■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部1章 7話5
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ぎょっ、とエレーンは後ずさった。
「来な」
ぐい、と男が手を引いて、ザックの方へと歩き出す。
「保護してやるよ。帰り道がわかんねえんだろ?」
「──あっ、はい。助かります」
恐縮して頭を下げつつ、エレーンは胸をなで下ろした。辺りに詳しい人のようだ。これでなんとか森から出られる。突然手をつかまれた時には驚いたが。
「あ、あの、ありがとうございます。ご親切にどうも」
「いいってことよ。困った時はお互い様だ」
つかまれた手をさりげなく引き抜こうとしながらも、たたらを踏んでエレーンは歩く。「あ、あの。この辺りの方なんですか?」
「ま、そんなところだな」
「あの、でも、こんな深い森で何を?──あ、猟師さんとか」
「──ああ。そうだ」
考え事でもしているのか、男の返事はわずらわしげだ。辺りを忙しなく窺いながら、ぐいぐい痛いくらいの力で引っ張っていく。
エレーンはたじろぎ、盗み見た。無頓着なきらいはあるが、悪い人ではなさそうだ。ただ、気分を害しているのかも知れない。こちらのような外部の輩に、大事な仕事場を荒らされてたまるか、といったところか。
相手の困惑など意にも介さぬ、ずんぐりとした後ろ姿。温かくて柔らかい、見知らぬ男の手の感触──。
「あの、自分で歩けますから、手は──」
鋭く、男が口笛を吹いた。
呆気にとられて、エレーンは固まる。
がさり、と左の茂みが鳴った。
がさがさ藪を掻き分ける音。何かの気配が、こちらに近づく。
「おう」と男が頭を出した。
今度は中年の痩せぎすだ。左頬に大きな傷痕。衣服はやはり薄汚れている。
頬傷は周囲に一瞥をくれ、小太りに視線を振り向ける。「戻ったか、あいつら」
「いんや。まだだ。けどよ」
小太りの男はにんまり笑い、肩越しにこちらを顎でさす。「見ろよ、兄貴。拾いもんだぜ」
「はあ? てめえ、何やってんだ」
兄弟なのか呼称なのか"兄貴"と呼ばれた頬傷は、組んだ腕を苛々と叩く。「そんなもんは後だ、後! 仕事が先だろ、仕事がよ!」
「けどよ。俺がせっかく──」
「まったくお前は、何度言やぁ、わかるんだ。女なんかにうつつを抜かしている場合かよ」
「──あ、あの、すみません。お忙しいところ」
たまりかねて割りこむと、頬傷がふと振り向いた。目をすがめ、じろじろ怪訝そうに顔を見ている。あわててエレーンはお愛想笑い。
「あ、あのっ、猟師さん、なんですよね?」
あ? と頬傷が顔をしかめた。
ふい、とよそに目をそらし、言葉を交わすのも面倒だと言わんばかりに、ぶっきらぼうに言い捨てる。「──まあ、そんなようなもんだ」
「──え?」
なんとなく引っかかる言い方だ。だが、それを尋ねている暇はなかった。
「たく。どこ行ったんだ、連中は!」
腹立たしげに頬傷は罵り、憮然とあからさまに顔をしかめる。「これじゃ、身動きがとれねえじゃねえかよ!」
口にくわえて点けかけた煙草を、忌々しげに踏みにじっている。血走った鋭い眼光。険を含んだ刺々しい口調。
エレーンは戸惑って口をつぐんだ。猟師というのは、こうも猛々しいものなのか。寡黙で実直という印象があったが。
「だから言わんこっちゃねえ! 勝手に消えて、一言もなしかよ!」
「まあまあ、兄貴」
「ふざけやがって! こっちの面が割れでもしたら、やりにくくなるってのに!」
こちらのことなどそっちのけで、二人は言い合いを始めている。小太りが取り成しているが、苛立った頬傷は耳を貸さない。
「そうカリカリすんなよ兄貴。すぐ戻るって、連中も」
「抜け駆けしたんじゃねえのかよ!」
毒づく頬傷は、険しい顔だ。
「だから嫌だと言ったんだ。どこの馬の骨とも知れねえ、得体の知れねえ連中と組むのは!」
