■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 1章 1話6
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ふと、ケネルが振り向いた。
見やった先は、靴脱ぎ場のある戸口の方向。
ばさり、と厚布が払われた。
すっかり暗くなった野原を背にして、男のものらしい人影が見える。ケネルと似たようなズボンと上着、そして、あの編み上げの靴。
その足が躊躇なく戸口をくぐった。
背をかがめて靴を脱ぎ、顔をあげたのは鋭い双眸。あの額で分けた長い髪は──
「おんな、おとこ……?」
長髪の麗人、あのファレスだ。
ひんやり夜気をその身にまとい、ファレスがつかつか踏みこんだ。
火影ざわめくほの暗い壁を、顔をしかめて見まわしている。「まあ、これだけあれば上等か」
炎の揺らぎに照らされて、ケネルが不思議そうにファレスを見た。
「どうした、夜分に。急用か」
「──ああ、実は、先だっての件でよ」
そろそろ場所を戻りつつ、エレーンはまじまじとケネルを見る。途中で中断されたにしては、反応がいやに淡白ではないか。普通に会話をする様は、常のケネルと変わらない。
はた、とエレーンは顔をゆがめた。
そそくさケネルから目をそらし、己の膝にそわそわうつむく。
(……やばい)
間 違 え た 。
ケネルとやりとりしていたファレスが、ふと見やって、動きを止めた。
じっと、いぶかしげにこちらを見ている。
「な、なによっ……」
きっとエレーンは睨み返して、その実さりげなく後ずさった。牽制しいしい、じりじり警戒。因縁でもつける気か?──いや、テキの視線はこちらの手元だ。つまり、見ているのは、この湯呑み……?
ふい、とファレスが目をそらした。
改めてケネルに目を向けて、振り向いた顎先で、戸口をさす。
「ヤサから関係者を引っ立ててきた。今、いいか」
それからしばらく経った頃、戸口で軽く頭をかがめ、ぞろぞろ男たちが入ってきた。
火影のゆれるゲルの中、エレーンは何気なく姿を目で追う。先頭の男は奇抜な格好、たぶん旅芸人か何かなのだろう。後の二人は普通の身形、ケネルと似たような風体だから、あの馬群の人たちだろう。それはともあれ、どうしてわざわざ、こんな夜分に訪ねてきたのか。そう、考えられることといったらば──
(あ、そっか。あたしの──)
歓 迎 会 !?
なんと、これから宴会か。
内心照れつつ、ケネルを見た。
(やあ〜ん。やだもう、そういう企画? だったら早く言っちゃってよ〜。いいとこあるじゃん、ケネルってば〜)
あんな無愛想な朴念仁のくせに。
ケネルは相変わらずのしかめっ面だ。様子に変わるところはない。もっとも、相手はあのケネル。どんな催しを企画しようが──旅芸人まで呼んでいようが、顔色ひとつ変えることはないのだろうが。
そんなことよりメンツが問題。改めて、ほくほく向かいを見る。室内中央の土間を挟んで、三人は思い思いにあぐらで腰を下ろそうとしている。
肩をかがめたその姿を、炉火が赤く映し出す。
先頭を歩いてきた"旅芸人"は、羽根つき帽子を目深にかぶり、その広いつばの下から、黒い縮れ毛が覗いている。さして広くもない一室だが、あの年代物の奇抜な衣装は、酒宴の余興に「騎士の出し物」でも披露するのか?
それに続くは、ひょろりと背の高い白いシャツ。もう眠いのか、ぼんやりとした顔つきだ。ひょろ長い足をぶらぶら運び、大儀そうに膝を折り曲げ──
……裸足、か?
あぜんと絶句で、ゲルの玄関──靴脱ぎ場を見た。
端に寄せた旅用ブーツと、雑然と脱ぎ捨てられた四足の擦り切れた編みあげ靴。それに混じって、踵を潰した突っかけが、あちらこちらに転がっている。少しくたびれた街履きの布靴──そういえば、いかつい感じの他に比べて、いやに気楽な服装だ。街でよく見る白シャツにズボン、いかにも「街の若者」といった風情。
最後に腰を下ろしたのは、柄のシャツを着たたくましい男。あの落ち着きと貫禄ならば、彼がこの場の最年長だろう。身だしなみには構わないのか、山賊と見まごう黒い蓬髪と無精ひげで──
(え?)
思わず、目が釘付けになった。
(あのおじさん、どうも、どこかで……?)
記憶を辿り、エレーンは怪訝に首をひねる。そう、あの体格にあの風体、どうも、どこかで見た気がする。
隣にいるケネルより一回り上の年恰好だ。四十半ばというところか。一体どこで見たというのか。一見してたくましい胸板、顔に降りかかる黒い蓬髪、前髪から覗く鋭い目──
「──あっ!?」
ぎょっと怯んで飛びあがり、わたわた四つんばいでケネルに隠れた。
戸口のファレスの何くわぬ顔を、ぎろり、と歯ぎしりで睨めつける。
(ちょっとお! なんかあたしに恨みでもあるわけ!?)
そうだ。なんで、こんなものを連れてくる。
忘れもしないあの男。
軍刀で背中を薙ぎ斬った、あの事件の犯人ではないか!
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