CROSS ROAD ディール急襲 第1部 3章1話4
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 北カレリアを襲来した、ディール率いる国軍の排除、ならびに同地方の保全、維持──それが依頼の内容だ。
 だが、こちらが着手する前に、彼らは手際よく迎撃した。あの、、著名な傭兵たちが。
 街道の大木に身をひそめ、クロイツは目深にかぶったフードをあげる。
(なるほど。ガーディアンか)
 緑陰ゆれる街道先で、野戦服の一団が防衛線を張っていた。隣国シャンパールを拠点とする、遊民からなる傭兵部隊だ。そして、それら傭兵を傘下に収める上部組織ガーディアン。率いているのは"戦神ケネル"──そんな輩が他国の片田舎の領家などに、何故ああも肩入れするのか、その理由がいささか解せない。
 ともあれ、開戦前に戦力を削ぐ等、噂に違わぬ鮮やかな手並みだ。あれがクレスト側の勢力ならば、彼らを援護すべきだが、街道の人員は少数で、余所者が紛れこむのは困難だ。迂闊に近づいて見咎められれば、むしろ己が危うくなる。目を引く動きは、極力差し控えたい事情もある。
 様子をしばらく眺めやり、クロイツは旅装の裾をひるがえした。彼らは場慣れした本職だ。助力は不要、任せておいて問題ない。問題なのは、街道よりも、むしろ「中」だ。
 急ごしらえの防壁を抜け、街路に視線を巡らせる。
(──異常事態だな)
 街の様子が一変していた。
 閑散と荒んだ戦時の街路を、舞台衣装の遊民たちが、かったるそうに練り歩いている。各々武器を携えて。
 遊民が随所に入りこんでいた。人けない路上で寄り集まっては談笑し、街角の陰では、目つきの険しいならず者風の一団が、喫煙しながらたむろしている。住民不在の街中を、派手な衣装の遊民たちが我がもの顔で闊歩する。
 この異様な光景は、街が乗っ取られでもしたような、ざらついた禍々しさを抱かせた。大陸北端のこの街は、長きに亘って特殊な事情を抱えている。そうした諸々を考慮に入れれば、この目の前の危うさは、外敵の襲来をも凌駕する。
 ──内部分裂の危機。
 住民と遊民の間には、過去に暗い断絶がある。そして、今、案の定、明らかに異常事態に陥っている。
 街の一部の住人については避難が完了したようだった。籠城戦を織りこめば、場所は西奥に位置する貴族街、収容可能な人数は、女子供と年寄りが精々だろう。
 男たちは保護からあぶれ、各々窓の向こうから戦々恐々うかがっている。自衛手段があるとすれば、数人一組で自警団を作り、街中を見回るくらいが精々だ。とはいえ、長らく平和なこの街は、武器など備えていないだろう。
 敵から略取したと思しき武器が、時おり街に持ちこまれるが、それらはあらかた遊民の手に渡ってしまう。むろん、戦局を有利に運ぶ措置だろうが、丸腰同然の住民には、不安を煽る要因以外の何物でもない。住民にすれば、敵襲も怖いが、遊民たちの存在も、決して心安いものではない。
 そうした不安定なところへもってきて、街にたむろす遊民たちが殊更にからかうように徘徊したりするものだから、住民の苛立ちと猜疑心は、尚のこと強くなる。もっとも、当の遊民も決して乗り気なわけではない。その辺りの心情は、外を守備する傭兵とは、彼らはいささか事情が異なる。
 どちらも「遊民」と呼ばれるが、街にいる者たちと、街道で防衛線を張っている者たちとでは、本質的に閥が異なる。
 街道を守っているのは「ロム」と呼ばれる遊民の一派で、隣国では武力集団として有名だ。評価も高く、常に高額で引きがある。
 一方、街にいるのは「バード」と呼ばれる旅芸人の集団で、歌や芝居を披露しながら、各地を幌馬車一つで巡っている。むろん、畑違いの危ない橋など、渡りたくはないだろう。それでも出向いたところを見ると、気の荒いロムたちに強制されでもしたのだろう。
 戦乱に叩き込まれた荒んだ街を、場違いな衣装の遊民たちが、不貞腐った態度で闊歩していた。得物を無造作に振りまわす手つきは、見るからに手慣れた風情だ。余り物にびくびく触れる住民たちのそれとは異なる。それ一つを取ってみても、遊民と住民の間には、格段の実力差が見てとれる。
 不安を煽られ、鬱憤を募らせる住民たち、心ならずも動員されて不本意この上ない遊民たち。連携せよ、など無茶な注文というものだ。むしろ、反目し合う集団が一つ所に押し込められて、元よりの鬱憤を互いに募らせ、一触即発の状態だ。逃げ道をふさがれ、異様に膨れあがった興奮の中、極度の不安にさらされれば、疑心暗鬼になった双方が衝突するのは目に見えている。
 事実、時を移さずして、それは現実のものとなった。
  
