■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 1章 2話1
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あとの二人も、よくよく見れば見覚えがある。
肩を硬くして身構えて、ごくり、とエレーンは唾を飲む。
(勢ぞろい、してる……)
あの晩の襲撃犯が。
視線が床をさまよった。これは一体どういうこと? わざわざ彼らを呼びつけて、これから何をするつもり──。
呼吸が浅く、速くなる。膝が小刻みに震え出す。
我慢できずに振り向いた。「ケネ──!」
「遅れてすまない」
ばさり、と戸口で、厚布を払う音がした。
訴えかけた口を閉じ、エレーンはやむなく目を向ける。
暗い靴脱ぎ場で背をかがめ、男が靴を脱いでいた。こざっぱりと短い頭髪の男だ。その肩は、ケネルたちと同様の、重たそうな革の上着で覆われている。
「すまない。ルーダの所で話しこんでしまってな」
にわかに場が華やいだ。
快活な声がよどみを払い、陰鬱な部屋に活気が戻る。あぜん、とエレーンはたじろいだ。
(な、何者……?)
快活な声の持ち主は、戸口左手の絨毯に、腰を下ろすべく身をかがめる。あの問題の蓬髪の隣だ。直置きされたカンテラの、ほのかな灯りに何かがきらめく。左の耳に赤いピアス──。だが、雰囲気こそは若々しいが、年齢はおそらく四十絡み、蓬髪と同じくらいだろう。いや、あれほどの風格の持ち主ならば、更に年上に違いない。
ケネルがおもむろに振り向いた。
「今来たのが首長のバパだ。一隊を束ねている」
え? とエレーンは瞬いた。「長」というと、何かの部門の責任者ということか。
どうりで、そんな雰囲気だ。そこにいるというだけで、人の上に立つような一角の人物とたちどころに分かる。それにしてもこの名前──「バパ」というこの名前、どこかで聞き覚えがあるような。
そう、たぶん、移動の時だ。ファレスが何度も馬群の前方へ呼びかけていた。馬の速度を落としてほしいと、ケネルに頼むその度に。
そうか、と事情に気がついた。だったらあの時、馬群を先導していたのはあの人だ。
ファレスが外に首を出し、厚布を閉ざして戸口にもたれた。何人たりとも逃がさぬよう立ちふさがったという態で。
暗がりに沈む一同の顔に、炎の照り返しがゆらめいた。
中央の土間の炉火を囲んで、今、七人が座していた。東の戸口に立ったままのファレス、その左に短髪の首長。戸口の右手にケネルと自分、その向かいの南には、例の三人の襲撃犯──大きな帽子の"旅芸人" と白いシャツの眠たげな青年、そして、背中を斬ったあの蓬髪。ケネルが目線で向かいをさした。
「向かって右からジャック、ウォード、アドルファス。このバパ同様、アドルファスも一隊を束ねている」
「……え?」
エレーンはたじろいでケネルを見た。
(つまり首長? あの人も?)
