CROSS ROAD ディール急襲 第1部 3章1話5
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「……むう。ケネルの奴〜!」
 エレーンはぶつくさ言いながら、てくてく街に引き返していた。
「指揮」とか一見おいしい役割っぽいこと言ってるが、どうせ体よく追っ払おうってな魂胆だ。そりゃ、街なら危険はなかろうが、そんな温室でちんまり待ってて、どんな役に立つというのだ。そうだ。自分は領主の代行。どうせやるなら、陣頭指揮でしょ。おうよ、むしろ望むところ!
 だんとつに目立つし。
 だって、なんかそっちの方が、なんか仕事してる感じがするではないか。
 ちなみに、ケネルが丸めた便箋にだって、こんなふうに綴っておいた。
『 死んでも文句は言いません。 エレーン♪ 』
 まあ、「内輪もめの収拾」が代行としての役割というなら、そりゃあ、やるっきゃないけども。
 口を尖らせて街角を見、すさんだ街並みを通過して、正面の街路に目を据える。
「──あれだ」
 睨み合った人の群れ。普段着姿の住民と、舞台衣装の遊民だ。往来で角突きあわせている。
「たく。あんのアホどもぉ〜。こんな時にどこの子供だ……」
 エレーンはぶちぶち口を尖らせ、手近なはしごをよじ登る。
 祭の舞台になる高い櫓(やぐら) が、大通りの中央に設えてあった。降ってわいたこの騒ぎで撤去する間がなかったけれど、説教するのにもってこい。
 大体まっすぐ突っ込んだところで、人だかりにすぐに埋まって、揉みくちゃにされるのは目に見えている。あげく、ぽい、とつまみ出されるのがオチだ。あのケネルぼくねんじんがよくやるように。だったら誰も届かない場所から、呼びかけるのが得策だ。にしても、こんなセコい小競り合いなんかを、こんな時に仕切ってこいとは──あの仏頂面が脳裏をよぎる。
「もー。ばかケネルぅ。背中まだ痛いのにぃ。せっかく応援に行ったのにぃ。いきなりひとのこと追っ払ってんじゃないわよ」
 ぶつくさ一人で愚痴りつつ「あー、しんどっ!」と頂上の板床に肘をかける。不満である。不服である。先の悲壮な決意に比べて己に割り振られた役割が、なんかそこはかとなく地味である。とはいえケネルに頼まれたからには、即刻、任地に赴かねばなるまい。
 そうだ、ケネルと早く、仲良くならねばならんのだ。かくなる上は、とっとと収めて、急ぎ現場に舞い戻るべし!
 よっこらせ、と足をかけ、櫓の舞台によじ登った。
 板床の端までつかつか歩き、風吹きわたる頂上に立つ。眼下にひろがる人波に、大きく息を吸いこんだ。
「なにやってんのよあんた達ぃっ! 仲間割れしてる場合じゃないでしょう!」
 眼下のいがみ合いが動きを止めて、一斉に顔を振りあげた。
 憮然と見据える数十の視線──。
 内心、わたわた両手を振る。
(ちょ、ちょっとちょっとちょっと〜!? あたしを睨んでどーすんのっ!?)
 たじろいで視線をめぐらせる。──んん? と右手で停止して、唖然とエレーンは口をあけた。
(なんで、あんた達めかしこんでんのよ……)
 右手に詰めた遊民たちだ。なんか晴れ着で着飾ってないか? 装飾品をじゃらじゃら身につけ、ばっちり化粧できめている。
 はあ、と額をつかんで脱力した。
(……真面目にやってよ)
 なぜに普通の格好で来ない。これから大道芸でもおっ始める気か?
 指輪をはめたその手には、刀剣の類を握っているから、やる気がないわけでもなさそうなのだが、戦争なめてんのかこいつらは。
 もっとも、どの顔も目を怒らせ、いずれもかけらも笑っていない。それは、左に陣取る住民たちとて同様だ。
 突き刺すような殺気が渦まいていた。
 群衆の発する不穏な怒気。いや、気を呑まれては、なめられる。そうだ、ここが正念場!