苛々と足を踏み、辺りを見まわし、歩きまわり、
ふと、足を止めた。
「……そういや、なんでいるんだ? こんな樹海に」
探るように目を据える。
「何だ、あんた」
詰問調にたじろいで、エレーンはぎこちなく首をかしげた。「えっと、あの──何って言われても──」
今の立場が脳裏をよぎるが、まさか名乗れるはずもない。クレスト領家の正夫人などと。ならば、正直に「連れ」だと言おうか。草原で休んでいる傭兵部隊の。だが、それも、あの彼らとの関係と、事情を説明するのが難しい──
「──いや、まてよ」
つぶやいたのは頬傷だった。
「二十代半ばの小柄な女。背までの黒髪……?」
思い当たったように顔をあげ、つかつか大股でザックに歩く。小太りが腰かけていたあのザックだ。手を突っ込んで中を漁り、拳で何かをつかみ出す。
振り広げたのは、四つ折りにした白い紙。
ふっと、違和感が胸をよぎった。あの光沢は上質紙だ。使用する者は限られる。すなわち領邸関係者と、いわゆる貴族階級だ。領邸勤めをしていた頃は、毎日のように目にしたものだが、庶民が普段使いするには、あれではいささか高価すぎる──。
「──やっぱりか」
文面を一読、頬傷はつぶやく。
「なんだよ、兄貴。やっぱりって」
つかんだ手首を引きずって、小太りも怪訝そうに紙面を覗く。頬傷が訝しげに目を向けた。
「まさか、こんな所でお目にかかれるとはな」
ぎくり、とエレーンは凍りついた。
(……ばれた? 身元が)
商都に行く旨、部屋に書き置きは残したはずだが、姿を消した事にあわてて、領邸が捜索の触れを出したのか? 保護して屋敷に連れ戻すために。だが、この二人の反応は──
おろおろエレーンは唇を噛む。
「誘拐」の語が頭をよぎった。万一ここでさらわれでもしたら、それこそ大変なことになる。粗忽そうな小太りはともかく、頬傷はなんとなく剣呑だ。
うまい言い訳を考えていると、頬傷が小太りに目配せした。
「見ろ、例の手配書の」
エレーンは耳を疑った。
──手配書?
思わぬ言葉に目をみはる。誓って悪事など働いていない。ならば、誰かと
──間違われている?
「あ、あの! 違います! あたしは何も──」
「乗り換えるか」
釈明する暇もなく、頬傷が紙面を指で弾いた。
「これを足がかりにすりゃ、うまい職にありつけるかもしれねえ。それに、小耳に挟んだんだが」
計算高そうな目つきで目配せ、思案げに顎をつかむ。
「あっちにゃ、相当ヤバい賞金首が交じってるって噂だ。──なに。これだって、十分わりがいい。ここでうまく取り入っときゃ、守衛なんて職もアリかもしれねえ。何より、現物がここにある」
「ち、違いますあたし! お尋ね者じゃ──!」
「なら、なんで樹海にいた。人目を憚って隠れてたんだろうが」
「──べ、別にあたしは隠れてたわけじゃ」
「いいじゃねえかよ、なんだって」
辟易と顔をしかめて、小太りがじれったそうに遮った。
どこかせかせかと振りかえる。「腐るほどいるだろ、そんな女は。どうせ、そこらの、集落の小娘かなんかだろうさ」
「こんな僻地に、村なんかあるか」
え、とエレーンは目を見開く。土地の者ではなかったのか?
(……どういうこと?)
付近の者でないのなら、なぜ、そんな嘘をつく。ならば、猟師というのも嘘か? ならばどうして、こんな深い樹海にいるのだ。手首に温かい人肌を感じた。小太りは手を放さない。
話の齟齬に気がつかないのか、小太りは夢中になって、せっついている。
「なあなあ兄貴、構わねえだろ? 突き出す前によ、ちょっとくらいは」
その意を察して背筋が凍る。
とっさに、その手に噛みついた。
不意を突かれ、手を振った小太りを、エレーンは突き飛ばして、走り出す。
「──なにすんだ!? このアマっ!」
小太りの怒号と駆け出す足音。
後も見ずにエレーンは駆けた。
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