「──おい、見ろよ。遊民だ」
「ああ、いつ見ても、薄気味悪い連中だぜ」
 発端は、遊民とすれ違った住民があてこすったことだった。
「まったく何様のつもりなんだ。我が物顔で練り歩きやがってよ」
「なんか言ったかあ? 聞こえたぜ」
 聞き咎めた遊民の一人が、ぶらりと肩越しに振り向いた。唾を吐き捨て、忌々しげに睨めつける。
「たく、冗談じゃねえっつうんだよ。こっちはなんも関係ねえのに、こんな危ねえことに駆り出されてるってのによお!」
 些細な言い争いから、小競り合いが始まった。それは双方の不満に火を点けて、瞬く間に燃えあがった。罵声の応酬、飛びかう野次、衝突の知らせは街を駆けぬけ、加勢者が陣営に駆け参じる。
 やがて、住人、遊民、数十人からなる大集団が、大通りの南北に分かれて真っ向から対峙した。だが、両陣営の表情は対照的だ。顔を引きつらせ、逃げ腰で構える住民勢と、にやにや立ちはだかる遊民勢。それはそのまま両者の力の優劣だ。丸腰の住民が、武器を所持する遊民に、元より敵うはずがないのだ。優位に立った遊民の中には、武器を思わせぶりにもてあそび、鼻で嘲笑う者もいる。
 ただでは済まない雰囲気だった。武器を手にして街路に居並んだ遊民は、この街の住民たちに迫害された過去がある。当時、多くの死者が出たはずだ。
 野次と挑発の応酬がなされ、街はかしましく蠢いていた。溜めに溜めた憤懣は、ここ数日の疲労と共に、既に頂点に達している。
 街角に身を潜め、クロイツは小さく舌打ちした。案の定の衝突だ。せめて集会を追い散らせれば、しばらくは手を出さないかも知れないが──。やり合う集団から目を逸らさずに、刀柄に手をかけ、標的を定めて街角を出る。
 ふと、クロイツは足を止めた。ひどく場違いなものを見たからだ。
 スカートの裾が風にあおられ、ばたばた音を立ててはためいていた。背中までの髪をなびかせ、口を真一文字に引き結び、眼下の喧騒を睨めつけている。
 大通り中央の櫓(やぐら)の上だ。年の頃は二十代半ば、黒い髪に黒い瞳、白い肌、やや細身の典型的なカレリア人──あれか、と合点し、クロイツは鳶色の目をすがめる。クレスト侯爵夫人エレーン=クレスト。ほんのつい最近まで、商都カレリアのラトキエ邸で使用人をしていた件の女。
 いがみ合っていた集団が、ことごとくそちらを見上げていた。街に立ちこめた喧騒が、別の不審をまとってざわめく。
(あんな所で何をするつもりだ)
 クロイツは怪訝に腕をくんだ。
 
 
 
 
 

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