?
 
 
 

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