【 番外編2 INDEX 190208 】
ファレスのお留守番日記 3
「──また、それか」
丸く大きな月夜の窓辺で、緋色の袴の膝をたて、月読はやれやれと顔をゆがめた。
「ほんに煩い奴よのう」
心底うんざり嘆息する。
げんなり見やったその前には、ぶすっと腕組む副長ファレス。
やはり己の下僕に、とスカウトしに来たんである。
ところが、毎回この調子。
毎度毎度この話。連日連夜の夜這いの徒労。耳にタコができている。
ぎろり、とファレスが寝不足らしき目を剥いた。
「教えろ。阿呆はどこにいる!」
「なぜ、それを我に訊く」
「どうせ知ってんだろ。てめえはよ」
「我の用向きは、そのような些末なことではない。やはり、お前を我が下僕に──」
「なあ〜にが "ケネルを迎えに" だ。なあにが "ちょっと行ってくる" だ! ちっとも戻ってこねえじゃねえかよっ!」
「かような者は捨て置けばよい。それより我のげぼ──」
「なあにが "開けたら絶交" だっ!!!」
よほど "絶交" が堪えたらしい。しばらく、じぃ……っと、律儀に大人しく待っていたが。
「たく! ぜってーなんか知ってるくせに、統領の野郎、逃げやがってよっ!」
ファレスは苦虫かみつぶす。
「一体全体どうなっていやがる。ハゲの野郎もキツネの野郎も、阿呆を "知らねえ" とか抜かしやがって」
ふむ、と月読は思案した。
「ともすれば、均し始めたのかもしれんな。アレの不在を、この地の大気が」
「たく! どこまで遊びに行きやがった。いつまでもぷらぷらしやがって!」
「ひとの話を聞け」
ぎろり、とファレスが目を向けた。
「てめえになら、できるだろ月読。俺をそこへ連れていけ。あの阿呆の首根っこ、引っつかんで連れ戻してやるっ!」
会話がまるでかみ合ってない、むしろ一切聞いてないファレスに、月読は緋色の目を向けた。
「ならば、お前に機会をやろう」
「本当だなっ!」
がばっと、たちまち食いつくファレス。こういう言葉は聞こえるようだ。
「これでは話にも何もなりはせん。我としても甚だ迷惑」
じっとり見入ったファレスの凝視に、顔をしかめて月読は片手を振る。
「我もそう無慈悲ではないわ。さっさと行って、連れ戻してくるがよかろう」
だが、無慈悲ではなかったが、たいそう人が悪かった。
「あら、ここにいたの」
光を抜けたその先で、笑顔で女に呼びかけられて、ファレスは怪訝に頭上を仰ぐ。
組んだ両手を頬におき、女がはしゃいで小首をかしげた。
「つやっつやの黒い毛皮が、今日も素敵ね、バロン!」
「……バロン?」
俺のことか? と眉根を寄せ、ふと、水たまりに映った己を見る。
「なんだ。これは」
三角の耳と、張ったヒゲ。
そして、つやっつやの黒い毛皮。
猫、か?
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