同年代であるらしき、二人をちらと見比べる。
短髪の「バパ」と蓬髪の「アドルファス」 つまりは同格ということか。いや、先の紹介の順序から「バパ」の方が上位だろう。ならば「バパ」が集団の首位で、「アドルファス」が次点──いや、今はそれどころではない。
「──ね、ねえ、ケネル」
おどおどケネルの裾を引き、エレーンは蓬髪を盗み見る。「あの、もしかして、なんだけど、アドルファスっていうあのおじさん──」
「例の事件の首謀者だ。あんたに話があるそうだ」
あっさりケネルはそれを認め、話の先を引きとった。
「は、話? って、なんの……」
困惑するも、ケネルは構わず、向かいの蓬髪に目配せする。
あぐらの膝をおもむろに崩し、ぬっと蓬髪が立ちあがった。
戸口側に土間をまわって、つかつかこちらにやってくる。あわててエレーンは後ずさった。ケネルの肩にあたふた隠れ、ぴったり背中にしがみつく。
どさり、と横に、蓬髪があぐらで腰を下ろした。
ケネルの腕を引っぱって、エレーンはあわてて盾にする。
「すまなかったな、あの時は。詫びが遅くなっちまって」
ざらりと嗄れた重い声。
鋭い双眸を振りあげる。「──で?」
「……は?」
エレーンはびくびく首をかしげ、おろおろケネルを盗み見る。
ケネルは向かいの蓬髪を見たまま、こちらの方には一瞥もくれない。応えがないのに焦れたのか、蓬髪がじれったそうに舌打ちした。「だから経過は。体はどんな按配なんだ」
はあ、とエレーンはあいまいに応え、もじもじ膝にうつむいた。
応えるどころか、目さえ、まともに合わせられない。しどもど正座の膝をいじくる。「あ、あの、えっと、もうそんなには……」
「どうした」
ケネルが軽く嘆息し、痺れを切らしたように目を向けた。「傷が痛むんじゃなかったのか」
「──あっ、や、でも、それはっ」
エレーンは目をみはって首を振る。斬った本人を前にして、それではあまりにあてつけがましい。
「何でも言ってくれ。どんな償いでもするからよ」
野太い声で、蓬髪も促す。困惑しきりで、ケネルを見た。「──あの」
「好きなようにすればいい」
ぶっきらぼうに、ケネルは返した。
「あんたは軽挙妄動の被害者だ。あんたには、その権利がある」
「そっ、そんなこと、急に言われても」
エレーンはうろたえ、うつむいた。だって、これって──
(処罰、ってことよね?)
事は責任重大だ。
しかも、組織の上部の沽券に関わる裁定だなんて、そんな重荷はできれば──いや、絶対そんなものに関わりたくない。
それを訴えケネルの顔色をうかがうが、横顔が心なしか険しい。いくら待っても何も言ってくれそうにない。
困り果て、一同の顔を盗み見た。誰か、助け舟を出してくれないだろうか。
はっと思い立って戸口を見た。そうだ、あの彼がいる。この場で一番年長の。あの気さくそうな首長なら、そつなく収めてくれるんじゃ──。
ケネルにすがり付いて腰を浮かせ、戸口に視線をめぐらせる。
ゆらめく灯火に照らされて、首長は成り行きをながめていた。すがる思いで、暗がりの顔に目を凝らす。首長は深刻そうにこちらを見つめ──いや、
面白そうに眉をあげているのはなぜなのだ?
意外な反応に面食らっていると、気づいたようで目が合った。エレーンは情けなく顔をゆがめて、おろおろ身振りで拝み倒す。
首長が苦笑いして腕を組んだ。あぐらで身じろぎ、片肩を乗り出す。
すばやく片目をつぶってみせた。
(──は?)
虚をつかれ、エレーンは頬を引きつらせる。
頭の切れそうな茶色の瞳が、じっと見つめて顎をしゃくった。
"自分でやってみな"
うぐ、と絶句で顔をゆがめて、エレーンはやむなく引き下がる。首長が言わんとしたことが、なぜか明確に伝わってきた。むしろ、たったあれだけの目配せで、意思を伝えるというのだからすごい。やはり、首長になるほどの人は──いや、違う。そんなことで感心している場合ではない。
(……どうしよ、この先)
すがったその手をあっさり払われ、正座の膝にうなだれる。つまり、最上位の首長でさえ口出しできない、ということか。
それにしたって、と嘆息し、無責任な隣をげんなり覗く。よもや、そんな大ごとを、ケネルに丸投げされるとは。
いささか気鬱になりながら、向かいの蓬髪に目を戻した。
蓬髪はたくましい腕を腿に置き、依然として睨んでいる。いや、元々いかめしい顔だから、そんなふうに見えるのか……
