第2部 1章1話6

CROSS ROAD ディール急襲 第2部 1章 1話6
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 ケネルがふと右を見た。
 エレーンも怪訝に振り返る。彼の視線のその先は、ゲルの片隅の靴脱ぎ場。そこはひっそりと闇に沈んで、先と別段変わらない。
 入口に下りた厚布が、ばさり、と唐突に払われた。
 灯りの届かぬゲルの戸外に、夜闇に紛れた人影があった。すっかり暗くなった原野を背にして辛うじて見分けられるのは、その人影の腰から下──ケネルのそれと似たようなズボン、そして、ごつい編み上げ靴。
 その足が戸口をくぐった。
 人影は躊躇なく靴を脱ぎ、うつむいていた顔をあげる。
 エレーンは意外な顔に瞬いた。
「おんな、おとこ……?」
 長髪の麗人、ファレスだった。
 ひんやり夜気を身にまとい、ファレスはつかつか入ってくる。
 火影ほかげざわめくほの暗い壁を、ファレスは値踏みするように見まわした。「まあ、これだけあれば上等か」
 炎の揺らぎに照らされて、ケネルが不思議そうにファレスを見る。「どうした、夜分に。急用か」
「ああ。例の件の関係者なんだが」
 話を始めた二人を後目に、エレーンはそろりとケネルから離れた。まじまじケネルの横顔を見る。ファレスと話すその顔は、普段となんら変わらない。だが、反応がいやに淡白ではないか。今の今まで迫ろうとしていたわりには。
 エレーンは気づいて、顔をゆがめた。もしや、また──
 そそくさケネルから目をそらす。
(……やばい)
 また間 違 え た・ ・ ・ ・
 ファレスがふと振り向いた。動きを止めて、じっと見ている。
「な、なによっ……」
 エレーンはキッと睨み返した。その実さりげなく後ずさる。牽制しいしい、じりじり警戒。因縁でもつける気か?──いや、ファレスの視線のその先は、こちらの手元であるような? なら、彼が見ているのは、今持っているこの湯呑み?
 ふい、とファレスがその目をそらした。
 戸口を見やって、ケネルを見る。
「着いたようだな。連中が」
 
 
 それからしばらく経った頃、戸口で軽く頭をかがめ、ぞろぞろ男たちが入ってきた。
 火影のゆれるゲルの中、エレーンは何気なく姿を目で追う。先頭の男は奇抜な格好、たぶん旅芸人か何かなのだろう。後の二人は普通の身形、ケネルと似たような風体だから、あの馬群の人たちだろう。それはともあれ、どうしてわざわざ、こんな夜分に訪ねてきたのか。そう、考えられることといったらば──
(あ、そっか。あたしの──)
 歓 迎 会 !?
 なんと、これから宴会か。
 内心照れつつ、ケネルを見た。
(やあ〜ん。やだもう、そういう企画? だったら早く言っちゃってよ〜。いいとこあるじゃん、ケネルってば〜)
 あんな無愛想な朴念仁のくせに。
 ケネルは相変わらずのしかめっ面だ。様子に変わるところはない。もっとも、相手はあのケネル。どんな催しを企画しようが──旅芸人まで呼んでいようが、顔色ひとつ変えることはないのだろうが。
 そんなことよりメンツが問題。改めて、ほくほく向かいを見る。室内中央の土間を挟んで、三人は思い思いにあぐらで腰を下ろそうとしている。
 肩をかがめたその姿を、炉火が赤く映し出す。
 先頭を歩いてきた"旅芸人"は、羽根つき帽子を目深まぶかにかぶり、その広いつばの下から、黒い縮れ毛が覗いている。さして広くもない一室だが、あの年代物の奇抜な衣装は、酒宴の余興に「騎士の出し物」でも披露するのか?
 それに続くは、ひょろりと背の高い白いシャツ。もう眠いのか、ぼんやりとした顔つきだ。ひょろ長い足をぶらぶら運び、大儀そうに膝を折り曲げ──
 ……裸足はだし、か?
 あぜんと絶句で、ゲルの玄関──靴脱ぎ場を見た。
 端に寄せた旅用ブーツと、雑然と脱ぎ捨てられた四足の擦り切れた編みあげ靴。それに混じって、かかとを潰した突っかけが、あちらこちらに転がっている。少しくたびれた街履きの布靴──そういえば、いかつい感じの他に比べて、いやに気楽な服装だ。街でよく見る白シャツにズボン、いかにも「街の若者」といった風情。
 最後に腰を下ろしたのは、柄のシャツを着たたくましい男。あの落ち着きと貫禄ならば、彼がこの場の最年長だろう。身だしなみには構わないのか、山賊と見まごう黒い蓬髪ほうはつと無精ひげで──
(え?)
 思わず、目が釘付けになった。
(あのおじさん、どうも、どこかで……?)
 記憶を辿り、エレーンは怪訝に首をひねる。そう、あの体格にあの風体、どうも、どこかで見た気がする。
 隣にいるケネルより一回り上の年恰好だ。四十半ばというところか。一体どこで見たというのか。一見してたくましい胸板、顔に降りかかる黒い蓬髪、前髪から覗く鋭い目──
「──あっ!?」
 ぎょっとひるんで飛びあがり、わたわた四つんばいでケネルに隠れた。
 戸口のファレスの何くわぬ顔を、ぎろり、と歯ぎしりでめつける。
(ちょっとお! なんかあたしに恨みでもあるわけ!?)
 そうだ。なんで、こんなものを連れてくる。
 忘れもしないあの男。
 軍刀で背中をぎ斬った、あの事件の犯人ではないか!
 
 

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