■ CROSS ROAD ディール急襲 第1部 2章1話2
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青空に映える壁の煉瓦が、午後の日ざしを浴びていた。
街はずれの草原にひしめく「遊民たちの天幕群」 その最奥にある建物だ。
統領代理と面会した、青い蔦這う二階の窓を、エレーンは改めて仰ぎやる。横には街で再会した、あの懐かしい夫妻の顔。
二年前、休暇で逗留した際、入り浸っていた宿の夫妻だ。亭主はセヴィラン、女将はビビ。夫妻が切り盛りする「どくろ亭」は、海へ向かう街道をかなり下った先にあるが、今日は最寄りのこの街まで、買い出しに来た、とのことだった。
門前払いを食わされた先の一件を訴えると、夫妻は助力を請け負ってくれた。遊民に知り合いがいる、というのだ。そして、門番の制止を振り切り、亭主は強引に押し通ってしまった。
よし、とエレーンは気合を入れて、静まりかえった建物に踏み込む。
石造の館内はひんやりとして、思いの外涼しかった。廊下の先まで誰もいない。先に通された部屋を目指して、静かな廊下を粛々と進む。
「どこへ行く」
男の声に、呼び止められた。
見れば、右手の薄暗い壁に、腕組みでもたれた男がいる。
ずいぶん整った顔立ちだ。額で分けたその髪は長く、彼の腰まで届いている。年季の入った革のジャンパー、中には黒のランニング、綿素材の暗色のパンツに、見るからに履きこんだ編み上げの靴。あの応接室にいた男たちと、この彼も同じような身なり。
男が壁から背を起こし、硬い靴音で近づいてくる。
目の前まで来た矢先、亭主の腕を無造作につかんだ。
その手を見やって、亭主は舌打ち。「──なんだ。放せよ。俺たちはこの先に用があるんだ」
だが、長髪は取り合わない。
亭主の声には険があり、彼の右の眉にある古い傷とも相まって、相当な迫力があったはずだが。
反応のなさに苛立って、亭主が長髪を睨み返した。
「なんだよ、ここでやろうってのか。きれいな面でも容赦はしないぜ。あいにく、こっちも急用なんでね」
「ここから先は、立ち入り禁止だ」
ぐい、と腕をねじ上げた。
不意を突かれて体を折り、顔をしかめて亭主がうめく。「お、おい。何すんだ。──よせよ! おいっ!」
顔色一つ変えるでもなく、長髪は腕をねじあげ続ける。
「──よせ、腕が折れるだろ! 放せよ──おい、よせったら!」
「ちょ、ちょっと、あんた! お放しよ!」
女将がたまりかねて取りついた。
「そんなことして、ただで済むと思ってんのかいっ! 友達なんだからねっ! デジデリオの!」
長髪が無言で一瞥をくれた。
エレーンも面食らって女将を見る。
( え? デジデリオって、統領代理? じゃあ、まさか、知り合いっていうのは……)
うっかり下っ端だと思っていたが、まさか、当の代表とは。
事の真偽を図りかねてか、長髪の視線はいぶかしげ。
その手を、ぶっきらぼうに突き放した。
「友人だって証拠は」
「そ、そんなものは別にないよ。けど、嘘なんかつくもんかい。あいつは店の常連で、こっちの方に来た時は、いつだってウチに入りびたって」
長髪が小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「バード風情がお友達。ま、さもありなんか」
たじろいだ女将を一瞥し、長い髪をひるがえす。
はっ、とエレーンは我に返った。
うずくまった亭主に、あわてて駆け寄る。
「お、おじさん! 腕、大丈夫?」
顔をしかめて腕をさすり、亭主は首をひねっている。「……お、おっかしいな。あんな奴にこの俺が?」
「腕が落ちたんじゃないのかい」
ずけっと女将がぼやきを遮り、白けきった目を向けた。「あんたもヤキが回ったもんだね」
すっかり面目を潰されて、亭主はばつの悪そうな顔つきだ。
歩き出した長髪に、苦い顔で舌打ちし、膝を払って立ちあがった。
「なんて野郎だ、女男が。これが客に対する態度かよ。奴に文句を言ってやる」
ひっそり静かな廊下の奥へと、長髪の背は歩いていく。振り向きもしなければ、促すでもない。
亭主は「だが、まあ」と息をつき、冷淡なその背を顎でさした。
「案内する気はあるようだな。さ、行こうか、奥方様」
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