 ぐっ、と下腹に力を入れた。
「なんで仲良くできないのっ! みんなが外で戦ってくれてんのに!」
「──仲良くしろ、だあ?」
 人波から、嘲りがあがった。
「いくらエレーンちゃんの頼みでも、そいつばっかりは聞けねえなァ」
 声がしたのは、遊民の側だ。真っ赤な頭髪あたまの右端の男が、やれやれと両手を広げ、へらへら首を振っている。ぬう。犯人はお前か!?
 仲間が次々同調し、そこかしこで失笑が漏れる。
「そりゃあ、こっちの台詞だぜ!」
 すかさず、左手から声があがった。普段着姿の商店主たち──住民の側だ。
「そうだ! 冗談じゃねえや! なんだって俺たちが、こんな奴らにへつらわにゃ──」
「おいおい待てやコラ。こんな奴らたァ、ご挨拶だな!」
 たちまち、罵倒の応酬に逆戻り。
 対峙していた人波が、一斉にまなじり吊りあげた。拳をつきあげ、激しく罵り合っている。諍いを収めるどころか、ますます激化したような──。
 エレーンはおろおろたじろいだ。
「……あ、あのぉ〜」
 一転、ぎこちない笑みで媚びへつらう。
「こ、ここは穏やかに話し合いましょうよ。そんな怖い顔しないでさー。話せばきっと、わかり合えるはずよ? ねっ? ねっ? そうしましょうよ、それがいいわよ。んね?」
 大至急、説教から方針転換。だが、もはや誰も聞いてない。とはいえすごすご諦めて、ちんまり空気、、になるわけにもいかない。この騒動をどうにか収めて、とっとと街道に戻らねばならない。これ以上、兵を殺めぬように、ケネルを説得しなければ! 
 とはいえ、この現実は──
(もー。あたしにこれ、どうしろってのよ……)
 頭いたい……と額をもんで、エレーンはげんなりうなだれた。
 収めるどころか、既にこっちはつまはじき状態。もう、誰も聞いてない。いや、誰も見てさえいないのだ。むしろ、そろそろ、乱闘騒ぎに突入しそうな雲行きだ。
(あー。帰りたい)
 出てきた早々へこたれて、エレーンは額をつかんで沈没した。こんなの、どだい無理なのだ。こんなか弱い乙女一人に、喧嘩を仲裁しろなどと。単に声量だけを比べても、一対群衆では端から勝負にならないではないか。こっちは孤立無縁の一人きり、仲間を大勢引き連れたケネルなんかとは違うのだ。
 眼下の人波は相変わらず、ぎゃあぎゃあ、そっちのけで騒いでいる。ぽつねん、とエレーンはたそがれる。
『……無理なら、いい』
 ぼん、と脳裏にあの顔が浮かんだ。やれやれと首を振る、ケネルの白けきった顔。
 そして、負け犬を哀れむ目──ぶんぶんエレーンは首を振った。今、おめおめ戻ったら、どんだけ奴に馬鹿にされるか。
 ぐっ、とかたく拳を握る。
(ぜったい引けない!)
 そうだ。逃げ戻るなど言語道断。
 きっ、と視線を振り向けた。
「ちょっと聞いてよ!──こっちを見てよ!──ちょっとでいいからっ! ねえってばあ!」
 真夏の太陽が照りつけた。
 張りあげた声が、上ずり、掠れる。
 街に声がわんわん響いて、喧騒に呑まれ、埋もれていく。声が掻き消え、通らない。汗が額をすべり落ち、視界が真っ白に焼き切れる。もう、ここから逃げ出したい──!
「ちょーっと待ったァっ!」
 声が、喧騒を貫いた。
 
 
 

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