■ CROSS ROAD ディール急襲 第1部 interval「窓辺」
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部屋を出ていく一団を、窓辺で見送った蓬髪の男が、釈然としない顔で無精ひげをさすった。「──なんでえ、今のは」
「さあ。囲まれちまってて、よく見えなかったが」
蓬髪の男と同年代の、四十絡みの短髪も言う。赤いピアスを光らせて、いぶかしげに戸口を見ている。「どうにも妙な按配だな。あの男、今何か──」
「大方、威嚇でもしたんだろうぜ」
ぶっきらぼうに割りこんだのは、客の一行を案内してきた、ファレスという名の美麗な長髪。元の通りに静まりかえった、部屋の扉を眺めて、続ける。
「一見、無害な "宿の親父"風情だが、どうしてどうしてそんな生易しいタマじゃねえ。元は同業、傭兵だろうぜ。それもとびきり凄腕の。得物を持たせりゃ──」
「誰よりも強い、か」
野太い声で蓬髪が引き取り、真顔を崩して頭を掻いた。
「ま、桁外れってところだろうな。あんな野郎を調子に乗せたら、こっちだって、ただじゃ済まねえ」
「──たく! 案の定だぜ、あの親父」
長髪が苛立たしげに舌打ちした。
「部隊全員向こうに回してガン飛ばしてきやがった。代理の友達ってのも頷ける」
客が部屋から連れ出されたその後、予期せぬ事態が起きていた。
夫妻を囲い込んだ隊員たちが、一斉に、弾かれたように飛びのいたのだ。
全員それきり硬直したまま、誰一人として近寄らない。戦地の死線にも臆さない荒事に慣れた傭兵たちが。それで結局、連行を命じた代理自ら、片をつける形となった。
顔をしかめて、蓬髪はぼやく。
「ああいうおっかねえ手合いとは、お近づきにはなりたくねえな。背筋が薄ら寒くなら」
「おっもしれージジイ」
場の苦々しさとはそぐわない、気負いない声が割り込んだ。
窓の手すりに腰をかけ、夏日の中で目を向けていたのは、薄茶の髪のひょろりとした青年。外光に透ける前髪の下、透明なガラスを思わせる薄茶の瞳で一同を見ている。足を無造作にぶらつかせたその手は、逆手に握った短刀で、絶えず手すりを傷つけている。
真顔で聞いていた短髪の男が、苦笑いで相好を崩した。「おい、ウォード、吹っかけるんじゃないぞ。あれは代理のご友人なんだからな」
「さて、事情は聞いての通りだ」
ケネルが雑談を打ちきった。
今、五人の男が窓辺にいた。互いを呼び合う呼称から、それぞれの名前が知れる。短髪に赤いピアスの年長者「バパ」 蓬髪の壮年「アドルファス」 端整な面持ちの長髪「ファレス」 飄然とした青年「ウォード」 そして、客への助力を買って出た「ケネル」と呼ばれる黒髪の青年。
おもむろに見やった一同に、ケネルは視線を巡らせる。
「奥方に力を貸そうと思う」
「勝算は」
「ある」
一言で蓬髪の問いに応えて、ケネルは一同の顔を見る。
「現在、ディールの本隊は、この国の首都、商都カレリアを包囲している。収奪目的地はこの商都、分遣隊の目的は、補充兵の確保だろう。この国は兵力が少ないからな。しかも、ただでさえ少ない兵を、国境の守備と商都の封鎖に振り分けている。その商都の人員を削って、こっちに寄越した規模というなら、街の出入り口に兵を配して封鎖するのがやっとだろう」
淡々とした説明が続く。ディールの余剰兵力のなさ、目的地が非武装地との条件から、北方へ送った分遣隊はおそらく二百やそこらの規模。だが、商都を封鎖中のディールには、本隊の主力を割いてまでクレストにかまける余裕はない。よって、兵が補充される可能性は低い。更にはその分遣隊も、任地を離れても支障がない程度の者ならば、弱卒である可能性が高い。
「分遣隊の兵員が二百、部隊の残留が三十とすれば、約七倍の兵力差だが、向こうには実戦の経験がない。シャンバールの進駐軍と国境軍が戦ったのは、はるか遠い昔の話だ。その更に弱卒なら、相手は素人も同然だ」
「乗った」
腕組みで聞いていたアドルファスが、いかつい顎を決然と引いた。
「俺も奥方に協力する。この他でもない俺たちを、頼ってきたっていうのによ、見捨てたとあっちゃ、男がすたる。そうだろうが、バパ」
バパは困ったように頬をゆるめる。「運動不足だからな、このところ。解消するにはもってこいか。ま、いささか大掛かりな嫌いはあるが。だが、この手の国家転覆劇は、この国では例がない。しくじれば一巻の終わりだから、敵さんとしても必死だろうぜ」
苦笑いで、窓辺を見やった。「どうする、お前は」
「……いいよー。暇だしー」
窓辺で足をぶらつかせていたウォードが、外を見たまま、あくびした。明らかに気のない態度の通り、大して興味はないようで、逆手に握った切っ先は、相変わらず手すりを傷つけている。
「よおし決まりだ! そうこなくっちゃな!」
ごつい拳で手の平を叩いて、アドルファスが豪快に笑った。
「なあに、カレリアのカカシなんざ、わけはねえ」
ふと、無言の長髪を振りかえる。「──おう、ファレス。乗るだろ、お前も」
「なんで、そんな面倒事に、首を突っこまなけりゃならねえんだ」
腕組みで窓にもたれていた、ファレスが言下に言い捨てた。
水を差されたアドルファスは、面食らって眉をしかめる。「だってよ、お前も見たろうが。あの日、屋敷の裏手でよ、」
「関係ねえだろ、こっちには。今回の任務は代理の護衛、女の手先になることじゃない」
「──だがよ、ファレス」
「頭を冷やせ。ただ働きだぜ。そのディールの弱卒とやらに、恨みがあるってわけでもなし」
「わかった」
ケネルがやり取りに割り込んだ。
「今回は大した戦でもない。そもそも仕事の枠外だしな」
「なら、これで散開だな」
もたれた窓から背を起こし、ファレスは戸口へ歩いて行く。
「ま、精々気張れや、正義の味方さん方」
薄茶の長い髪がしなやかに揺れ、部屋の扉がパタリと閉じた。
「──たく。ま〜た女の所かよ」
アドルファスが身じろいで、嘆息まじりに蓬髪を掻いた。「まったくあいつは本当に、愛想ってもんがねえよなあ」
ケネルは淡々とそれを見送り、ふと気づいたように振り向いた。
「そういや、ジャックは」
窓辺の壁に腕組みでもたれて、バパが苦笑いで首を振った。「さあて、どこへ行ったやら。あれも、よくわからん男だからな」
「訊くだけ無駄だろー、居所なんか」
ウォードが外を眺めたままで、興味なさげにあくびした。
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