木組みのほの暗い丸壁で、窯の火影が不気味に踊る。
カンテラに灯る、ほのかな炎。重い沈黙に耐えかねて、エレーンは唇を噛みしめる。誰も口をひらかない。
「──あ、あのぉ〜」
自分でも思いがけないほど、か細い声だ。エレーンはもそもそうつむいた。
「そ、そういうの、もういいから」
置き物のごとく動かなかった、蓬髪が濃い眉をわずかにひそめた。
拍子抜けしたように頬をゆがめ、のっそり身じろぎ、目をそらす。ケネルがたまりかねたように振り向いた。「いいのか、それで。あんたを斬った相手だぞ」
「……え、だって」
「気の済むようにすればいい」
「煮るなり焼くなり、好きにしろ」
捨て鉢な口調で、蓬髪も言う。「詰め所でもどこでも、好きな所へ突き出せばいい」
「……あ、や、でも……そういうわけには……」
「そんな怪我を負わされて、お咎めなしじゃ気が済まねえだろ」
「でっ、できる訳ないでしょ、そんなこと!」
思わず、むっとして言い返した。
とたん蓬髪と目が合って、エレーンはあわてて目をそらす。「い、言ったでしょ。みんな身内も同然って」
蓬髪がいぶかるように無精ひげをなでた。顔にふりかかる前髪の向こうで、鋭い目を据えている。言葉の真偽を見極めるように。
ふい、とその目を苦々しげにそらした。
「……そうかい」
ジジ……と小さな音を立て、炎が灯心を燃やしていく。
壁で、火影が怪しくうごめく。蓬髪の首長は腕を組み、苦い顔で黙りこんだままだ。これで話はついたはずだが、空気は暗くよどんだまま、やはり、どこか煮え切らない。
向かいの蓬髪を盗み見て、エレーンは軽く唇を噛んだ。なぜだろう、胸がかき乱される。思いもよらぬ感傷が、こんなにもざわめき、押し寄せてくるのは。
山賊みたいなあんなひげ面、似ても似つかぬはずだった。なのに、どうして面影が重なる。灰色にかすれた古い記憶と。あの日に亡くした
父さんと。
「──あの!」
とっさに顔を振りあげた。
「あのっ、やっぱ、ちょっといい?」
そわそわエレーンは膝を立てる。
「いつまでもこれじゃ、キリないし。だから、ちょっと──あ、そっちの二人も、こっちに来て」
土間の向かいで見ていた二人が──羽根つき帽子と白シャツが、呼ばれて怪訝そうに顔をあげた。
それでも理由を尋ねるでもなく、あぐらを崩して立ちあがる。無言で戸口側に土間をまわって、蓬髪の左右にあぐらをかいて腰をおろし──ファレスがいぶかしげに肩を起こした。「おい。何を始める気だ」
「いいから。あんたは引っこんでてよ。──あ、もっと寄って。届かないから。──さっ。みんな、用意はいーい?」
ファレスの横槍を睨んで制し、エレーンは三人を見渡した。
ごくり、と密かに唾を飲み、ぐっと利き手を力を入れる。
「んもうっ! 痛いじゃないのよっ!」
ゴン、ゴン、ゴンっ──と不穏な音が、連続してとどろいた。
(──ぅっ、くぅ〜っ! この石頭どもぉっ!)
背中にも響いた。むしろこっちのが被害甚大。
内心涙目でその手を振るも、だが、今は構っちゃられない。おくびにも出さずに振りかえり、仁王立ちで三人を見た。
「はい、これで全部おしまい! いい? 全部よ? これでおあいこ! だからもう恨みっこなし! そういうことで一つよろし(く──)」
のそり、と左端が顔をあげた。街着の若そうな白いシャツ──。
一同、弾かれたように振り向いた。
予期せぬ反応に戸惑うもつかの間、ぐい、と左腕を引っぱられる。
なに? と疑問がよぎった刹那、よろめき、顔から突っ込んだ。
ぐるりと視界が一転し、たたらを踏んで転げこむ。腕と肩、額に衝撃。炉火をさえぎり、上から顔を見おろしたのは、ガラス玉のように虚ろな瞳──手を付き、あわてて肩をあげた。いや、あげようとした。
体が、動かない。腕を押さえつけられているからだ。
(ちょ、ちょっと、あんた!? どーゆーつもりよっ!?)
顔に降りかかる前髪の向こうに、いやに無機質な瞳が見えた。
のけぞった目端で逃げ道を探し、唾を飲んで凝視する。こ、これは、もしや──
(裏目に出たかー!?)
膝でのけぞった体勢で、あわあわ白シャツを睨めつける。
(な、な、何する気っ!?)
こんな、みんなが見ている前で!
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