CROSS ROAD ディール急襲 第1部 interval「窓辺」
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「──なんでえ、今のは」
 蓬髪の男が目をすがめ、黒々とした無精ひげをさすった。
 そのたくましい上腕には、青い入れ墨が彫ってある。年の頃は四十前後、赤いバンダナで額をくくり、脱いだシャツを裸の肩に引っかけている。
「さあ。囲まれちまって、よく見えなかったが」
 やはり四十絡みの短髪の男も、不可解そうに戸口を見た。「確かに妙な按配だったな。あの主、今、何か──」
「大方、威嚇でもしたんだろうさ。あのおっさん、堅気じゃねえ」
 声がぶっきらぼうに割りこんだ。
 エレーン一行を案内した、ファレスという名の長髪だ。ファレスは革ジャンの腕を組み、冷ややかな目を戸口に向ける。
「ちょっと見そこらの市民だが、そんな大人しい代物じゃない。たぶん、傭兵をしていた経験がある。あの奴の目を見たろうが。俺ら全員向こうに回してガン飛ばしてきやがった。得物を持たせりゃ、恐ろしく強い」
「しかも、あの場の誰よりも、な」
 たくましい蓬髪が駄目を押した。思案するように顎をさする。「ありゃあ、おめえ、桁外れだろう。乗せちまって本気になったら、俺らだって敵うかどうか」
「どうにも嫌な感じがして、つまみ出せずに通したが、そうしたら案の定、あのザマだ。代理の友達ダチってのも頷ける」
 扉は沈黙を守っている。今の奇妙な騒動が、あたかも嘘であったかのように。
 あの彼女が部屋を出た後、ちょっとした番狂わせがあったのだ。
 彼らは統領代理の指示で、あの夫妻を捕らえようとしていた。だが、詰め寄った人垣が、弾かれたように飛びのいた。それきり近寄る者はなく、ぴたりと身動きがとれなくなった。死線にも臆すことない戦慣れした傭兵たちがだ。それでやむなく、代理自らが片をつけたが──。
 たくましい肩の蓬髪が、大仰なしぐさで我が身を抱いた。「ああいう手合いとは、関わり合いたくねえもんだぜ。背筋が薄ら寒くなら」
「おっもしれージジイ」
 呑気な声が、窓辺であがった。
 日の当たる窓の手すりに、ひょろりと長身の青年が座っていた。逆手に握った短刀で、窓の手すりを傷つけながら、足を無造作にぶらつかせている。目を覆うほどの薄茶の髪が、外光に柔らかに透けている。前髪の下の薄茶の瞳は、どこか透明なガラスを思わせ、不思議な雰囲気を醸している。声に気負いはまるでなく、彼は単に面白がっているようだ。
 短髪の男が苦笑いで見やった。「おい、ウォード、吹っかけるなよ。あれは代理のご友人なんだからな」
「さて、聞いての通りだ」
 ケネルが雑談を打ちきった。
 五人の男が、室内にいた。
 互いを呼び合う呼称から、それぞれの名前が知れる。短髪の年長者バパ、蓬髪の壮年アドルファス、端整な面持ちの長髪ファレス、飄然とした青年ウォード。そして、今しがた助力を買ってでた、ケネルと呼ばれる黒髪の青年。
 目を向けた一同に、ケネルは視線を巡らせた。
「俺は奥方に力を貸す」
「勝算は」
「ある」
 質した蓬髪に端的に応え、ケネルはおもむろに先を続ける。
「現在、ディールの本隊は、この国の首都、商都カレリアを包囲している。収奪目的地は商都カレリア、北への分遣隊の目的は、補充兵の確保だ。カレリア国には兵力が少ない。それを国境の守備と商都の封鎖に振り分けている。その内の商都に配した人員を、更に削って分遣隊をよこしたというなら、街への出入り口を封鎖できるかどうかという規模だろう。つまり、脅しで降伏させるはらだ」
 一同の視線がケネルに集まる。
