■ CROSS ROAD ディール急襲 第1部 4章2
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エレーンは愕然と息を呑んだ。
頭が、認識を拒んでいた。告げられた音声は宙に浮き、放り出されたそのままの形で、たちどころに固まってしまう。
今、ケネルが発したのは、ごく短い、いくつかの単語だ。どんなにゆっくり話しても、十秒足らずで終ってしまう。なのに、内容を認識するのが、何故こうも難しいのか──。
重要な知らせのはずだった。
だが、意味を伴って伝わってこない。
今、ケネルは、なんと言った?
『 ラトキエが、トラビアに進軍した 』
ケネルの顔を凝視したまま、エレーンは唇をわななかせる。だって、その知らせが意味するところは──
困った顔、怒った顔、不貞腐った顔、いさめる顔、そして、まぶしいくらいに屈託のないあの笑顔。子供っぽくふくれたかと思えば、案外動じていなかったり、間が抜けているのかと侮れば、妙に肝の据わったところのある──
「ダド、リー……」
よろけて、長椅子の肘掛けをつかんだ。
肩から、手から、爪先から、力という力が抜けてゆく。足元の床が凍りつき、崩れていくようだった。ガンガン警鐘が鳴っている。
指の震えが止まらない。つまり、彼と、
──もう、会えない?
「おい、大丈夫か」
エレーンはのろのろ顔をあげた。
声に引き戻されたのは、ほの暗い豪華な居室。ケネルが壁にもたれて、目を向けている。
「第一軍は商都を出た。本隊がトラビアに到着し次第、総攻撃に移るだろう。陥落は時間の問題だ」
エレーンは凍りついたまま声もない。震える指に力をこめた。「で、でも、ダドリーがまだ中に」
「温情は期待できない。ここの領主は、援軍の要請を蹴っている」
「──い、行く!」
エレーンは顔を振りあげた。
「あたしも行くわ、トラビアに! あたしをトラビアへ連れてって!」
「あんた、正気か?」
ケネルは呆れた顔をした。
「あんたが行っても、どうなるものでもないだろう」
「──だけど!」
「行くだけ無駄だ」
ぴしゃりとすげなく一蹴し、ケネルは背中を引き起こす。「勘違いするな。俺は知らせに来ただけだ」
「ケネル!」
「あんたの怪我で、出歩くのは無理だ」
「ど、どうってことないもん、こんな怪我!」
取りつく島もない様子にたじろぎ、エレーンは必死で首を振った。
「あたしだったら大丈夫! だから、お願い! トラビアに──」
「できるか、そんなこと。気楽に言うな」
ケネルはにべもなく目をそらし、出口に向けて歩き出す。
その腕に、エレーンはすがりついた。
「ね、お願いケネル! ケネルしか頼れる人いないもん。あたし、こっちに知り合いいないし、爺(じい)にバレたら、きっと閉じこめられちゃうし。ね? あたし、頑張るから!」
ケネルが辟易とした顔で足を止めた。「何をどう頑張るつもりだ」
「──え、えっと──き、気合でっ!」
「気合でどうにかできる問題じゃない。第一、ここはどうするんだ」
「こ、ここって……?」
ぽかん、とエレーンは見返した。
「あんたは留守を預かっているんだろう。街はまだ落ち着いていないし、残党がいないとも限らない。主が不在にしている上に、あんたまで領邸を空けたら──」
「街のことなら平気でしょ? ダドがいなくても、お義兄様がいるし。それに、みんなだって」
「みんな?」
「だから、ローイたちのことだってば!」
「──ああ、バードか」
ケネルが面倒そうに顔をしかめた。「住民の一部とは和解したようだが、それはあくまで一部の話だ」
「でも──!」
「火種はいくらでも転がっている。いつ又、衝突しないとも限らない」
言い捨て、すがった手を押し戻す。「用件はわかったな。じゃあ、俺はこれで」
「待って!」
踵を返したケネルの胴に、エレーンはとっさにしがみついた。
顔をしかめて振り向いたケネルを、がむしゃらに振り仰ぐ。
「会いたいの!」
凝視し、叫んで訴えた。
「ダドリーに会いたいの! どうしてもダドリーに会いたいの! ケネルにしか頼めないのよ! お願いケネル、ダドリーに会わせて! 一目で……一目だけで、いいから……っ!」
喉が詰まって、声が震えた。嗚咽が熱く込みあげる。
ケネルは何事か言いかけて、眉をしかめて口をつぐんだ。
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