ディール急襲 第1部 2章1話1

CROSS ROAD ディール急襲 第1部 2章1話1 〜 壁 〜
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 目つきの鋭い五人の男が、隙なく並び立っていた。
 その精悍な顔つきは、カレリア人のそれでは明らかにない。
 年季の入った革の上着。暗色のズボンに編み上げ靴、そして、重たそうな短衣の裾には、短剣の先が覗いている。戦場を渡り歩く傭兵のような、物々しいこの身なり。いや、そんなことより、向かいに腰かけたあの彼は、リナの──
「さて、ご用件を伺いましょうか」
 まさにその当人が、微笑をたたえて口を開いた。
「こんなむさくるしい所まで、公爵夫人直々に、ご足労いただいたのですから」
「──あ、はいっ!」
 その声に、エレーンは我に返った。
 向かいの美麗な青年は、護衛であるらしき五人を従え、ゆったりと足を組んでいる。
 リナの元彼かと思ったが、どうやら人違いであるらしい。目配せしても反応ないし。でも、本当によく似てる。ラトキエ領家で働いていた頃の、同僚リナの元彼に。
 手入れの行き届いた波打つ長髪。一目で高価とわかる服。「ここで一番偉い人を」と頼みこみ、部屋に現れたのが彼だった。統領の代理デジデリオ。
 
 北の草原に、エレーンは来ていた。例年、各地から集まってくる、遊民たちの逗留地に。
 彼らが切り札になるはずだった。最悪の事態を覆す、最後の強力な切り札に。
 そう、これからの戦の鍵は、おそらく彼らが握っている。ディールから来たあの使者が、あんなに固執したのなら。
 この彼ら遊民の、協力を取り付けられるか否か──それにすべてがかかっている!
 エレーンは唾を呑み、顔をあげた。
「た、助けて欲しいの! あたし達を!」
 統領代理のデジデリオが、いぶかしそうな顔をする。「……助ける?」
 エレーンは身を乗り出した。
「実は昨日、ディールから使者がやってきて──」
 代理は口を開くことなく、肘をついて聞いている。相槌を打つでも、促すでもない。頬に笑みこそ浮かべているが、その整った顔立ちの、深い瞳のその奥は、紗がかかったように窺い知れない。
 案内の者に通されたのは、意外にも小奇麗な応接室だった。そう、意外にも、だ。
 飴色にかがやく高価な棚には、瀟洒な皿が品よく置かれ、精密な彫りの調度品も、方々にさりげなく飾られている。どれもこれも一級の品だ。まがい物など一つもない。ずっと領邸で働いていたから、高価かどうか一目でわかる。いや、今はそんなことより──
 空気が重くよどんでいた。説得を続けるも、時間だけが過ぎていく。
 統領代理が嘆息した。事情をすっかり話し終えたが、やはり、口をひらかない。
 エレーンはたまりかねて顔をあげた。「──あ、あの!」
「お引きとり願いましょうか」
 彼が席を立ちあがった。
 エレーンはあわてて食い下がる。「お、お願いします! あたし、あなた達しか頼るところが──」
「無理ですよ。残念ですが、私たちはご期待に添えません」
「待って! だったら、あれはどういう意味? 屋敷に来たディールの使者が、クレストとあなた達は親密だって!」
 統領代理が足を止めた。肩越しに、鋭く振り返る。
 エレーンは思わず気圧された。「あ、あの……ディールの使者が、そう言ったから、だから」
「お客様はお帰りだ」
 代理が護衛へ振りかえる。軽く片手を振りやった。
「誰か送ってさしあげて」
 
 
 笑顔行き交う大通りを、エレーンはとぼとぼ歩いていた。
 観光客と思しき親子が、雑談しながら行きすぎる。エレーンはそっと嘆息した。
「豊穣祭、か」
 街は珍しく賑わっていた。普段は寂れた北方の街が。
 ここは観光収入に頼った街だ。かつては国内随一の港湾都市だったが、内海の氾濫で廃港となり、見る影もなく落ちぶれてしまった。今では、観光客の落とす幾ばくかの金で、人々の暮らしは成り立っている。
 中でも大きな収入源は、夏の豊穣祭だった。その期間中はどの店も、売り物をぎっしり押し並べ、売り込みも盛んに行なわれる。大陸各地からやってくる親子連れや恋人たちで、街はひと時、活況を呈する。
 北の街の石畳を、日差しが心地良く照らしていた。
 店先を掃く老婦人、準備に追われる店主たち、そんな店先を冷やかして歩く気の早い観光客。そぞろ歩くどの顔も、祭りの気配に寛いでいる。けれど、あと数日もすれば、ここにも軍馬が押し寄せて──
「どう、しよう……」
 エレーンは我が身を掻き抱いた。ぞくりと戦慄が駆け抜ける。
「……あたし、一体どうしたら」
 期限は刻々と近づいてくる。協力者は見つからない。
 そぞろ歩く人々は知らない。今こうしている間にも、軍服を着た一団が、ここを目指していることを。
 なんとかしなければ、ならなかった。
 ディールの要請を突っぱねたからには。どんな手を使ってでも。
 だが、頼みの綱の遊民に、あっさり協力を拒まれた。
 ならば、一体どうしたらいい。こんな僻地に、軍隊などない。街の警邏は動こうともしない。味方であるはずの身内にさえ、居留守を使わって追い払われて──。
 暗澹たる思いで、唇をかんだ。ヒシヒシと実感していた。味方がいない。だれ一人。それで、この先、どうしたら……
 西日を浴びた石畳が、いやに白々しく、まぶしかった。
 冷え込むような季節ではないのに、抱きしめた肩が震えている。街のつつがない喧騒が、四方八方から責め立てる。のどかで平和なこの街を、この手で壊してしまうのか──
「どうしたい、そんなシケたツラして」
 エレーンは声を振り向いた。どこかで聞き覚えのある声だ。茶色の紙袋を両手でかかえて、中年の男が笑っている。
「幸せいっぱいの新婚さんがよ。ん〜?」
 おどけてみせたその横には、やはり、よく知る女性の顔。
 あの夏の日に逗留した宿の夫妻が立っていた。
 
 
 

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