 ケネルは淡々と説明した。ディールの余剰兵力のなさ、目的地が非武装地との条件から推して、分遣隊は二百やそこらというところ。兵の補充はないとみていい。商都を封鎖中のディールには、本隊の主力を割いてまでクレストにかまける余裕はない。又、任地を離脱しても支障がないなら、分遣隊の陣容は弱卒であろうと推測される。
「分遣隊を二百、当方の残留人員を三十と見積もって、七倍近い兵力差。だが、まともに当たっても勝算はある。カレリアの兵は実戦経験に乏しい。かつてシャンバールの進駐軍と戦った国境軍が精々だ。その更に弱卒というのでは、相手は素人も同然だ」
「乗った」
 腕組みで聞いていたアドルファスが、いかつい顎を決然と引いた。
「俺ァ行くぜ。あの奥方に協力する。他でもない俺たちを、頼ってきたって話だぜ。見捨てたとあっちゃ男がすたる。そうだろ、バパ!」
 勢いよく話をふられ、バパは困ったように頬をゆるめた。「運動不足を解消するには、もってこいの行事ではあるな。まあ、いささか大掛かりな嫌いはあるが。だが、この国では、この手の転覆劇は例がない。しくじれば一巻の終わりだから、ディールとしても必死だろう」
 苦笑いして、窓辺を見る。「ウォード。お前はどうする?」
「……いいよー。暇だしー」
 ウォードは足をぶらつかせ、外を見たまま、あくびした。大して興味はなさそうで、逆手のナイフの切っ先は、依然として手すりを切りつけている。
「よおし決まりだ! そうこなくっちゃな!」
 ごつい拳を手の平で叩いて、アドルファスが不敵に笑った。
「そうと決まれば行動開始だ。なあに、カレリアのカカシなんざ、わけねえって」
 大口あけて豪快に笑う。
 窓辺に視線を投げやって、鼻白んだ顔で口をつぐんだ。腕組みで窓にもたれたまま、無言でいる者に気づいたのだ。きまり悪げに、不精ひげの頬を掻く。「──あ、ああ。お前も乗るだろ、ファレス」
「不参加だ」
 言下に言い捨て、ファレスがたるそうに振り向いた。
「なんで、そんな面倒事に、首を突っこまなけりゃならねえんだ。他人のことは放っておけよ。こっちには関係ねえだろうが」
「たく。お前だって、あれ、、を見たろうが。あの屋敷の裏手でよ」
「不参加だ」
 ファレスはにべもなくはねのける。
「今回の任務は代理の護衛で、女の手先になることじゃない。そのディールの弱卒とやらに、恨みがあるってわけでもなし」
「──いや、だが、ファレスよ」
「頭を冷やせ。ただ働きだぜ」
「わかった」
 別の声が割りこんだ。黙ってやり取りを聞いていたケネルだ。
「無理強いはしない。どうせ大した戦でもない。そもそも仕事の枠外だ」
「そういうことだ」
 ファレスが窓から背を起こし、さばさば戸口に踏み出した。
「じゃあ、俺は行く。ま、精々気張れや、正義の味方さん方」
 一瞥もくれずに戸をあけて、人けない廊下へ、そっけなく出ていく。
 薄茶の長髪がしなやかに揺れ、パタリ、と木目の扉が閉じた。
 アドルファスが嘆息し、持て余したように蓬髪を掻いた。「ま〜た女の所かよ。相変わらず愛想ってもんがねえよなあ」
 だが、非協力的なファレスの態度を咎めようとする者はない。毎度のことであるからだ。
 それをケネルは淡々と見送り、ふと気づいたように振り向いた。
「ジャックはどうした」
 窓辺の壁にもたれたバパが、苦笑いして首を振った。「さあて、どこへ行ったものやら。あれも、よくわからん男だからな」
「きくだけ無駄だろー、ジャックのいる場所なんか」
 窓の外を眺めたままで、ウォードがうつろに呟いた。
 
 
 
 
 

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