■ CROSS ROAD ディール急襲 第1部 3章3話4
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硬い地面が、視界に迫った。
まっさかさまに転落していた。すがれる物は何もない。
(──もう、だめっ!)
もはやこれまで、と覚悟した。
エレーンは固く目をつぶる。
間をおかず、顔が叩きつけられた。
続いて、右肩、脇腹に衝撃。背中の傷に激痛が走り、体が強張り、息が止まる。──いや、何か様子がおかしい。高所から落下して、この程度の痛みで済むだろうか。
エレーンは全身に意識を凝らす。
爪先が、宙に浮いていた。何かに顔を押しつけられている。
おそるおそる目をあけた。
目の前に、何かがあった。
誰かの肩だ、と認識するのに少しかかる。しっかりと抱きかかえられていた。硬い腕、襟から覗くなめらかな首筋。厚みのある人のぬくもり──。
「──どうも俺は、上から降ってくるものを見ると」
男の声が、辟易としたようにつぶやいた。
浮いた体が大きくゆれて、硬い地面に爪先がつく。
「……あ、あの」
その腕にすがりついて地面に降り立ち、エレーンはあわてて振り仰いだ。
だが、相手の顔が判然としない。視界が霞んでいる上に、夕陽の逆光になっている。辛うじて分かるのは、相手が長身の男性で、旅装のマント《サージェ》をまとっている、ということだ。目深に被ったフードの端から、髪が一房こぼれ落ちている。あまり見かけない銀灰色の──
「いい演説だった、オカッパ」
「……え?」
返事につまり、エレーンは内心うろたえた。誰だろう、この人は。いや、まるで知らない人のはずだ。なのに、なぜ「オカッパ」などと呼んだのか。
このあだ名には覚えがあった。婚礼で結いあげるため、今は髪を伸ばしているが、商都でメイドをしていた頃は、髪を肩で切りそろえていた。だから、そう呼ぶ人も確かにいたが──。
ともあれ、今は、詮索をしている場合じゃない。ぺこり、と男に頭をさげる。
「あ、ありがと。あなたのお陰で助かったわ」
目線の先で"それ"を見つけて、あわてて労わりの笑顔を作った。
「あ、あなたもがんばってくれたんだ」
この戦の参加者らしい。旅装の前立てから、長刀らしき鞘が垣間見える。
「あ、体の方は大丈夫? どこも怪我とかしていない? 今日は、本当にお疲れさまで──」
「ここで、クレストに消えられては困る」
え? と面食らって口をつぐんだ。男は構わず肩を返す。
旅装《 サージェ 》の長い裾がひるがえった。
「え?──あ、あの? ちょっと待って!」
あわてて男を呼び止めた。だが、旅装の男は足も止めない。
「まだ、お礼もしてないし──あの──」
立ち去るその背を、なすすべもなく見送る。
エレーンは呆然と立ち尽くした。胸に不思議な思いが込みあげる。「なんで、あの人、あたしのあだ名なんか──」
「クロイツ?」
男の声がどこかでした。切迫した声色だ。
振り向けば、人だかりを掻きわける者がいる。
「と、通してくれ! クロイツ──クロイツっ!」
思わぬ顔をそこに見つけて、え? とエレーンはまたたいた。
「……セヴィランさん?」
せっぱつまった様子でやってきたのは、あの宿の主だった。協力要請をあっさり拒まれ、街で途方に暮れていたあの時、統領代理と引き合わせてくれた。そういえば顔を見なかったが。
あの男と知り合いなのか、亭主は後を追いかけて、しきりに彼を呼び止めている。だが、その声が聞こえているであろう旅装の男は、振り向きもしなければ、足も止めない。
前からやってきた衣装の一座に、旅装の背がまぎれこむ。落下騒ぎが落着し、街路は再び、穏やかなざわめきに戻っている。
フードをかぶった旅装のその背は、やがて夕陽の赤に溶けこみ、町角の向こうに消えていった。
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